「お前プレート降りろ」洋食屋を追放されたパセリがスローライフをするまで
1
パセリはうなだれて、歩道をとぼとぼと歩いていた。平日の午前中だ。道路も時折車が通りがかる程度で、歩道も閑散としている。
「はあ……」
彼は天を仰いだあと、大きなため息をつき、またうなだれた。彼の心とは裏腹に、空は憎らしいほど晴れわたっている。まさに、小春日和というのにふさわしい空だ。
――「最近は、近所のファミレスに客を取られて、ここの経営状況も厳しいんだ。だから、パセリ。お前プレート降りろ」
パセリを追い出したハンバーグの言葉だった。彼はそれを思い出しては腹を立てている。
「くそっ。何なんだよ、ハンバーグのやつ。自分がメインディッシュだと思って調子乗りやがって……実際、そうなんだけどな。それが腹立つんだよ。この稼ぎ頭が!」
彼はそう呟くと、力任せに足もとにあった石を蹴り飛ばした。石は、近くにあった自動販売機のかげへ転がっていく。すると、誰かに当たったらしい。呻き声が聞こえてきた。
「いってぇな。誰だよ、石を蹴ったやつは」
それはどうやら、寝ていたようだった。緑色の頭をさすりつつ、そこから出てきた何かは、全身が緑色だった。
「……お前、生きてたのか」
「……まあ、何とかな」
パセリは、出てきたパセリの姿を見て言った。その声には喜びと驚きが混ざっていた。
2
近くにある公園のベンチに腰かけ、2株のパセリは、互いに再会を喜んだ。とはいえ、その雰囲気は決して明るいものではなかった。
「……お前も追放されたのか、ハンバーグパーティーを」
そう、先程まで眠っていたパセリが低い声で尋ねると、パセリは答えた。
「まあ、時間の問題だとは思っていた。でも、まさかこんなすぐだとは思わなかったよ。で、お前はエビフライパーティーを追放されてから、どうやって生きてたんだ?」
彼が以前勤務していた洋食屋『シルブプレ』のエビフライからパセリが消えて、既に1週間が経っていた。
追放されたパセリは普通、3日以内に通行人に潰されたり、カラスにつつかれたり、野良猫のおもちゃになったりして、死んでしまうのだ。食べてもらえるなんてことはない。
その上、今は冬である。彼は、この過酷な環境で生き抜いてきた同期を、凄いな、と思った。
「俺は、普通に昼間は光合成して、夜は自動販売機のかげで寝てただけだ。あそこは暖かいからな。結構おすすめだ」
「その知識が役に立ちそうで怖いよ」
「でも、やっぱりこのままじゃ駄目だ。新しい就職先を探さないといけない。そうは思わないか?」
「それは間違いない。でも、どこにそんなのがあるんだ?」
昔から、洋食の付け合わせといえば、パセリ。パセリといえば洋食の付け合わせだった。しかし、彼らの味は人を選んだ。
使い回しという都市伝説も相まって、食べてもらうことで天寿を全うするパセリは更に減ってしまった。
マッシュポテト、バターコーン、人参などなど、他の野菜たちにどんどん彼らの活躍する場所は奪われている。もはや、洋食の中に活路を見いだすのは難しかった。
「やっぱり流行りのものに入るのが1番いいんじゃないか?」
「例えば?」
パセリが言うと、パセリが尋ねる。
「ミルクティーとか、か?」
「パセリミルクティー……却下。あと、それは少し古いな」
「じゃあ、お前は何かあるのか?」
「ない。寝起きで頭が働かない」
「くそっ。万事休すか」
「いや、あるな。野菜ジュースに混ぜてもらうのはどうだ?」
「それは駄目だ。生きたまま切り刻まれるなんてごめんだ。それに、パセリ入りの野菜ジュース、飲みたいか?」
「いや、飲みたくないな」
「だろ? やっぱり万事休すか」
彼は地団駄を踏んで言った。すると、それをパセリに制止された。
「しっ。人間が来るぞ」
彼が指さした先には、スマートフォンを見ながらこちらへ歩いてくる男がいた。年齢は40代前半ほどだろう。
左手にはカバンを持っている。革靴、ズボンにスーツ、その上には、コートを羽織っている。その服装は、昼どき、彼の店に来ていたサラリーマンたちによく似ていた。
