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世界最強も悩ましい。  作者: 坂本 アキラ
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第2話 crash your hands

4月10日 12:00 食堂


「クマも、フランツ・カフカが好きなのか」

「うん! 子どもの頃から大好きなんだ」

 僕とクマは、食堂で昼食を取りながら趣味の話題で意気投合していた。まさかフランツ・カフカを誰かと語る日が来るとは。


「話は変わるが、クマのクラスはどこなんだ?」

「1-Bだよ。だから、一ヶ月後の壁外演習までには何とかして1-Aに上がっておきたいんだ」


 1ヶ月後の5月10日。壁の外で実際にあやかしを討伐する【壁外演習】というものが行われる。どんな危険が潜んでいるか分からないため、壁外に向かう事が出来るのは1-Aのみ。


 僕も壁外に出て、赤ん坊の時に居たという家を見て自分のルーツに関わる手掛かりを探すつもりだ。いつ家があやかしに破壊されるかも分からないため、僕は出来る限り迅速に行動を起こさなければならない。


「ぼくは左手に会いたいけど、情報は何もない。そうなると、何度も壁外に出て左手が出てくるのを待つしか、ぼくに手段は無いんだ」

「ランダムエンカウントみたいなもんか」


 区切りよく僕はカツ丼を食べ終わり、水を一口飲んだ。クマは小サイズのカレーを食べ終えて満足していた。

「クマはどの試験に引っかかったんだ?」


「戦闘試験なんだ。ぼくのギフトが戦闘に特化してるから、仕方なく受けたんだけど」

 ギフトには、様々な種類がある。戦闘に向いたギフトも、サポートに長けたギフトも。それは本人の意思に関係なく生まれた時点で決まっている。得意な事と好きな事が、必ずしも一致するとは限らないのだ。


「ぼく、人を傷つけるのが怖いんだ。もしかしたら死んじゃうんじゃないかって」

 テーブルを人差し指でトントンと叩きながら、僕は考えた。


「それが普通だと思う。兵藤野々花や、他のAクラスの人間のように、平気で人に刃を向けられる人間の方が狂ってるだけだ」

 しかし、頭のタガが外れた人間が壁外では重宝されるのもまた事実。


「人を傷つけるのに慣れろとは言わない。体の動かし方を学ぶだけでも変わると思う――そうだ、修練場に行こう。食後の運動にも丁度良い」


 僕たちは食堂を出て、第一修練場に向かった。


 同日 13時30分 国立希望学園 第一修練場

「凄いね、零くん」

 僕たちが修練場にやってくると、そこには既に結構な人がいた。この広すぎる学園では入学式と通常の講義を並行してもなんら問題はないため、普段と変わらず施設が開放されている。


 修練場にはジムやあやかしに対する戦い方を教える講義室もあるのだが、一番人気は、やはり模擬戦場となっていた。

 僕としてはギフテッドの本懐はあやかしを討伐する事だと思うのだが、自分の才能を自慢したい。というのは誰もが持つ感情なのだと思う。僕も、子供の頃はそういう感情を持っていた。


