第7話 相棒の遺志
「オレが赤崎嬢を育成する間、零氏は学園でサポーターの存在が認められた事例を探すんだ」
そう告げて、僕と2人は別れた。
4月12日 10:00 御伽明星研究室
明星は大量の荷物が入った木箱を抱え、自分の研究室にクマと早歩きで向かう。
「約半月でサポーターの知識を叩き込むとなると、かなりハイペース、かつ基礎を教えることしか出来ない。そうだな……2つ、2つのことを叩き込む」
「2つだけ、ですか?」
「そう焦るな赤崎嬢、この2つは基礎でありながら、常にサポーターの頭を悩ませる問題でもある」
明星は少し歩く速度を落とし、説明を始めた。
「赤崎嬢に覚えてもらうのは【ヘイト管理】と【状況把握】だ」
まるでゲームのような説明に、クマは違和感を覚えた。
「例えば、10体の3級あやかしが居たとしよう。その場合、サポーターは何をするべきだと思う?」
「……戦う人の邪魔にならないようにする?」
クマは最初に思い付いた事を口に出す。それに対して明星は「3点」と、厳しい点数を付ける。
「それなら最初から居ない方が良い。もっと重要なのは、1対10にさせない盤面を作り出す事だ」
「1対10に、させない?」
「そう、五月蝿いハエのように目障りな存在になれば、嫌でも相手は意識を向ける」
「何だか、嫌な言い方ですね」
明星の例えにクマは眉をひそめた。虫は嫌いだ。
「敵に向ける意識の総数を100として、その内の10でも敵以外の何かに注意を向けたとすれば、勝率は50――いや、60%は落ちるだろう」
その大仰な数字に対して、クマは半信半疑という風な目を向ける。
「サポーターという物を学んでいけば分かることだろう。さあ、研究室に入るんだ」
明星は足でドアを開け、ごちゃごちゃとした研究室に入った。クマもそれに続くが、どこに座っていいか分からないぐらいにこの場所は物が多かった。
主に資料で埋め尽くされているため、汚いというよりは片付いていないといった感じだ。
「ああ、すまない。適当に椅子を出そう」
木箱を唯一空いている机の上に置いて、資料に埋まった椅子を引っ張り出しクマに座らせた。
クマが周りをキョロキョロと見渡す。謎の液体が入った試験管が何本があったり、よく分からない注射器がある。
明星は木箱からいろいろな物を取り出した。軍服を少し改造したような衣服。灰色の靴。軍用のバックパック。そのどれもに使用した痕跡があり、よく手入れされていた。
「これは昔、オレの仲間が使っていたものだ」
「御伽さんの、仲間?」
明星はその服やリュックを見て、首に掛けていたペンダントを触った。
「正確には、パートナーの仲間たち、だが」
「何か、あったんですね」
クマは、明星の目が自分を誰かに重ねている事に気が付いた。
「……少し、長い話になる」
御伽は少し悩み、ある昔話を始めた。
「オレは若い時、笹倉嬢の【夜桜小隊】に所属していた」
「それって」
「ああ、笹倉桜教授だ。オレはその夜桜小隊に居る5人のパートナーを纏める司令塔的役割をしていた」
机の上に軽く座り、右手の人差し指で机をトントンと叩く。
「事件が起きたのは【赤鬼討伐】の時だ」
大抵の人間は知っている、特級あやかし討伐の輝かしい功績。
「遭遇戦だったから、10分は夜桜小隊で持ちこたえる必要があった。オレは盤面を支配し、持ちこたえるどころか赤鬼の体力を確実に消耗させていた」
明星が右手を強く握った後、その手から力を抜いた。
「……しかし、オレは一つだけ。最も大事なものを読み間違えた」
「それって?」
「戦闘員の【慢心】を、見誤った」
右手で顔を覆い、大きくため息を吐く。そのため息には、いろんな感情が込められていた。
「一人の戦闘員が、ほんの一瞬気を抜いた。そして赤鬼は、その隙を見逃さなかった――油断の代償は、オレ以外のサポーターの死だった」
「そんな話が……」
「オレは、それでも残酷に司令塔を務めた。仲間の死すら把握して、戦況を立て直し、結果的に赤鬼を討伐した」
クマが聞いた限りの話では「赤鬼が討伐された」という話ばかりが先行し、犠牲者などの詳しい内容はあまり知られていない。
「ああ、功績だ。輝かしい功績だ。だが、オレの部下が死んだ事実が変わることは無い。オレは一人ひとり弔った」
明星は「なのに!」と右手で机を強く叩いた。
「オレ以外、誰一人サポーターの死を悔やむ者など居なかった! サポーターの死を招いた戦闘員に至っては謝罪すら無しだ! ただ称賛を受け、その罪を問う者など誰も居なかった!」
「そんな事が……」
「オレは絶望した、そして失望した。サポーターの地位など、この程度なのだと。オレは退役し、ここの教授になった」
クマは明星の深い悲しみを垣間見た。そのうえで、気になる事があった。
「なら、どうしてサポーター育成施設を?」
明星はその質問に言葉を詰まらせた。
「……それでも、思いを捨てられなかった。死んでいった彼らの命が軽視されたまま終わる事に、納得がいかなかった。でも、こうして何も出来ずにいる」
「馬鹿だろう?」と、自分の事を嘲笑した。しかしクマは「そんな事ありません」とはっきり返した。
「辛い思いをした教授に安易な慰めは出来ないけれど、ぼくは貴方を馬鹿なんて言わないです」
零がクマに掛けたような現実的で真摯な言葉を受けて、明星は顔を隠し目頭を押さえた。
「だって、優しいじゃないですか」
明星の頬に、涙が一筋こぼれた。
こんな言葉は、掛けられた事が無かったから。
「――ありがとう、本当に、ありがとう」
明星は泣いていない風を装って、自然に涙を拭いた。しかし、鼻水をすすっている。
「長話になったが、この服やバックパックは、そのサポーターたちが使っていた道具だ」
「そんな大事な物、ぼくが使っても良いんですか?」
服や荷物をバックパックに詰めて、それをクマの前に差し出した。
「オレが持っていても宝の持ち腐れになるだけだ。それに……」
明星はクマの瞳を見て、何かを見出した。
「君と、君の相棒がこの現状を破壊してくれる。そんな何かを、感じたんだよ」