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「お前プレート降りろ」洋食屋を追放されたパセリがスローライフをするまで

作者: ダイニング
掲載日:2021/03/10

1


パセリはうなだれて、歩道をとぼとぼと歩いていた。平日の午前中だ。道路も時折車が通りがかる程度で、歩道も閑散としている。


「はあ……」


彼は天を仰いだあと、大きなため息をつき、またうなだれた。彼の心とは裏腹に、空は憎らしいほど晴れわたっている。まさに、小春日和というのにふさわしい空だ。


――「最近は、近所のファミレスに客を取られて、ここの経営状況も厳しいんだ。だから、パセリ。お前プレート降りろ」


パセリを追い出したハンバーグの言葉だった。彼はそれを思い出しては腹を立てている。


「くそっ。何なんだよ、ハンバーグのやつ。自分がメインディッシュだと思って調子乗りやがって……実際、そうなんだけどな。それが腹立つんだよ。この稼ぎ頭が!」


彼はそう呟くと、力任せに足もとにあった石を蹴り飛ばした。石は、近くにあった自動販売機のかげへ転がっていく。すると、誰かに当たったらしい。呻き声が聞こえてきた。


「いってぇな。誰だよ、石を蹴ったやつは」


それはどうやら、寝ていたようだった。緑色の頭をさすりつつ、そこから出てきた何かは、全身が緑色だった。


「……お前、生きてたのか」


「……まあ、何とかな」


パセリは、出てきたパセリの姿を見て言った。その声には喜びと驚きが混ざっていた。


2


近くにある公園のベンチに腰かけ、2株のパセリは、互いに再会を喜んだ。とはいえ、その雰囲気は決して明るいものではなかった。


「……お前も追放されたのか、ハンバーグパーティーを」


そう、先程まで眠っていたパセリが低い声で尋ねると、パセリは答えた。


「まあ、時間の問題だとは思っていた。でも、まさかこんなすぐだとは思わなかったよ。で、お前はエビフライパーティーを追放されてから、どうやって生きてたんだ?」


彼が以前勤務していた洋食屋『シルブプレ』のエビフライからパセリが消えて、既に1週間が経っていた。


追放されたパセリは普通、3日以内に通行人に潰されたり、カラスにつつかれたり、野良猫のおもちゃになったりして、死んでしまうのだ。食べてもらえるなんてことはない。


その上、今は冬である。彼は、この過酷な環境で生き抜いてきた同期を、凄いな、と思った。


「俺は、普通に昼間は光合成して、夜は自動販売機のかげで寝てただけだ。あそこは暖かいからな。結構おすすめだ」


「その知識が役に立ちそうで怖いよ」


「でも、やっぱりこのままじゃ駄目だ。新しい就職先を探さないといけない。そうは思わないか?」


「それは間違いない。でも、どこにそんなのがあるんだ?」


昔から、洋食の付け合わせといえば、パセリ。パセリといえば洋食の付け合わせだった。しかし、彼らの味は人を選んだ。


使い回しという都市伝説も相まって、食べてもらうことで天寿を全うするパセリは更に減ってしまった。


マッシュポテト、バターコーン、人参などなど、他の野菜たちにどんどん彼らの活躍する場所は奪われている。もはや、洋食の中に活路を見いだすのは難しかった。


「やっぱり流行りのものに入るのが1番いいんじゃないか?」


「例えば?」


パセリが言うと、パセリが尋ねる。


「ミルクティーとか、か?」


「パセリミルクティー……却下。あと、それは少し古いな」


「じゃあ、お前は何かあるのか?」


「ない。寝起きで頭が働かない」


「くそっ。万事休すか」


「いや、あるな。野菜ジュースに混ぜてもらうのはどうだ?」


「それは駄目だ。生きたまま切り刻まれるなんてごめんだ。それに、パセリ入りの野菜ジュース、飲みたいか?」


「いや、飲みたくないな」


「だろ? やっぱり万事休すか」


彼は地団駄を踏んで言った。すると、それをパセリに制止された。


「しっ。人間が来るぞ」


彼が指さした先には、スマートフォンを見ながらこちらへ歩いてくる男がいた。年齢は40代前半ほどだろう。


左手にはカバンを持っている。革靴、ズボンにスーツ、その上には、コートを羽織っている。その服装は、昼どき、彼の店に来ていたサラリーマンたちによく似ていた。