 模擬戦場の混雑状況は学園専用アプリ【hope】で確認可能であり、僕が確認した限りでは、07番以降の模擬戦場は空いている。

「クマ、先に入られない内に模擬戦場に行こう」

「う、うん」


 07番模擬戦場の入口には鍵が掛かっており、それを開くためにはスマホを扉にかざす必要があった。

 僕がスマホをかざした後にクマも同じ動きをした。


『樋木崎零、赤崎クマ。入場を許可します』

 こうすることで入場を管理している。更に模擬戦場一つにつき一人の教員と医療員を配置することで、安全対策を万全の物としていた。


「じゃあ入ろうか」

 扉を開けて進んだ先にあったのは、人工芝で埋め尽くされたコロシアムのようなもの。


 直径100メートルの円形をした模擬戦場を取り囲むように、何故か観客席が用意されている。

 僕が昔、教科書で見た東京ドームを円形にしたものといえば分かりやすい。


 模擬戦場の北側にある控え室のような場所から、一人の教員が出てきた。

「俺は亀谷かめたに ゆうだ。重傷の無いように訓練をしてくれよ」

「分かりました、亀谷さん」


 僕は自分とクマの恰好を見て、己の無計画さに呆れた。

「そういえば、服も靴も準備してないな」

 僕は紺のジーンズに黒いパーカー。そして何の変哲もない運動靴。クマは入学式らしいスーツに、革靴を履いていた。


「どうする?」

「模擬戦場で服を借りることも出来るが……そうだ」

 こういう時、僕のギフトはとても便利だ。


 まず、想像する。クマのサイズに合った服と靴を、それも、丈夫で激しい運動に耐えられるものが必要だ。

 それで思いついたのは、今も壁外で戦うギフテッド達に作られた一般的な軍服。


「創造」

「うわっ」

 僕がクマの頭上に軍服を創造した。クマはそれに埋もれてしまっている。

「これが僕のギフト」


「凄いね! 触った感じも普通だよ。それに、創造のギフトなんて珍しい」

 こう言ってくれると鼻が高いが、同時に照れくさくてクマから目線を逸らした。


「まあ、控え室で着替えてくるといい」

「? 別にここで構わないよ」

 クマは不思議そうに僕を見つめる。

「そういう訳にはいかないだろ」


 なんだか話が嚙み合っていない。

「男女同じ場所で着替えるのはちょっとな」


「ぼく、男だよ」


 その言葉に、僕は目を覆い隠し天を仰いだ。

「――すまん」

 そして、素直に頭を下げた。

「良いよ。よく間違えられるし」


 どうやらクマにとってはよくある事だったようだ。しかし、さすがにもう一度謝罪しておいた。

「良いの良いの、それより、体を動かすんじゃなかったの?」


 二人で軍服に着替え、入念に体を伸ばしてから何をしようか考えた。

「とりあえず、クマのギフトを教えてくれるか?」

「そうだね。ぼくのギフトは【雷電らいでん】電気を操る単純なギフトだよ」


 確かに、サポートには不向きとされているギフトだ。

「じゃあ、少し実演してくれるか?」

「分かった……雷脚らいきゃく


 バチッ、とスタンガンのような音が鳴った瞬間にクマは修練場の端まで移動していた。

「凄い速度だ」

 僕はギフトの練度に感心しながら「戻って来てくれ!」とメガホンを創造して呼んだ。またクマが戻ってくると、僕は「少し座って話そう」と椅子を創造した。


「どうしたの?」

「クマのギフトは確かに速い。でも、少しばかり直線的すぎるかもしれない」

 クマは痛い所を突かれたという風に「うーん」と唸った。


「それは、ぼくも前々から思ってたんだ。でも、解決策が思い浮かばなくて」

 僕たちが少し考えていると、亀谷さんがいつの間にかスポーツドリンクを持ってこちらに来ていた。


「仲が良いんだね。君たち」

「わざわざ良いんですか?」


 僕たちは受け取るのを少し躊躇ったが「良いんだよ」と、半分押し付ける形で手渡された。僕はそのまま立たせておくのも失礼だと思ったので「亀谷さんもどうぞ」と椅子を創造した。


「ああ、ありがとう。それにしても、創造のギフトは凄いね」

「ありがとうございます……それでさっきの会話、聞こえてました?」

「雷電のギフトを使用した時の動きが直線的になる。だったね?」


 亀谷さんにはすべて聞こえていたようだ。この模擬戦場の会話はどこかのマイクが拾っているのかもしれない。

「それだけど、笹倉教授に聞いてみるのはどうだい?」


 亀谷さんは意外な名前を出してきたが、僕はその名前を聞いてある伝説を思い出した。

「【紫電】の桜」

「よく知ってるね」

「零くん。それって?」


 クマはどうやら知らないらしい。

「赤鬼討伐の噂は壁内にも広がってましたよ」

 特級あやかしの一体である赤鬼の討伐。それを30人ほどの小隊で成し遂げたというのだから、驚きの話だ。


「彼女のギフトも雷を操るものだったはずだ。無口で面倒臭がりな人ではあるが、決して悪い人ではないよ」

 亀谷さんは優しく微笑んで席を立った。僕たちも席を立ち「ありがとうございました」と礼をした。


「構わない。君たちの姿を見てお節介を焼きたくなっただけだ」

 仕事に戻る亀谷さんの背中は、とても格好いいと思えた。

「今日はそろそろお開きだ。ああ、連絡先を交換しておこうか」

「そうだね」


 連絡先にシスターと教会の子供たち意外の名が初めて入った事に、僕は少しばかり感動していた。

 修練場から出ようとしていたとき、01模擬戦場の前に人だかりが出来ているのが目に入った。


「誰か、私と戦える人は居ないの?」


 そんなほのぼのとした雰囲気に割り込むように、凛とした声が聞こえた。あれは――。

兵藤野々花(ひょうどうののか)


「それって、入学試験2位の? キレイな人だね」

 何故かクマは僕の後ろから、兵藤さんの方を見ていた。

「なんで僕の後ろに?」


「何だか気が強そうで……」

「そこのアナタ」

 こそこそと話していると、偶然か必然か兵藤さんが僕の方を見た。


「ここは男女仲良くする場所ではないわ」

「ボ、ボクは男……」

 か細い呟きは兵藤さんの眼力に圧殺された。

「兵藤さんは僕たちに用事が?」


 出来るだけ事を荒立てないように問う。

「アナタは確かAクラス最下位の樋木崎、でしょう?」

 意外にも兵藤さんは僕の事を覚えていた。


「他のAクラスの人間は私が修練場に居ることを知っているのか誰もやって来ないのですわ。一般の教員では私の相手にもならない。アナタは腐ってもAクラス。私と手合わせをしなさい」


「すみません、嫌です」

 それだけはしたくなかった。

「は? アナタの意見など聞いていません。これは命令ですわ」

 僕はクマの手を引いて修練場を離れようとした。

「はぁ」


 ため息を吐いた野々花は、僕たちの方に途轍もない勢いで何かを投げた。

 投擲物の正体は、小さなナイフだ。しかも僕がクマを引っ張っている右手を狙っている。


 すぐさま右腕でクマを押しのけ、左手に盾を創造してナイフを止めた。

「……なんのつもりですか?」

「その動き、悪くないですわね」

 僕の言葉なんて耳にも入っていない。

「最高の性格してるよ、兵藤さん」


 さすがに、僕も黙っていられない。

「あら、やる気になりましたか」

「死んでも文句言うなよ。ああ、言えないか」


 僕と兵藤野々花の戦闘が、いきなり始まる。

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