第4話 彼女の休暇と先輩
――寒い。凄く寒い。頭が痛い。
休暇初日、ラディウは震えながら自室のベッドで丸くなっていた。
夜明け前からずっとこんな感じだ。体中が痛くて怠い。早鐘のような動悸が苦しい。
誰かと何かを話して、その後一瞬だけ眠ったような気がした。人の動きと気配を感じて、ラディウの意識が浮上する。
「ラディウ?」と声をかけられ、薄っすらと目を開くと、スミスが立っていた。
「どうして……? 先生、ラス・エステラルじゃ……?」
苦しげに呟く。
「こっちに戻ったんだよ。熱が高いね。ちょっと診せてね」
スミスはラディウを診察すると、看護師に採血の指示をだす。
「疲れが出ちゃったかな? 水は飲める?」
「……明日には治るかな……企画展」
ラディウがうわ言のように呟く。スミスは怪訝そうな顔をして、端末を操作し彼女のスケジュールを確認する。すると、翌日にティーズとの外出予定が組まれていた。
「今日から休暇だったか。残念だけど外出許可は取り消し。元気になってからだ。大尉には連絡するから心配しなくて良い。寝てなさい」
看護師が採血のキットを手に戻ってきた。チクリと腕に針が刺され、ラディウは僅かに顔を歪める。
「しっかり水分をとって安静に。また後で様子を見にくるよ」
そう言ってスミスは検体を手に去っていった。
――ちょっと疲れて気が抜けると、すぐこの有様だ。
ラディウはションボリと布団をかぶって丸くなった。
結局彼女はこの日から3日寝込み、休暇が後半に入るとティーズは都合をつけて、約束通り彼女を市街地へ連れて行ってくれた。
夕方前にはアパレルショップや雑貨店のショッパーと、ティーズに渡されたお土産のお菓子を手に居住フロアへ戻り、ラウンジの前を通りがかった時、訓練着姿のスコット・ハートネットが「よぅ」と片手をあげた。
ラディウは手にした荷物を危うく落としそうになる。
「え? スコットさん!? その格好……まさか」
「残念ながらそのまさかだ。今日からBグループ復帰。よろしくな」
肩を竦めながらスコットは苦笑する。
「……メリナさんの推薦?」
微かに眉をひそめたラディウに、スコットは違うと手を振った。
「彼女は関係ないよ。あの戦闘の後、艦で簡易検査を受けさせられてさ、その結果を見たDr.ポートマンの命令。艦を降りれば関係なかろうと無視してたら、ラボから迎えが来て捕まった」
ラディウは心底気の毒そうな顔をした。
「折角の休暇が全部、検査に潰された」
ガシガシと頭を掻きながら彼は「観たい映画があったのに」と愚痴を零す。
「な? 陸に上がると逃げられないだろ?」
ラディウは黙ってコクコクと頷く。
「メリナが言ってたタイプのコッペリアを、実戦運用できる人材がいないんだと。俺のスキル値が条件を越えたって事で、再調整と訓練だってさ。よろしく頼むな」
特にここ数年のラボは、Aグループの件もあって深刻な人材不足なのは否めない。
「こちらこそ……色々教えてください」
ラディウはそう言いながら、一旦荷物を近くの椅子の上に置くと、スコットの向かい側に座った。
「そっちはどうだ?」
「Dr.ポートマンの指示に逆らったのを、Dr.ウィオラから注意されたけど、その辺りはまぁなんとか。コンテイジョン現象もちゃんと説明してもらったし……」
逆らって怒られる事はよくあるので、ラディウ自身はそれほど気にしてない。しばらく大人しくしていれば、いずれ嵐は過ぎ去る。
「心配していた例の相手とは、話せたのか?」
ラディウはうなずいた。
ヴァロージャは彼女が帰った翌日から、双方向BMIを扱うための、2回目のナノマシンの処置が予定されていた。その為に彼はラボに帰ったらすぐに研究棟へ行ってしまった。その間にラディウはウィオラから説明や許可を取り、戻った彼と昨日ようやくここの屋上庭園で話すことができた。
その時のことを思い出し、彼女はハァとため息をついた。
「会ってコンテイジョン現象の事を話したら、彼もう知ってた。1回目のナノマシン処置を受ける前に説明を受けたんだって。結局、私だけ知らなくて……大尉が言った通りだった……私が不安定すぎた。あんなに大騒ぎして、馬鹿みたい」
ソファに座ってガックリと項垂れる。情けなさと恥ずかしさで両手で顔を覆うと、ロージレイザァでティーズに吐いた暴言や、ヴァロージャとの会話を思い出し、ジタバタと1人で身悶え始めた。
思い出すととにかく恥ずかしくて、耳まで赤くなっている感じがする。
「いや、それについては俺も責任があるから……おい、大丈夫か? 落ち着け。へこむなよ?」
スコットは腰を浮かせ、センターテーブル越しに彼女の肩をたたいて慰めると、ラディウは大丈夫と顔を上げた。
「でも私……ヴァロージャが許してくれても、まだ自分を許せないんです」
「彼は君を許しているのに頑固だな。まぁでも、君がそう思うなら、今はそれで良い。でもいつかは自分を許すんだ。それができるのは自分だけだから」
「うん……」
ラディウは頷いて穏やかに微笑すると、スコットは「ゆっくりな」と笑いかける。
ふと彼女が思い出したように手を叩いた。
「そうだ。私、再来週から月の重力下飛行資格を取りに、ツクヨミに行くんですけど、スコットさん資格持ってますよね?」
「あぁ、持っている。訓練を受けに行くのか?」
ラディウは心から嬉しそうに頷いた。
「こういうところに行くの、初めてなので色々教えてください」
「いいよ。とりあえず、荷物片付けてきなよ」
「了解。すぐに戻ります……あ」
ラディウは荷物の山から、ケーキの入った箱を大切そうに取り出した。
「ティーズ大尉がみんなで食べなさいって、持たせてくれたの。スコットさんも後でどうぞ。冷蔵庫に入れてきますね」
ラディウは箱を掲げて嬉しそうにいうと、隣のダイニングに消えていった。
「”カリマ”……マメだなぁ」
スコットはラディウの後ろ姿を見送りながら、小隊長だったティーズとの一ヶ月を思い起こす。厳しい人だったし、腕も立った。そういえば、彼女は彼に鍛えられたのか。彼女とも何度か対戦したが、クセが少し似ているように思う。
そのラディウは共有の冷蔵庫にケーキの箱を入れる前に、ペンで皆への伝言を書き入れた。
個人のものと、みんなのものは印をつけないといけないルール。
”ティーズ大尉からの差し入れ。食べた人はサインを入れること”