彼はベンチに腰かけた後、スマートフォンをしまい、今度は文庫本を読みはじめた。


「なあ、あの服装サラリーマンだよな」


「だろうな」


「この時間帯に公園にいるってことは……」


パセリが発したその言葉に、読んでいた本をぱたりと閉じて、男は反応した。


「ああ、そうだよ。私は会社をくびになった。妻と子供が居るのになあ。言うわけにもいかずに、もう3か月がたった。最近は、本当はバレてるんじゃないか、と思っている」


桁が違った。2株は敬礼して言った。


「先輩、いや師匠、俺でよければお話、お聞きします」


「じゃあ、俺は肩をもみます。師匠」


「いきなりどうしたんだ、君たち。ああ、もしかして君たちも……」


「俺は今日くびになったよ。ハンバーグパーティーをな」


「俺も1週間前にくびになった。エビフライパーティーを」


「……そうか。今の時代、付け合わせも大変なんだな」


彼らの言葉を聞き、彼は足もとの地面を見つめたまま言った。そこには影が差している。


「そうなんだよ。胃の調子をよくしたり、ビタミンcが豊富だったり、俺らにだって良いところはあるのにな。……そりゃ確かに、風味は本当にちょっとだけ、人を選ぶところがあるかも知れないけど」


「ちょっとだけ……うーん、宝くじぐらいには人を選ぶんじゃないか?」


そう言うサラリーマンの言葉に、パセリたちは衝撃を受けた。


「宝くじ、だと? 俺はせめて大学入試ぐらいだと思ってたんだが」


「それはどうだろう。正直、周りでパセリを食べる人を、私は見たことがない」


目の前が真っ暗になった気がした。葉緑体が抜けていくのを感じた。ふと、同期の方を見ると、彼の体はすっかり黄緑になっている。早く就職先を見つけないと、鮮度が落ちていると思われて、廃棄処分にされてしまう。


「お前、なんてこと言うんだ!」


「あ、いや、その、すまない」


パセリが思わず怒鳴りつけると、彼はとたんにしどろもどろになり、独り言のような謝罪をした。


「おれは、だめな、パセリ。すてられるしか、ないんだ」


熱に浮かされたように、うわごとを言っている同期を背負って、彼は公園から勢いよく飛び出した。


3


「もう、どこでもいい。俺を、俺たちを食べてくれれば、それでいい。『美味しい』って言ってくれなくたって、廃棄されるよりはましだ」


無我夢中になって、全速力で彼が走っていると、突然声をかけられた。


「やあ、パセリ君。どこに行くんだい?」


コンソメスープだった。隣にはミネストローネを連れている。


「はあ、はあ。どこか俺たちを雇ってくれるところにだよ」


「なるほど、なら僕のファミリーレストランに来るといい。そこでなら、君もきっと天寿を全うできるはずさ」


「はあ、はあ、本当か?」


彼は、飛び上がりたくなるほどの喜びを抑え、つとめて冷静に尋ねた。頭の中では、「天寿を全うできる」その言葉が何度も反響している。


「もちろん。僕についてきなよ」


きびすを返して、ファミリーレストランへ向かおうとしたコンソメスープの取っ手を掴んだのは、ミネストローネだった。


「ちょっと! 今日は久しぶりのデートでしょ! 何でこんな死にかけのパセリに情けをかけようとするの? 私とそこのパセリ、どっちが大事なのよ!」


そう言って、彼を責め立てるミネストローネに、コンソメスープは優しげに答える。


「もちろん、君の方が大事だ。でも、僕は困っている食材を見捨てられないんだ。後で埋め合わせはする。今回だけは許してくれないか?」


「……っ。もう、しょうがないわね!」


照れているのか、恥ずかしいのか、それとも、もともとなのか、彼女の顔は真っ赤になっていた。


「じゃあ、行こうか」


コンソメスープはそう言うと、ファミリーレストランの方へ向かって歩き出した。


4


コンソメスープたちの職場は広かった。そして床にはちり1つなく、シンクは新品同様に銀色に輝いている。その上、彼らが見たこともない機械が、ずらりと並んでいた。


ただ、時間帯のせいもあってか、客はあまりいない。そこだけは、彼らの昔の職場にそっくりだった。


彼らは辺りをひとしきり見わたした後、流しの中へ入った。コンソメスープに、「体は 洗っといて」と言われたからだ。同期の調子が悪いのも一過性のものだったようで、既に1株で歩けるほどには回復していた。


