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図書室の佐藤君と茶髪の田中さんの話

作者: あかは

小説を語る男子と、自然にそれに反応する読書しない女子の話です。

放課後の図書室で、佐藤篤はいつもの席に腰かけた。そして昨日から読んでいる本を開く。


篤は本を読むのが好きだ。図書委員には自分で立候補し、仕事は率先して行っている。・・というか、他の委員に意欲がないのをいいことに貸し出し当番を専有し、毎日図書室に来ている。


本当なら貸し出しのカウンターに座っておくべきだが、大して他の利用者もない。そこで自分の読む本の出し入れの利便のために、利用者用のテーブルにいつも座ることにしている。


カウンターに人が来れば見える席なので、その時対応すれば間に合う。だがいきなり利用者テーブルに来る者がいると、注意していない分気づくのが遅れる。


「なんの本読んでるの?」

「じゃがいもみたいな顔の男が競馬の馬を育てる話。」


篤は本から視線を外さないまま答える。椅子を引く音がして、正面に人が腰かけた気配がした。


「馬育てるのに顔関係あるの?」

「関係ない。でも、ラブストーリーでもあるからそっちには関係する。」

「ラブストーリーなの?馬を育てながら?」

「馬を育てながらのラブストーリーだよ。」

「想像できない。」


一瞬、視線をあげて相手を確認する。声でわかっていた通り、田中梓だ。先日担任から、髪を染めたか問われ、夏だから日焼けで茶色くなったと答えていた。その肩までで切り揃えられた髪が日差しを受けて金色に透けている。


クラスでは篤との接点はない。同じような髪色の友達といつも楽しそうに笑っている。真っ黒な髪をほったらかしにした、地味な篤とはスクールカーストが違う。


なので教室で本を読んでいる時、梓から話しかけられて驚いた。そのときも「なんの本読んでるの?」と聞かれたのだ。


「相手の女の子は美人?」

「うん。」

「じゃがいもとうまくいくの?」

「まだ最後まで読んでないけど、たぶん。」


それから、教室や図書室でこうして時々本の話を聞かれては話している。


「なんか前も顔が不細工な男の話、読んでなかった?」

「岩みたいな?」

「そうそれ。それもラブストーリー?」

「いや、推理小説。」

「誰が殺したかに顔関係あるの?」

「いや。あれは主人公の娘が家出する原因。」

「え?お父さんの顔面が岩だから家出するの?」

「そう。」

「お父さん、そんなこと言われたら泣いちゃうな。」


篤もそう思う。あの心理描写は他人事ながら胸に詰まるものがあった。


「でも娘の気持ちもわかる。好きな人にブスって言われたら、死にたくなって親を恨みそう。」

「男だって一緒だ。親、悪くないけど。」


好きな人、という単語に胸が跳ねるが何気なく返す。


「少年漫画とかに出てくるヒロインみんな可愛いよね。」

「大体そうだな。」

「男の人はやっぱ、女の子が可愛い方がいいのよね。」

「女の人も一緒だ。少女漫画に不細工の相手とか見たことない。」

「それもそうね。不細工だったら、萎える。」


萎える、と言われて自分が不細工か十秒ほど考えた。そして我に返る。自分の話はしていない。まったくこれだから、気持ちというのは度しがたい。


「ねえ。」


急に、磨かれた綺麗な爪が視界に入る。本を捕まれたのだ。仕方なく正面を向く。すると猫のような少しつり上がった目がこちらを見据えている。


「なに?」

「私のこと避けてる?」


油断していた。気づかれていないとは思わなかったが、問い詰められるとも思っていなかった。


「そんなことないよ。」


できるだけ平静を装ってそう返す。嘘だ。


「嘘でしょ。」

「嘘じゃない。」

「木下になんか言われた?」


今度はすぐに返せなかった。確かに同じクラスの木下君に言われた。梓は俺の彼女だから馴れ馴れしくするなと。


篤は何も言い返せなかった。かろうじて口から出た言葉は「そう」だった。我ながら情けない。


「・・それ嘘だから。」


嘘なんじゃないか、とも思っていたが、どっちにしても木下君と戦う覚悟がないと梓のそばにはいられない気がした。それは足にロープをくくりつけて滝に飛び降りるくらい勇気がいる気がして、平たく言えば篤は怖じ気づいたのだ。


「男性が書いた本に、ヒロインが美人じゃない話もある。」


目を反らして、ひとつ前の話題に戻す。


「あ、話変えるんだ。」

「凄く強い女刑事が、脳移植で美人でかよわい女性になる話なんだけど。」

「なにそれ。結局、美人じゃないの。」

「ヒーローは死んだはずの女刑事をすごく好きで。」

「ふうん?」

「確かにその女刑事は内面が凄く魅力的なんだ。」


先ほどまでより、口数は増えているし、早口になっていると自覚しているがどうしようもない。


「女刑事の内面を好きなヒーローが凄く格好いいんだ。」

「それで?」

「男が読んでも、美人が好きな男より内面的なものを大事にする男の方が格好いいと思ったんだ。」

「確かに、ホンモノのイケメンね。」


目の前の顔が少し笑った。気まずい空気が和らいだ気がして、篤は少し安心する。


「女子だって、内面的なところを好きになる女の子の方がいいと思っちゃうわ。」

「男から見てもそういう子の方がいいよ。」


そこで沈黙が訪れた。梓は視線をはずし、何か考えているようだ。


「どうした?」

「・・私、佐藤君の本の話聞くの楽しいよ。」

「うん?」

「うまく言えないけど、それじゃだめかな。」


篤は察する。きっと篤と同じように、梓も突きつけられたのだ。木下君に抗うなら、覚悟がいるような気持ちを。


「いいんじゃないかな。」


自分を勇気づけるように、小さすぎる声にならないように言う。


「泥棒が親に置き去りにされた双子の父親のふりをする話があるんだけど。」

「また凄い設定ね。」

「泥棒と双子はどんどん仲良くなるんだ。」

「双子っていくつくらい?」

「確か、中学生。」

「えー。中学生ってそんな知らないおじさんと仲良くなるかな。」

「自分だったら無いけど、まあそういう話で。」

「お話だもんね。」

「泥棒はあやふやな自分と双子の関係が、親が帰ってきたらどうなるか思い悩むんだ。」

「まあ縁があった、ただの泥棒だもんね。」

「でもそうやって悩んだ事が回りを心配させて、最後開き直るんだ。」

「開き直っちゃうんだ。」


双子は泥棒との関係が遠くなることを悲しんだ。梓も関係が遠退くことを惜しんでくれている。


「僕も開きなおることにするよ。」


梓はちょっと考えて、それから笑った。


「それいいね。私も開きなおることにする。」


篤は本を閉じた。じゃがいもの恋はまだ決着してはいない。


「そろそろ受付時刻は終わりだ。」

「そうね。」

「鍵をしめて、職員室に返すよ。それから途中まで一緒に帰ろう。」

「いいよ。」


この関係がどうなるのか、わからないけれど本の話を聞いてもらうのは楽しい。梓の一挙一動に揺れる自分の気持ちには、まだ名前をつけたくない。


「ところで、部室の鍵が閉まってる謎から始まる推理小説があるんだけど。」

「え、部屋の鍵が閉まってて何が変なの?」


まだ話すことはたくさんある。

お読みいただいてありがとうございます。

私の好きな作品ばかり押し込んだので、趣味の合う方は感想欄にコメントもらえると嬉しいです。

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