彼はベンチに腰かけた後、スマートフォンをしまい、今度は文庫本を読みはじめた。
「なあ、あの服装サラリーマンだよな」
「だろうな」
「この時間帯に公園にいるってことは……」
パセリが発したその言葉に、読んでいた本をぱたりと閉じて、男は反応した。
「ああ、そうだよ。私は会社をくびになった。妻と子供が居るのになあ。言うわけにもいかずに、もう3か月がたった。最近は、本当はバレてるんじゃないか、と思っている」
桁が違った。2株は敬礼して言った。
「先輩、いや師匠、俺でよければお話、お聞きします」
「じゃあ、俺は肩をもみます。師匠」
「いきなりどうしたんだ、君たち。ああ、もしかして君たちも……」
「俺は今日くびになったよ。ハンバーグパーティーをな」
「俺も1週間前にくびになった。エビフライパーティーを」
「……そうか。今の時代、付け合わせも大変なんだな」
彼らの言葉を聞き、彼は足もとの地面を見つめたまま言った。そこには影が差している。
「そうなんだよ。胃の調子をよくしたり、ビタミンcが豊富だったり、俺らにだって良いところはあるのにな。……そりゃ確かに、風味は本当にちょっとだけ、人を選ぶところがあるかも知れないけど」
「ちょっとだけ……うーん、宝くじぐらいには人を選ぶんじゃないか?」
そう言うサラリーマンの言葉に、パセリたちは衝撃を受けた。
「宝くじ、だと? 俺はせめて大学入試ぐらいだと思ってたんだが」
「それはどうだろう。正直、周りでパセリを食べる人を、私は見たことがない」
目の前が真っ暗になった気がした。葉緑体が抜けていくのを感じた。ふと、同期の方を見ると、彼の体はすっかり黄緑になっている。早く就職先を見つけないと、鮮度が落ちていると思われて、廃棄処分にされてしまう。
「お前、なんてこと言うんだ!」
「あ、いや、その、すまない」
パセリが思わず怒鳴りつけると、彼はとたんにしどろもどろになり、独り言のような謝罪をした。
「おれは、だめな、パセリ。すてられるしか、ないんだ」
熱に浮かされたように、うわごとを言っている同期を背負って、彼は公園から勢いよく飛び出した。
3
「もう、どこでもいい。俺を、俺たちを食べてくれれば、それでいい。『美味しい』って言ってくれなくたって、廃棄されるよりはましだ」
無我夢中になって、全速力で彼が走っていると、突然声をかけられた。
「やあ、パセリ君。どこに行くんだい?」
コンソメスープだった。隣にはミネストローネを連れている。
「はあ、はあ。どこか俺たちを雇ってくれるところにだよ」
「なるほど、なら僕のファミリーレストランに来るといい。そこでなら、君もきっと天寿を全うできるはずさ」
「はあ、はあ、本当か?」
彼は、飛び上がりたくなるほどの喜びを抑え、つとめて冷静に尋ねた。頭の中では、「天寿を全うできる」その言葉が何度も反響している。
「もちろん。僕についてきなよ」
きびすを返して、ファミリーレストランへ向かおうとしたコンソメスープの取っ手を掴んだのは、ミネストローネだった。
「ちょっと! 今日は久しぶりのデートでしょ! 何でこんな死にかけのパセリに情けをかけようとするの? 私とそこのパセリ、どっちが大事なのよ!」
そう言って、彼を責め立てるミネストローネに、コンソメスープは優しげに答える。
「もちろん、君の方が大事だ。でも、僕は困っている食材を見捨てられないんだ。後で埋め合わせはする。今回だけは許してくれないか?」
「……っ。もう、しょうがないわね!」
照れているのか、恥ずかしいのか、それとも、もともとなのか、彼女の顔は真っ赤になっていた。
「じゃあ、行こうか」
コンソメスープはそう言うと、ファミリーレストランの方へ向かって歩き出した。
4
コンソメスープたちの職場は広かった。そして床にはちり1つなく、シンクは新品同様に銀色に輝いている。その上、彼らが見たこともない機械が、ずらりと並んでいた。
ただ、時間帯のせいもあってか、客はあまりいない。そこだけは、彼らの昔の職場にそっくりだった。