「やっぱり体を洗うのは気持ちいいな」


「確かに。さっぱりした。これでやっと食べてもらえるのか……嬉しいな」


蛇口からちょろちょろと水を流し、体を洗った後、彼らはお互いにそう言った。彼は、少しみずみずしくなれた気がした。あとは、コンソメスープが来るのを待つだけだ。


そう思ったとき、絶叫が聞こえた。


「嫌だああああ! 刻まないでえええ! 痛い痛い痛い痛いいい! 付け合わせになれると思ったのにい! 何でスープの刻みパセリなんかに……」


その声はだんだんと小さくなっていき、やがて消えた。彼らの背中に、ぞくりと悪寒が走る。浮かれて、すっかり忘れていた。コンソメスープ、ミネストローネに入っているのは、刻みパセリだということを。


「駄目だ。逃げよう」


彼はすっかり渇ききった口で、それだけ言葉を発し、流しから出ようと、跳んだ。


「よし、いけるぞ! お前も来い!」


パセリは何とか流しのへりを掴んで、まだ流しの中にいる同期へ呼びかけた。しかし、彼の返事は弱気なものだった。


「俺、体に上手く力が入らないんだよ。お前1株だけで逃げろ。俺が刻まれている間に、お前なら逃げ切れるはずだ」


パセリは彼の言葉を聞いた。それは断じて認められなかった。彼は足で流しのへりにぶら下がり、下にいる同期へ向かって精一杯腕を伸ばし叫ぶ。


「馬鹿か! さっき聞いただろ、あの叫び声を! あんなの絶対痛いに決まってる! それに、さっきお前、『刻まれるのは絶対嫌だ』って言ってただろ! ほら早く跳べ! 俺の腕をつかめ!」


「そんなことしたら、お前まで落ちるだろう!」


「落ちねえよ! 早く跳べ!」


「嘘をつくな!」


何だかんだと理由をつけ、一向に跳ぼうとすらしない同期に彼は腹を立てて、怒鳴りつけた。


「何だお前! 会ったばっかのコンソメスープの言葉は信じるくせに、同期の言葉は信じられねえのかよ!」


「……っ。信じるぞ!」


「ああ!」


ついに彼は跳んだ。パセリはしっかりと彼の腕をつかみ、引き上げた。彼は、自分でも何でこんなことができたのか分からなかった。流し場の馬鹿力というものかもしれない。


厨房の中を必死に駆け抜けていくと、さっき彼らが入ってきた社員用の通用口が見えてきた。


「よし! もう少しだ! もう少しでここから逃げられるぞ!」


パセリが同期へ叫ぶのと同時に、彼の表情は固まった。


「脱走! 脱走が出たわよ! パセリ2株! すぐに通用口に来て!」


ミネストローネだった。彼女はそう叫ぶと、即座に近くのボタンを押した。サイレンが鳴りだし、後ろからは大量のスープたちが追ってくるのが見える。


「くそっ!」


パセリたちは全速力で通用口を飛び出した。


5


あれから何分たっただろうか。パセリの体はとうの昔に限界を超えていた。公園を出てからほとんど走りっぱなしである。


「はぁっ、はぁっ。俺はもう限界かもしれねえ。いざというときは、俺がおとりになる。お前は逃げてくれ」


パセリがそう言うと、同期は自らの背中を指し息も絶え絶えに言った。


「……乗れ」


「お前……でも、体に力が入んないんじゃなかったか? それに、すごく苦しそうじゃないか」


「そんなのは大したことはない。余裕だ」


「無理するな。大人しく俺を置いていけ」


「乗れ。無理はしてねえ。同期の言葉だ。信じろ」


彼は一息にそうまくし立てたあと、大きく二酸化炭素を吸い込んだ。


「……悪いな」


パセリが同期に背負われると、同期は今までよりも速く走りだした。


「おい、そんなに速く走って大丈夫か?」


パセリは同期を心配して言ったが、彼は答えない。聞こえてくるのは、彼が必死そうに光合成をする音だけだった。


同期はしばらく走り、建物と建物の間の狭い路地裏に逃げ込んだ。日光は射し込んでこず、昼でも薄暗く不気味な雰囲気だった。更にポイ捨ての温床となっているのか、多くのごみが散らかって、薄汚い。


