第3話 プライドとポリシー
4月10日 15時30分 第01模擬戦場
「ルールはありますか」
僕は兵藤さんを睨み付けながら、念のため確認する。もしかしたら、重傷を負わせるに至る武器は使用不可かもしれない。
そうなると僕の先ほどまでの啖呵はとても格好悪い事になるし、ギフトの大部分が制限される事になる。
何の騒ぎだ、と他の生徒や教員が僕らを囲むように集まってきた。
「いえ、私もギフトを使います。アナタも全力で来なさい」
僕は兵藤さんの武器を観察する。70センチほどの打刀を右に、50センチほどの脇差を左に差していた。それでいて重心が左右どちらかに偏っているわけでもない。恐らく両利き、二刀流なのだろう。
「兵藤野々花並びに樋木崎零、その戦闘は許可できない!」
一触即発の僕たちを制止したのは、駆けつけてきた亀谷さんだった。
「黙りなさい。私は樋木崎と会話をしているのです」
止めようと近づいた亀谷さんの首に、兵藤さんは脇差の切っ先を突き付ける。脇差しを抜く動作は、とても自然で速い。亀谷さんは立ち止まるしかなかった。
「いやあ、ワタシも見てみたいな」
状況が複雑になってきたころに、静かでよく通る声が響いた。誰もが下駄の鳴る方を向くと、そこに居たのはあの楽しげな笑みを浮かべたヒューズさんだった。
「野々花クン、そして零クン。キミたちの戦闘を、ワタシが許可しよう」
「いち生徒である君に権限は無い!」
脇差を突き付けられてなお、亀谷さんは危険な戦闘を止めようとする。しかしヒューズさんは亀谷さんに底冷えする視線を向けた。
「校長に許可は取った、医療班も待機させた、これ以上のお膳立てがあるかい?」
「この短時間で許可を?」
亀谷さんは信じられない様子でヒューズを見る。しかし、ヒューズの言葉と同時に学園関係者達のスマホが一斉に鳴り出した。
「亀谷さん! ヒューズさんの話は本当です!」
他の教員の様子を見て、彼女の言葉に嘘はないと理解した亀谷さんは、渋々僕たちから視線を離さないように後ろ向きに歩いた。
僕に心配げな視線を向けている亀谷さんに「大丈夫です」と微笑んで返した。
「『ランキング戦』という形でキミタチには戦闘をしてもらう。それでいいね?」
ヒューズはそれが道理だという風に僕たちに告げる。しかし、兵藤さんは納得がいっていない様子だ。
――ランキング戦。それは、この学園の生徒に付けられた絶対的な序列【ランキング】を上げる最も分かりやすい方法だ。
下位の人間が上位に挑む下剋上制度であり、上位の人間が下位に挑むことは許されていない。
「この程度の男が、ランキング戦ですか」
「それが校則違反をせずにキミタチが本気で戦う唯一の方法であり、キミタチの間にあるいざこざを解決する最良の方法なのだよ」
「僕は因縁を吹っ掛けられただけですけどね」
「それでも、野々花クンの人となりを知るには丁度いいだろう?」
ヒューズの言い分は確かに筋が通っていたため、兵藤さんも僕も異議は唱えなかった。
戦う準備が着々と進み、01模擬戦場に入ろうとする僕の服の裾を引っ張ったのはクマだった。
「零くん。本当にやるの?」
クマもさっきの亀谷さんのように、僕を心配してくれている。
「友達を傷つけられそうになって、黙ってるわけにはいかないな」
様子を見ていた兵藤さんは、僕たちをあざ笑った。
「あら、涙ぐましい友情――いや、恋愛ごっこですね」
「悪くないよ、友情」
僕の方をまじまじとヒューズさんが見ていたので「何ですか?」と聞くと。
「いやはや、キミは意外にも心内に熱いものを秘めているんだと思ってね」
