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ヒューマンシステム 〜私たち、マシンに繋がってないと役に立たないの〜 生体兵器はヒトでありたい  作者: みつなはるね
第3章 彼と彼女のDetermination

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第9話 彼らのFuneral

 その後ヴァロージャは、スミスに支えられるように遺体安置室を後にして、彼らは小さな応接室のソファに座っていた。


 対面前に監察医によってヴァロージャに渡された死体検案書の死因は、酸欠による窒息死と書かれていた。


 また、彼に開示された発見時のメテルキシィからの映像、回収時の現場写真は気が滅入るものだったが、確認をしないわけにはいかない。


 二人は民間用のスーツを着用し後ろ手に縛られて、その状態で月面に放置されていた。その状況から見て他殺と考えられた。


 また夫妻の持ち物が観光地であるフラントポーチ市をはじめ、アスワン市及び基地近隣の都市のどこにも届けられていないし、発見もされていない。


 二人の身に何が起きたのか、ヴァロージャにも皆目検討がつかなかった。


「まずは、こちらをお返しします」


 それは、透明な袋にパウチされた、夫妻の時計や指輪といった装身具、財布類だった。


「少尉、ご存知とは思いますが、検疫の関係で遺体を域外に持ち出すことはできません。アスワン市内での葬儀と埋葬になります。よろしいですね?」

「……はい、理解しています」


 少し掠れたような、虚ろな声でヴァロージャが答える。


「この後ですが、捜査権は軍警備隊(セキュリティフォース)からアスワン市警察に移管されます。そこで殺人事件として捜査されます」

「……はい」


 どこか他人事のような受け答えは、まだショックから抜けれていないのは明らかだった。スミスはヴァロージャを挟んで座る弁護士のリッコネン大尉に声をかけた。


 彼はウィオラが手配してヴァロージャにつけた法務部の弁護士だ。


「大尉、この件もお任せしても?」

「もちろん。ロバーツ少尉の力になるよう、3課からも依頼されています」

「助かります」


 リッコネンは亡きロバーツ夫妻の葬儀や埋葬に関わる全ての作業を手際良く段取りすると、対面から3日後にはアスワン市内の共同墓地で、夫妻の葬儀が営まれる事になり、彼らは一旦ツクヨミに戻った。






