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世界最強も悩ましい。  作者: 坂本 アキラ
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第1話 出会い

 4月10日 11:00 国立希望学園大図書館


 僕は第一本部棟の隣にある巨大な図書館に入り、老齢の司書にこう尋ねた。

「2004年の出生記録を保管している場所はありますか?」


 老人は不思議そうな顔をしていたが「それなら、5階の03番にあると思いますよ」と気にすることなく、自分が読んでいた本に視線を戻した。


 僕は小さく礼をしてエレベーターに向かう。その間、僕がギフテッドの戦闘員に拾われたという場所の地図を意味もなくスマホで開き、見ていた。


 ――僕は壁外で拾われた子供だ。


 荒れ果てた壁外の空き家には確かに人が生活していた痕跡があり、僕は生後約1ヶ月経っていたそうだ。

 戦闘員が僕の泣き声を聞いてその方向に向かうと既に人は居らず、ゆりかごに乗った僕だけが残されていたらしい。


 もちろん、僕に対してありとあらゆる検査が行われたが結果は異常なし。至って普通の人間だ。


 その家の表札は【樋木崎(ひきざき)】そしてゆりかごには【(れい)】の名が刻まれていた、だから、僕は樋木崎零なのだ。


 人類の総数が半分まで減り、子供は文字通り人類の宝となった。宝は保護され、管理される。古くなってきた情報は資料保存という名目で毎年この国立希望学園に送られ、読まれることもなくただ本棚を埋めていく。


 5階まで昇ったエレベーターが、呼び鈴を鳴らしたような音とともに扉を開ける。

「まあ、誰も居ないよな」

 資料室は、本が音を吸っているかのように静かだった。


 03番の棚に辿り着き、山のような資料の中からヒ行の出生記録を探す。


「ここか」

 資料を取ろうとしたところで、少し向こうに人が居ることに気が付いた。その人は少し高い所にある資料を、ジャンプして必死に取ろうとしている。中学生ほどの女の子に見えるが、この学園に居るという事は大学生なのだろう。


 希薄な空気を纏っていたから、どうも気が付かなかった。

 僕は自分が探していた資料を手に持ってから、隣に居る彼女? が求めているであろう資料を取り、手渡した。ちらりと見えた表紙は【ようかい資料ヒ〜】だ。

「あ、ありがとうございます」

 短い銀髪の頭を何度も下げている。それを手で制止して、ようやく彼女? は顔を上げた。

「気にしなくていいですよ。でも、ここに人が居るとは思わなかった」


「ぼくも、思いませんでした」

 声は中性的で、よくよく見れば顔は女性とも男性ともとれる顔立ちだ。

「ぼくは赤崎クマ。きみの、名前は?」

「僕は樋木崎零」


 銀髪の……彼女? は「なんだか似た名前だね」と微笑んだ。その顔は男には見えない、やはり、女性なのだろうか。しかし、直接聞くのは失礼だ。女性と仮定して進めるとしよう。

「とりあえず、座りましょうか」


 重たい資料を持ったままで立ち話をするのも良くないと思ったので、僕は隣の椅子を引き、クマさんに座らせた。

「ありがとう。それで、何を探しているのか聞いても良い?」


 二人で資料をペラペラとめくりながら、クマさんが僕に聞いてきた。恐らく、僕の持っている資料が気になったのだろう。

「僕の母親――まあ、案の定手掛かりは無かったですけど」


 この資料には確かにヒキザキという姓があったが、零という人物は誰一人として記載されていなかった。まあ、この出生記録も完全という訳では無い。そもそも、僕が本当に樋木崎なのかも分からない。


「あ、ご、ごめんなさい」

 クマさんは慌てて謝った。僕自身は気にしていないが、普通の人なら気を遣ってしまう話題なのは間違いない。それをいつも失念してしまう。


「大丈夫ですよ。それに、僕を育ててくれた人は別に居るんで」

「そ、そうなの?」

 僕は戦闘員に拾われた後、そのまま【シャングリラ】という小さな教会に預けられた。そこでの生活は決して裕福とは言えなかったが、僕を育ててくれたシスターには、とても感謝している。


