第25話 彼女のBad Omen 1
ラス・エステラルで簡単に機材が出てきたのも、あわよくば発生しうるコンテイジョン現象を観測し、そのデータを取るためだったのではと、ラディウは思い至るようになった。いや、実際そうだったのだろう。
「レーンやアニーもそうだったが、フルスペックを扱う君も、リミッターをかけられているだろう。他にも制限を入れる理由があると聞くが、主に不意なコンテイジョン現象を起こさないためのものでもあるんだ」
スコットはラディウが動揺して手放したタブレットを捕まえる。
それをラディウに渡そうとしたら、彼女が両腕を抱きしめて、ガタガタと震えているのに気付いた。
「わたし、ずっと広がりすぎて止まらなくなる、あの感じを止めるためのものだと思ってた。いろんな情報が際限なく入ってくるあの感じ。先生たちはそのままだと危なすぎてFAにも乗せられないし、システムとも繋げられないからって」
ラディウは身体を縮こませ、怯えた表情でつぶやく。
「それも理由の一つだな。すまない。ここでする話しじゃなかった。上がって落ち着こう。それとも、このまま医務室に行くか?」
スコットはコクピットの電源を落としてシートから立ち上がった。ラディウはタブレットを受け取ると、「大丈夫、失礼します……」と言って、弱弱しくメテルキシィの装甲を蹴り、キャットウォークへと流れていく。
途中、別方向から流れてきたメカニックとぶつかり、そのままあらぬ方向に流されたのを見たスコットが、慌て彼女を追いかけた。
その後、なにをどうしたか、ラディウはあまり覚えていない。
数日後、ラディウは哨戒任務中にスコットとの会話を思い起こし、ぼんやりしながら飛んでいた。
不安と後悔がぐるぐるとラディウの心と思考を縛り、あの日からあまり眠れていない状態が続いている。
このままではいけないと自覚しているが、ネガティブな思考が心を縛り、抱えた後悔と不安を重りにして、心を更に深い闇の底へと引き摺り込む。
『”エルアー”! 何をしている!』
突如エルヴィラの怒鳴り声が響き、ラディウはハッと我に返った。
「あ!」
小隊が左にターンをしているのに、自機はまっすぐ進んでいる事に気づく。慌てて機体をロールさせてトルキーの左斜め後方のポジションにつく。
『哨戒任務は退屈?』
やや怒気を含んだエルヴィラ声に、ラディウは身を固くする。
「いえ、そんなことは」
『これも大切な仕事なのよわかってる? ちゃんと集中しなさい!』
「申し訳ありません……」
通信モニターからエルヴィラが消え、代わりにトルキーが映った。
『何をしている? 左旋回だからまだしも、これが右だったら大惨事だぞ』
「ごめんなさい」
『何があった? このところ様子がおかしいぞ? 昨日の射撃訓練もらしくなかった』
トルキーの言うように、昨日は昨日で酷い有様だった。あれはあの後、自分でも呆れて自己嫌悪に陥った。
このタイミングでこの精神状態は良くないと気持ちの切り替えを図るが、なんとかしようと焦るほど空回りを起こす。
今もまだ、昨日と変わらない最悪のコンディションだ。
「集中できていませんでした。以後気をつけます」
『うまくリカバリーしろよ。あまり酷いと飛行禁止食らうぞ』
ラディウはビクッと肩を震わせた。
飛行禁止命令は一番避けたい事だ。
『悩みがあるなら相談しろ。話しを聞く。俺はお前のパートナー。分隊組んでいるんだからな』
「はい……中尉」
通信が終わり、ラディウは大きなため息をついた。
同じラボ所属とはいえ、グループが違うトルキーに相談できる話しじゃない。スコットにだって、全てを話せるわけではない。とにかく今は、自分の中でおさめてしまうしかない。
彼らは手に負えない精神状態の時は、カウンセリングを受けるように指導されているが、今の状態で医官の元へ相談に行くのは、ロージレイザァに残りたいと願うラディウにとって、マイナスの要因でしかない。
――なんとかして、自力で気持ちと成績をリカバリーしなくては。
ラディウは気持ちを切り替えるように頭を振ると、前を行くトルキー機を見つめた。