 その日の訓練後、ラディウがスウェン家に帰ると、見慣れぬクルマが1台止まっていた。


 来客かと思いながらも、帰宅の報告をするためにリビングに顔を出すと、そこには沈痛な面持ちのスミスがいた。


「シュミット先生?」


 怪訝そうな顔をするラディウに、スミスは「やぁ、おかえり」と片手をあげる。


 ちょうど2階から、出かける支度を済ませたエレノアが降りてきた。


「おかえりなさいラディウ。お待たせしました、Dr.シュミット」

「では、私はこれで……」


 そうウェンに言って、スミスはソファから立ち上がる。


「何か……あったんですか?」


 いつもと様子が違うことに、ラディウは不安げな表情で大人たちの顔を見回すと、スウェンが苦しげに口を開いた。


「先日、君が月で発見した遺体は、ロバーツ少尉のご家族だったんだ」


 彼女は思わず息を呑んだ。あの日の光景を思い出す。


「……そんな」


 ラディウは目を見開き、思わず両手で口を覆う。


 彼がどれだけ祖父母を気にかけていたかは、ラス・エステラルで共に行動した短い時間ではあったが、ラディウは十分理解している。


 それだけに、彼が負ったであろう心の傷の深さを思うと、彼女の瞳に自然と涙が溢れてきた。


 それを見てエレノアはラディウを優しく抱きしめると、大丈夫よと彼女に囁き、オサダに委ねる。


「Dr.スウェン、ロバーツ少尉は今どこに?」


 オサダの問いかけに、スウェンは彼らが近くのゲストハウスに滞在していると伝えた。


「ヴァロージャが酷く憔悴している。そこで専門家のエレノアの力を借りにきたんだ」

「では、行ってくるわ」


 ラディウは手で涙を拭い、スウェンと共に二人を見送った。


 クルマのドアがバタン、バタンと閉まり、微かなモーター音を残して静かに路上に出ていく。


 彼のことを思うと一番辛いであろう時に、傍にいられない寂しさと、心配で苦しくなる。


 ラディウは不安げにスミスのクルマが走り去った先を見ていたが、オサダに促されて家の中に戻った。


「彼が心配になるのはわかるが、明日も飛ぶんだろう? あまり引きずるな」


 オサダの言う通りだ。ラディウはそれで以前、ロージレイザァで大失敗をしている。同じ事を繰り返してはいけない。


「わかってる。そんなの、わかってる」


 彼女は自分に言い聞かせるようにそう言うと、「着替えてくる」と言って二階へ上がった。





 ――数日後

 アスワン市共同墓地の葬儀室に、二つの棺が並んでいた。


 軍の略礼装を身につけ、制帽を被った人々が遠巻きに棺を囲んでいる。


 その二つの棺の前に、同じ略礼装に身を包み、制帽を目深に被るヴァロージャがうなだれて立っていた。


 厳かな雰囲気の中、閉じられたままの棺に向けて、司祭による別れの言葉が捧げられる。


 やがてその言葉が終わると、係員によって壁面の分解コンテナの扉が開けられ、棺がゆっくりとその中に移動した。


「こちらのボタンを押しますと扉が閉まり、棺は有機リサイクルタンクに沈みます」


 係員の説明の後、コツン、コツンと壁面に向かうヴァロージャの革靴の音が、静かなホールに響く。


 コロニーや月面都市での葬儀は、原則として有機リサイクルタンクによる水葬だ。その前段階で防疫のため一度誘電加熱され、段階を得て全てが分解される。そしてそれらは全て都市環境に必要な資源になる。


 肉体の生も死も、ここは一つのシステムとして当たり前のように循環している世界だ。


 スミス、スウェン夫妻、リッコネン大尉と、ラングレー伍長が参列し、ヴァロージャを静かに見守っていた。


「じいさん、ばあさん、今までありがとう……さようなら」


 ヴァロージャは小さく別れの言葉を呟くと、大きく深呼吸そしてから、壁の緑色の大きなボタンを掌でグイッと押し込んだ。


 それを合図に、二つの扉が名残を惜しむようにゆっくりと閉まる。


「総員、ロバーツ夫妻の御魂に、敬礼」


 Dr.スウェンの号令に、ザッと全員が敬礼する。


 棺がタンクに入ったことを示すランプが点灯すると、Dr.スウェンは「直れ」の号令をかけた。


 ヴァロージャは祖父母の墓をアーストルダムでも、長く暮らしたラス・エステラルでもなく、ここアスワンにすることに決めた。


 水葬で遺体は何も残らない。そのためこの世界の人たちは、遺品を小さなカプセルに収めて共同墓地に埋葬するのが一般的だった。


「身体はここで循環するんだ。墓もここでいいだろう」というのがヴァロージャの弁だ。


「急いで決める必要はないのよ?」


 葬儀と埋葬の手配をしている時、エレノアはそう言ったが、ヴァロージャは頑なだった。


「今の俺は自由に動くことができません。手元に残しても、この仕事をしている以上、俺自身に万が一の事が起きるかもしれない。それに今後もし、艦隊に戻れたとしても、常にひとところにいるわけじゃない」


 そう言ってヴァロージャは、月の都市の空を彩る、青い空の映像を見上げた。


「月なら遠くからでも見ることができる。訓練で近くを飛ぶかもしれない。月を見れば、そこに祖父母がいると思えますから」


 祖父の時計と祖母のネックレス、そして2人の結婚指輪を納めた小さなケースを、大切そうに抱えた。


「だから、ここで良いんです」

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