彼らは辺りをひとしきり見わたした後、流しの中へ入った。コンソメスープに、「体は 洗っといて」と言われたからだ。同期の調子が悪いのも一過性のものだったようで、既に1株で歩けるほどには回復していた。
「やっぱり体を洗うのは気持ちいいな」
「確かに。さっぱりした。これでやっと食べてもらえるのか……嬉しいな」
蛇口からちょろちょろと水を流し、体を洗った後、彼らはお互いにそう言った。彼は、少しみずみずしくなれた気がした。あとは、コンソメスープが来るのを待つだけだ。
そう思ったとき、絶叫が聞こえた。
「嫌だああああ! 刻まないでえええ! 痛い痛い痛い痛いいい! 付け合わせになれると思ったのにい! 何でスープの刻みパセリなんかに……」
その声はだんだんと小さくなっていき、やがて消えた。彼らの背中に、ぞくりと悪寒が走る。浮かれて、すっかり忘れていた。コンソメスープ、ミネストローネに入っているのは、刻みパセリだということを。
「駄目だ。逃げよう」
彼はすっかり渇ききった口で、それだけ言葉を発し、流しから出ようと、跳んだ。
「よし、いけるぞ! お前も来い!」
パセリは何とか流しのへりを掴んで、まだ流しの中にいる同期へ呼びかけた。しかし、彼の返事は弱気なものだった。
「俺、体に上手く力が入らないんだよ。お前1株だけで逃げろ。俺が刻まれている間に、お前なら逃げ切れるはずだ」
パセリは彼の言葉を聞いた。それは断じて認められなかった。彼は足で流しのへりにぶら下がり、下にいる同期へ向かって精一杯腕を伸ばし叫ぶ。
「馬鹿か! さっき聞いただろ、あの叫び声を! あんなの絶対痛いに決まってる! それに、さっきお前、『刻まれるのは絶対嫌だ』って言ってただろ! ほら早く跳べ! 俺の腕をつかめ!」
「そんなことしたら、お前まで落ちるだろう!」
「落ちねえよ! 早く跳べ!」
「嘘をつくな!」
何だかんだと理由をつけ、一向に跳ぼうとすらしない同期に彼は腹を立てて、怒鳴りつけた。
「何だお前! 会ったばっかのコンソメスープの言葉は信じるくせに、同期の言葉は信じられねえのかよ!」
「……っ。信じるぞ!」
「ああ!」
ついに彼は跳んだ。パセリはしっかりと彼の腕をつかみ、引き上げた。彼は、自分でも何でこんなことができたのか分からなかった。流し場の馬鹿力というものかもしれない。
厨房の中を必死に駆け抜けていくと、さっき彼らが入ってきた社員用の通用口が見えてきた。
「よし! もう少しだ! もう少しでここから逃げられるぞ!」
パセリが同期へ叫ぶのと同時に、彼の表情は固まった。
「脱走! 脱走が出たわよ! パセリ2株! すぐに通用口に来て!」
ミネストローネだった。彼女はそう叫ぶと、即座に近くのボタンを押した。サイレンが鳴りだし、後ろからは大量のスープたちが追ってくるのが見える。
「くそっ!」
パセリたちは全速力で通用口を飛び出した。
5
あれから何分たっただろうか。パセリの体はとうの昔に限界を超えていた。公園を出てからほとんど走りっぱなしである。
「はぁっ、はぁっ。俺はもう限界かもしれねえ。いざというときは、俺がおとりになる。お前は逃げてくれ」
パセリがそう言うと、同期は自らの背中を指し息も絶え絶えに言った。
「……乗れ」
「お前……でも、体に力が入んないんじゃなかったか? それに、すごく苦しそうじゃないか」
「そんなのは大したことはない。余裕だ」
「無理するな。大人しく俺を置いていけ」
「乗れ。無理はしてねえ。同期の言葉だ。信じろ」
彼は一息にそうまくし立てたあと、大きく二酸化炭素を吸い込んだ。
「……悪いな」
パセリが同期に背負われると、同期は今までよりも速く走りだした。
「おい、そんなに速く走って大丈夫か?」
パセリは同期を心配して言ったが、彼は答えない。聞こえてくるのは、彼が必死そうに光合成をする音だけだった。
同期はしばらく走り、建物と建物の間の狭い路地裏に逃げ込んだ。日光は射し込んでこず、昼でも薄暗く不気味な雰囲気だった。更にポイ捨ての温床となっているのか、多くのごみが散らかって、薄汚い。