確かにヒューズさんは、初対面で僕のことを「死んだ瞳をしている」と評した。けれど、一度会っただけじゃ分からないこともある。
「……僕のポリシーの問題ですよ」
「確固たる信念を持つのは強者の条件だ――さて、そろそろ模擬戦場に行こうか。ギャラリーたちも好きに観戦するといい」
僕と兵藤さんは模擬戦場に移動し、芝生に引かれていた白線の上に立った。
観客席をぐるりと見渡すと、最前列にクマが居る。そして、最後列に笹倉教授が居るのが目に入った。
「ワタシが審判を務めよう」
審判席にヒューズは足を組んで座っている。彼女に審判を任すのは何処か不安だが、文句は言っていられない。
「さて、二人とも所定の位置についたようだ」
空砲を右手で持ち、空に向けた。
「それでは、開始」
破裂音が、戦闘の始まりを告げた。
兵藤さんは構えることもせず、余裕の表情でこちらを見ている。
「お先にどうぞ」
「それじゃあ」
さて、どうするべきか。どうせなら、派手に行くべきだ。
僕は上空を指差した。
「創造」
その先に現れたのは50メートルはある岩石。それと同時にノの形をした壁を僕の前に創造し、様子を見る。
「バラバラ」
打刀を上空に一振りするだけで、隕石は砂と化した。さあ、と空に砂埃が舞っていく。
「……化物だな」
「誰が、化物ですって?」
既に兵藤さんが目の前に迫っていた。創造した壁の目の前が三角形に切られている。二刀の一振りで壁を斬り、蹴破ったのだろう。
「一刀」
思い切り後ろに跳ぶが、僕の右足は脇差で根元から切断された。はっ、と観客が息をのむ。
「零くん!」
クマは観客席から身を乗り出して叫んでいた。
「痛ったいなあ」
僕は「創造」と呟き、そっくりそのまま右足を再生させた。そのまま兵藤さんと距離を取るが、彼女は追撃をしてこない。
「――あなたの方こそ、化物ではなくて?」
戦闘は終わったと思い込んでいた兵藤さんは、気持ち悪いという風に僕を見た。
「僕は、よく怪我をする子供でした。そのたびに擦り傷や切り傷を創造して直していると慣れたんですよ。程度の違いです」
僕の理論に納得のいかない表情をしている兵藤さんの両手に向けて、創造したデザートイーグルを間を置かず2発ほど発砲する。実は何かを創る際に言葉を発する必要はない。
ただのブラフだ。創造と言って創造しなかったり、創造と言ってテンポをずらしたりしている。
「流」
銃弾は巧みに振られた二刀の側面でキン、と軽い金属音を立てて簡単に受け流された。
「……そろそろ、お遊びは終わりにしませんこと?」
確かに僕は、これまで能力を制限していた。そういう意味ではお遊びかもしれない。僕はまだ、理性的に行動しているのだ。
しかし兵藤さんは僕のその態度が気に入らなかったらしく、二刀を鞘に納め、打刀一本でで居合の体勢を取った。
「速」
神速で迫る居合は、僕を両断せんと迫る。殺す気だ。彼女は、僕を測っているだけなのかもしれない。この程度では死なないことも分かっているのかもしれない。
でも、それはいけない。
「ドライブ」
戦闘機が音速を越えた時に出る衝撃波をもっと大きくしたような、爆発が直線状に起こった。
「――!」
兵藤さんもその爆発に巻き込まれ後方に弾き飛ばされた。しかし、アクロバティックにバク転や側転を加えながら体勢を立て直す。
僕は、兵藤さんの後ろの壁に一瞬で移動していた。衝撃でヒビが入った壁を修復しながら彼女を見ると、僕を試すようなあの表情は崩れている。
「あなたのギフトは創造だったはずでは?」
「正真正銘、創造です」
「しかし、先ほどの移動は私の目ですら追えなかった」
