第4話 Time is mine
4月11日 0:00 国立希望学園時計塔
僕は時計塔の頂上に立って、そこから壁外を眺めていた。
夜闇に時々、青や赤の光が輝くときがある。あれは、今もあやかしと戦い続けるギフテッド達の閃光だろう。
僕がギフトで転移出来るようになってからは、こうして高い場所に上って、一人で思い耽る事がよくあった。
「今日は、強烈な一日だった」
友人が出来て、兵藤さんと戦って。一日で起きたとは思えないような事ばかりだった。
「僕は、悔いなく生きているだろうか」
強大な力を持つからこそ、力の使い方を深く考えなければならない。それが強者の義務だと、僕は思っている。
誰かに力を向けたときは、余計に深く考える。
目を閉じ深く考えて。ようやく目を開けた。
「うん、大丈夫だ」
僕は自分の部屋に戻った。今日も壁の向こうでは、命が散っている。
4月11日 10:00 第06模擬戦場前 晴れ
亀谷さんに貰った助言通り、僕は笹倉教授にクマの育成を頼むことにした。
意外なことに承諾してくれた教授と06模擬戦場で待ち合せる手筈だったのだが……。
「どうして、ヒューズさんがここに居るんですかね」
「敬語じゃなくて良いんだぜ? 零クン」
半目の僕とは対照的に、ヒューズは楽しそうに腕を組んで微笑んだ。
「それにしても、Aクラス残留おめでとうと言っておこうじゃないか」
僕は昨日、隠し続けていた能力の大体を見せた。あの時は完全に頭に血が昇っていたが、特に後悔はしていない。どうせ壁外演習で確実にバレるのだ。予定が早まったと思えばいい。
「……正直なところ、私は、校長の決定に納得していません」
そう言ったのは、意外にも笹倉教授だった。僕は別に、Aクラスに残るのなら何位でも構わないから、特に抗議はしていない。
しかし本来、ランキング戦で勝利したのなら順位が上昇するのが当然の話だ。
「しかし桜教授。零クンの特異性は理解しているだろう。下手にランキングを変動させて彼に挑む者が出ないとも限らない」
ランキング上位の人間は、下位の人間に挑むことは出来ない。昨日のランキング戦も、僕が挑戦者として兵藤さんに申し込んだ形となっている。
「野々花クンだったから死ななかった。そう言っても過言ではないだろう?」
「……」
あのガンマ線バーストを他の人が受けていたのなら。それを笹倉教授が考えた時、死んでいないと答えることは出来なかった。
「まあ、評価されるべき人間が評価されないのは世の常なのだよ……それより、今日ここに集まった目的は赤崎クンの育成だ。こんな雑談をしている場合ではない」
「ありがとうございます。笹倉教授」
「ぼ、ぼくのためにわざわざありがとうございます!」
僕が頭を下げると、クマもそれに続いて頭を下げた。
「いえ、構いません。私も少し、気になっていましたので」
「ボクのことを?」
クマが首を傾げる。
「貴方に戦いを教えながら、少し話しましょう。こちらへ」
桜教授がクマを連れて、06模擬戦場に入っていった。
「さて零クン、ワタシはキミと話がしたい」
昨日の朝のように、がっちりと肩を掴まれた。
「……構いません」
僕たちは学園内にあるカフェに入った。学園にカフェがあるのは、ある生徒の趣味だという。
本部棟の左手に、昔懐かしい雰囲気の2年前に建てられた喫茶店がある。
決してそれが悪いわけではないのだが、何だか騙された気分だ。
僕は角のテーブル席に、その向かいにヒューズさんが座った。
「僕はコーヒーで。ヒューズさんは?」
「――ココアを貰おうか。コーヒーは苦手でね」
店員を呼び、注文した。彼は小さく御辞儀をして離れていく。その際にちらりと僕の方を見ていたから、恐らく昨日の観客だろう。
ヒューズは足を組んで、優雅に空を見つめる。目線の先には赤い星があった。
「零クン。君にいくつか質問がしたい」
「良いですよ」
僕に向き直って「まず一つ目」と、右手の人差し指を立てた。
「君の創造に、限界はあるかい?」
「分かりません。試したこともないので」
次に中指を立てた。
「君の創造に、制限はあるかい?」
「食べ物は創造できません。僕が料理下手で、想像力が足りないからかもしれませんが……水なら創造できますよ」
「それは戦場で重宝されそうだ。まあ、本題はこれからなのだが……」
そして、薬指。