「ここで、隠れて、やり過ごす」
同期は肩を激しく上下させて言った。苦しげな様子だ。パセリは更に心配になって言った。
「もう少し、日の当たるところに行った方がいいんじゃないか? ここだと上手く光合成出来ないだろ」
「しばらく、したらな。あいつらが、来なかったら、出よう」
「なら、出れないね」
唐突に割り込んできたのは、コンソメスープだった。両手で彼の身長の2倍はあろうかという大バサミを持っている。
「あそこで大人しくしていたら食べてもらえたのに。残念だなあ。こんなに汚いところにいるパセリは廃棄処分だ」
威嚇するようにちょきちょきと音を立てて、ゆっくりと彼らに近づいてくるコンソメスープに、彼らは足がすくんだ。動けない。だんだんと大きくなってくる彼の姿は、パセリたちにとって、絶望そのものだった。
「ここで終わりか」
「結局、廃棄、か」
そう言ってがくりとうなだれた彼らに、救いの手が差しのべられることはなかった。代わりに、ゆっくりと彼らに近づくコンソメスープへと、手は差しのべられる。
彼はサラリーマンに取っ手をつかまれ、ひょいと持ち上げられた。
「だ、誰だお前は!」
コンソメスープはそう叫び、手足をばたばたさせてもがいた。がしゃん、とハサミが落ちる音がした。サラリーマンは彼に言う。
「私か? 私はパセリが苦手な元サラリーマン。略してパセリーマンだ」
「結局、俺らのことは苦手なんだな……」
そして、彼は取っ手を持ったまま彼を逆さまにした。断末魔の叫びをあげながら側溝へ吸い込まれていくコンソメスープを見て、パセリが苦手なサラリーマンこと、パセリーマンは言った。
「さっきはひどいことを言ってすまなかった。おわびに、君たちの新しい就職先を見つけたから、ついてきてくれないか?」
にわかには、信じられなかった。さっき同じことを言われて、ひどい目にあったからだ。
「まさか、みじん切りにされたりは……」
「しないしない」
彼は、首を横に振って言った。
「その代わり、食べられもしない。けれど、天寿は全うできるかもしれないね。悪くはないと思う」
しばらく考えた後、パセリたちは、彼についていくことにした。行くところがなかったからだ。
6
パセリーマンにつままれたまましばらく進むと、見たことのない建物のある場所にたどり着いた。高さは5mほどで、横は30mほどありそうだ。
平屋で上半分は黒い壁、自動ドアがあるところを除いて、下半分はほとんど窓が占めている。
「すげえ日当たり良さそうだな」
「ああ。ここなら心置きなく光合成ができるな」
少し楽しげな様子の彼らをよそに、男は建物の中へ入っていく。
屋内には、土器や、剣などさまざまな遺物が展示されている。
「また来たのか。早く仕事探せよ」
「私が再就職するのと、お前が結婚するの、どっちが早いだろうな」
「うるせー」
彼らを出迎えたのは、40代前半くらいの小太りの男だった。彼は、ここ郷土資料館の案内員をしている。
「今日も今日とて、何しに来たんだよ」
「この子たちの就職先を見つけたからな。ここに置いてくれ」
男が見せたパセリを見て、彼は驚いたような顔をしたが、すぐに答えた。
「パセリか。分かった」
それは、部屋の中心で強い存在感を放っていた。この街を再現したジオラマである。
「いやあ、前から興味あったんだよ。このジオラマのさあ、山のところ。ここの森をパセリにしても意外と馴染むんじゃないか、ってずっと思ってたんだ」
ふたを開け、森の一部をパセリに差し替えつつ彼は言った。少年のような声である。作業はすぐに終わり、無事彼らはジオラマに収まった。差し替える前とは、何ら見分けがつかない。
「うおおおお! いいな、ここ。これで心置きなく光合成ができるぜ!」
「ありがとう。パセリーマン」
「なに、当たり前のことをしたまでだよ」
「お前は早く自分の仕事探せよ」
パセリは今まで、食べてもらうことだけが良いことだと思っていた。でも、こうして枯れるまで、光合成をするのも悪くない、と少しだけ彼は思った。