「ここで、隠れて、やり過ごす」


同期は肩を激しく上下させて言った。苦しげな様子だ。パセリは更に心配になって言った。


「もう少し、日の当たるところに行った方がいいんじゃないか? ここだと上手く光合成出来ないだろ」


「しばらく、したらな。あいつらが、来なかったら、出よう」


「なら、出れないね」


唐突に割り込んできたのは、コンソメスープだった。両手で彼の身長の2倍はあろうかという大バサミを持っている。


「あそこで大人しくしていたら食べてもらえたのに。残念だなあ。こんなに汚いところにいるパセリは廃棄処分だ」


威嚇するようにちょきちょきと音を立てて、ゆっくりと彼らに近づいてくるコンソメスープに、彼らは足がすくんだ。動けない。だんだんと大きくなってくる彼の姿は、パセリたちにとって、絶望そのものだった。


「ここで終わりか」


「結局、廃棄、か」


そう言ってがくりとうなだれた彼らに、救いの手が差しのべられることはなかった。代わりに、ゆっくりと彼らに近づくコンソメスープへと、手は差しのべられる。


彼はサラリーマンに取っ手をつかまれ、ひょいと持ち上げられた。


「だ、誰だお前は!」


コンソメスープはそう叫び、手足をばたばたさせてもがいた。がしゃん、とハサミが落ちる音がした。サラリーマンは彼に言う。


「私か? 私はパセリが苦手な元サラリーマン。略してパセリーマンだ」


「結局、俺らのことは苦手なんだな……」


そして、彼は取っ手を持ったまま彼を逆さまにした。断末魔の叫びをあげながら側溝へ吸い込まれていくコンソメスープを見て、パセリが苦手なサラリーマンこと、パセリーマンは言った。


「さっきはひどいことを言ってすまなかった。おわびに、君たちの新しい就職先を見つけたから、ついてきてくれないか?」


にわかには、信じられなかった。さっき同じことを言われて、ひどい目にあったからだ。


「まさか、みじん切りにされたりは……」


「しないしない」


彼は、首を横に振って言った。


「その代わり、食べられもしない。けれど、天寿は全うできるかもしれないね。悪くはないと思う」


しばらく考えた後、パセリたちは、彼についていくことにした。行くところがなかったからだ。


6


パセリーマンにつままれたまましばらく進むと、見たことのない建物のある場所にたどり着いた。高さは5mほどで、横は30mほどありそうだ。


平屋で上半分は黒い壁、自動ドアがあるところを除いて、下半分はほとんど窓が占めている。


「すげえ日当たり良さそうだな」


「ああ。ここなら心置きなく光合成ができるな」


少し楽しげな様子の彼らをよそに、男は建物の中へ入っていく。


屋内には、土器や、剣などさまざまな遺物が展示されている。


「また来たのか。早く仕事探せよ」


「私が再就職するのと、お前が結婚するの、どっちが早いだろうな」


「うるせー」


彼らを出迎えたのは、40代前半くらいの小太りの男だった。彼は、ここ郷土資料館の案内員をしている。


「今日も今日とて、何しに来たんだよ」


「この子たちの就職先を見つけたからな。ここに置いてくれ」


男が見せたパセリを見て、彼は驚いたような顔をしたが、すぐに答えた。


「パセリか。分かった」


それは、部屋の中心で強い存在感を放っていた。この街を再現したジオラマである。


「いやあ、前から興味あったんだよ。このジオラマのさあ、山のところ。ここの森をパセリにしても意外と馴染むんじゃないか、ってずっと思ってたんだ」


ふたを開け、森の一部をパセリに差し替えつつ彼は言った。少年のような声である。作業はすぐに終わり、無事彼らはジオラマに収まった。差し替える前とは、何ら見分けがつかない。


「うおおおお! いいな、ここ。これで心置きなく光合成ができるぜ!」


「ありがとう。パセリーマン」


「なに、当たり前のことをしたまでだよ」


「お前は早く自分の仕事探せよ」


パセリは今まで、食べてもらうことだけが良いことだと思っていた。でも、こうして枯れるまで、光合成をするのも悪くない、と少しだけ彼は思った。


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