「僕からも、クマさんが何を探しているのか、聞いても良いですか?」

 僕の何気ない質問に、クマさんは言葉を詰まらせた。どうやら、言いづらい事情があるようだ。

「無理に言えとはいいません」

「……信じて、くれますか?」


 その潤んだ瞳は小動物を彷彿とさせる。僕はつい頭を撫でようとして、さすがに止めた。

「無責任な事は言えませんが、出来るだけ信じます」

 僕の現実的な言葉がクマさんには可笑おかしかったようで、彼女はふふっ、と少し目を緩めた。


「【ミギテ】って、知ってます?」

 僕は、その言葉を久しぶりに聞いた。

「確か、ちょうど10年前の今日に特級のあやかしが壁門を突破した事件、でしたっけ」


 あやかしにはランクが存在している。危険度を5段階に分けそれに応じて割く人数を決める一つの基準。

 その危険度の枠外に存在するあやかしを【特級あやかし】と呼ぶ。そのうちの一体が【ミギテ】


 人の右手に酷似している事から名付けられたそうだ。あやかしは最初に観測した人に命名権が与えられるのだが、その人にネーミングセンスは無かったらしい。


 そのミギテが、南門を殴って破壊した。被害は甚大で、その南門近くにあった小学校の生徒416名の内、414名が死亡。残ったのは一人の先生、そして1名の生徒。


「ぼくは、その事件の生存者なんです」

 正直なところ、大して驚きはしなかった。

「叫び声が聞こえて、皆殺されて、ぼくはその遺体に隠れて……」


「落ち着くんだ」

 パニックになりかけた彼女の頭を、僕は撫でた。そして、冷たくなっている手を握った。

「大きく息をするんだ。そうすればきっと落ち着く」

 何度か深呼吸をさせて、彼女はようやく落ち着いた。


「うん、落ち着いた。ありがとう」

「ごめん。つい手を握った」

「ううん。ぼくを落ち着かせようとしてくれたんだもん……続けるね。誰かに、ぼくの事を信じてほしいから」

 クマさんは僕の手を握り返して、また記憶をさかのぼる。


「ぼくは、隠れているときに【左手】を見たんだ」

「なるほど」

 ミギテが居るのなら左手も居るのではないかと、議論されていた。しかし、そのミギテが侵攻した時に、左手は観測されていない。そもそも、本当に居るのかどうかも分かっていない。ただの妄想なのだから。


「事情聴取で全部話したけど「精神的ショックによる記憶混濁だ」って、それで終わっちゃったんだ」

「まあ、見間違えた可能性は十分にある。僕でも、そう思ってしまう」


 ミギテと左手を見間違える可能性は十分にある。

「でも、ぼくは左手に見られた。そして「アウトサイド」って、言われたんだ。ぼくは左手にもう一度会って、その意味を知りたい」

 ――衝撃的な話だった。


 まずミギテに目は付いていないし、あやかしは喋らない。

「零さんは、この話を信じる?」

 不安げに、クマさんは僕の目を見つめた。

 信じると言葉にするのは簡単だ。しかし、それは無責任というものだろう。だから僕は、正直に話すことにした。


「信じることは、出来ない」

「……うん」

「でも、今から信頼する事は出来る」

「……うん?」


 このあいまいな感情を表現するのは、とても難しい。クマさんも、首を傾げている。

「例えば、君と友達になって、君の人となりを知って、そうして君と信頼関係を築けたら、僕は君の事を信じられる。だから……まずは友達になりたい」


 気付けば、僕はそんな小っ恥ずかしい事を口にしていた。しかし、クマさんには僕の思いが伝わったようで――。

「じゃあ、クマって呼んでほしい」

「ああ、よろしく、クマ」


 学園で初めて、友達が出来た。

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