当然だ。理論上、光速を越えた移動なのだから。サイエンスフィクションだが、ギフトならそれでいい。
「ワープドライブの原理を調べると良いですよ。創造は無からエネルギーを創り出す事に他ならない。ワープドライブの問題点は、僕のギフトで大体解決できる」
「ちっ」
小難しい理論を語る僕に、兵藤さんは舌打ちした。一つ分かっているのは、僕のドライブは兵藤さんには視認できないという事だけ。
視えない移動に、どう対抗するか。
兵藤さんは迎え撃つことを選んだ。また打刀を鞘に納めて僕を待つ。
しかし、僕はもうあの技を使わない。兵藤さんなら、勘で僕を斬れるから。
デザートイーグルを両手でしっかりと構え、慎重に狙いを定めた。この技は危険だ。調整を失敗すれば、惑星ごと破壊しかねない。
「マイクロガンマ」
「波風」
僕が口を開けた段階で何かを察知した兵藤さんは、刀を抜いていた。
銃口から紫色の光線が途轍もないスピードで発射され、兵藤さんを襲う。
光線と打刀がぶつかり、僕の想定より小規模な爆発が起こった。
「創造」
僕の前方に巨大な送風機を創造し煙を払うと、そこには未だ無傷の兵藤さんが居た。
「宇宙最強の物理現象を止めるのは、正真正銘の化物ですよ」
「……相殺するつもりで打ったのに、勢いを殺せませんでしたわ」
兵藤さんが持っている打刀は、刃の途中から溶解していた。
「まだ、やります?」
彼女の瞳は、最初のように僕を見下していなかった。そして溶けた打刀を鞘に納め、降参といった風に両手を挙げた。
「いえ、私の負けですわ。あなたは、まだ何かを隠しているのでしょう? それに、実力差を認めず戦うなんてみっともない真似、私には出来ませんわ」
意外にも、兵藤さんは素直に負けを認めた。僕はヒューズの方を向き、彼女も僕たちの雰囲気を感じ取った。
そしてマイクを持ち、気取ったふうに宣言する。
「勝者、樋木崎零!」
歓声は響かなかった。観客は未だ、兵藤野々花がどこの誰だか分からない奴に負けたという事実が受け止められていない。
ざわめきと、動揺が広がっていた。
僕と兵藤さんは気にすることなく模擬戦場を後にする。どちらも無傷なので、シャワーを浴びて土埃を落とすだけだ。
そして模擬戦場を出たところで兵藤さんと鉢合わせた。少しだけ気まずい雰囲気の僕たちの所に、クマがやって来た。
「あ、あなたに、謝罪が、したい、ですわ」
兵藤さんが僕の方を向いて口を開くが、どうも口調が片言だ。
僕が兵藤さんと戦って、一つ感じたことがある。
彼女は、純粋なのだ。ただ、勝ちたい。ただ、強くなりたい。その気持ちが暴走して迷走して、逸ってしまう。
確かに悪いことをしたけれど、相手が僕でよかったと、思う。
まだ、誰も傷付いていないのだから。
「それを受け入れるかどうかは、クマに決めてもらいましょう……どうする?」
だから、謝罪を受け入れるかどうかは、クマに決めてもらう事にした。
「え?」
急に話を投げられたクマは慌てているが、兵藤さんは僕の隣に居るクマの方に顔を向け、謝った。
「無関係なあなたを巻き込んでしまいましたわ。申し訳ありません」
「い、いいよ?」
「零くんに謝ったらいいのに」と不思議そうに思いながらも謝罪を受け取ったクマは、すぐさま僕の方に近付いて右足をペタペタと触りだした。
「どうした?」
「何であんな無茶したのさ!」
クマが頬を膨らませて怒っていた。
「問題ないから」
「危ないからダメ!」
両手でバツのマークを作るクマを見て、兵藤さんは「ふふっ」と微笑んだ。
「良い彼女さんですわね」
「ぼくは男だよ!」
兵藤さんの呆けた表情を見て、僕は声をあげて笑った。