「タイムマシンは創れるかい?」
「無理です。というより、創るつもりもありません」
ヒューズは僕が即答した事に興味を示したようで「ほう?」と机に右肘をつき、右手に顎を乗せ、微笑んだ。
「思想の問題です。もしかしたら、ヒューズさんの頭脳と僕の創造が合わされば、タイムマシンだって創れるのかもしれない。でもヒューズさん。それで僕たちの思い通りに世界が回ったとして、その世界は楽しいですか?」
ゲームの遊び方の違いのようなものだ。セーブ&ロードを繰り返すのか、その結果を受け入れるのか。
「もちろん、全力を尽くして今を生きるつもりですよ」
もしかしたら、ヒューズさんとは違う考えかもしれない。それはもう、仕方のないことだ。
しかし、ヒューズさんは「素晴らしい!」と、ここがカフェである事も気にせず大声をあげて、身を乗り出して僕の両肩を掴んだ。
「いやあ、やはりワタシの見込んだ男だ。良い信念を持っているじゃあないか」
僕は肩を掴んでいる両腕を剥がして、とりあえず椅子に座らせた。
「タイムマシンを作るつもりは無いよ。ワタシは過去を受け止め未来を切り拓くつもりだ。それが、研究者というものだ」
ヒューズの根底が、ほんの少し見えた気がした。いや、彼女はいつも本心に生きているのかもしれない。ヒューズさんの目には、いつだって嘘がないのだから。
「まあ、ワタシの質問はこんなものとして、逆に、零クンからワタシに聞きたいことはあるかい?」
聞きたいことは幾つかある。しかし、聞きづらい。
悩んでいたところにちょうど「失礼します」と店員がコーヒーとココアを運んできた。
「僕がする質問は、ヒューズさんにとっては失礼かもしれません」
「いいよ」
嫌な顔もせず、ヒューズさんは優しい顔をしてくれている。僕はコーヒーを一口飲んで、聞く決心をした。
「『葛城 アクタ』の事を、教えてもらえますか」
「よくその情報に辿り着いたね」
ヒューズは眉を少し動かして、僕の目を見た。
「偶然です。それに、学園長と同じ姓だという事も、気になりました」
学園長の本名は『葛城 利光』そしてヒューズの母親が『葛城アクタ』僕にはどうも偶然に思えなかった。
「事実は単純だよ。ワタシは葛城利光の娘だ」
「秘匿事項じゃ、無いんですね」
僕はヒューズの出生情報が隠されていないことが気になっていた。
例えばの話だが、ロード・ルーデンベルグの出生記録や、親に関する情報の一切は、あの出生資料には記載されていない。
「父親の意向でね。やましい事が無いのなら隠す必要もない。だそうだ」
「厳格なんですね」
正直、あの学園長が子育てをしている風景が想像できない。
「零クンの想像通り、ワタシはあの父親に育てられていない」
「じゃあ、母親の葛城アクタという人が?」
「葛城アクタはワタシを産んで失踪した」
「……すみません」
触れづらい話に突っ込んでしまったらしい。僕は昨日のクマのような表情をしているだろう。
「いいや、質問していいと言ったのはワタシだ」
ヒューズは特に気にしていないようで、ココアを一口飲んでいた。
「ワタシを育てたのは『道明寺 ミコ』だよ」
「道明寺、ミコ?」
聞いた事も無い名前だ。決して、僕が何でも知っている訳では無いのだが。
「彼女にはとても世話になったが、ワタシがある程度育った頃には退職していたよ。せめて、一度は感謝を伝えたかったのだがねえ」
あり得ない話ではないように聞こえたので、僕は道明ミコの話をそこで終わらせた。
「葛城アクタを調べたことは無いんですか?」
「もちろん調べた事はある。だが、一切の情報が出てこなかった。まるで葛城アクタなど初めから居なかったかのようにね」
「学園長には聞かなかったんですか?」
「父親にどうして母親が失踪したのかを聞くことは、いくら常識知らずの私でもできなかった」
それを聞くのは、常識が無いというよりはただの人でなしだろう。
「それに、ワタシは母親にあまり興味はない。むしろ、ワタシを育ててくれた道明ミコの方が気になっているよ」
長話をしていると、そろそろクマの事が気になってきた。
「クマは、どうしてるかな」
「赤崎クンの事が、そんなに気になるかい?」
「友達ですし」
「ワタシの事は?」
期待を寄せたヒューズの表情に、僕は嫌な顔をしながら言った。
「まあ……友達ですよ」