03.醒める
ん?黄金色は誰なのかだと?
それを今言ったら面白くないだろう?
捕まってしまった。
覆い被さるようにして目の前に現れた人影は近い距離の筈なのに何故か顔がハッキリと見えない。その事実も相まって掴まれた右手のひやりとした感覚なんて忘れてしまいそうになる程に、目の前の黄金色が恐ろしい。それなのにここから逃げ出さないといけないと思いつつも、何故か目が離せないのだ。
恐怖で荒い呼吸を吐く俺に目の前の黄金色は好機と捉えたのか、ふいにやつの口がにやりと歪んでポッカリと開いた。
「██く起きろ。██はお前████じゃない」
果たしてこれは目の前の黄金色のものなのか、声変わり前の少し低めな少年の声が俺の脳内に響く。それは何処かノイズが掛かったようでハッキリとは聞こえないが、早く起きろと言われたような気がした。つまりこの夢から覚めろと言う事なのか。
俺だって早く起きたくて仕方ない。だがそう思ったところで起きれないんだ。
理不尽な夢に思わず黄金色を睨むと、それは俺を見て少し唸ってから首を横に振ると手のひらを俺に向けてきた。どこか青白い手が俺の顔に触れて、手の冷たい感触に息を飲む。
まさか俺を取って食うつもりなんだろうか?
冷たい感触を脳内から振り払うように力強く瞼をギュッと閉じれば、それの姿は映らなくなった。だがその代わりに風が頬を撫でるような感覚がして擽ったい。
おかしい。今まではこの夢の中で風の感覚なんて全く無かったのに。
何かが起こりそうな予感に固唾を飲めば、意地でも目を開けてやるものかとより一層力強く瞼を瞑った。怖いものは見たくない。
しかしそんな俺の頬に何か当たり、甘い匂いが鼻腔を擽る。まるでお菓子のような匂いだ。だが甘いのは匂いだけでは無かった。
「大丈夫だよおにーさん。怖いモノはもう無いからね」
耳に囁かれる甘い声。どこか先程の...どこかで聞いた事がある声にも聞こえたが、聞き間違えだろうか。
甘い声に誘われるように恐る恐る目を開ければ、そこには先程までの公園の景色があった。心做しか空が明るくなっている気がする。
そうか、俺は寝ていたのか。
ふと手首に何か感覚がしてそちらを見れば、誰かが俺の手首を優しく掴んでいた。するすると手から肩、首、顔と視線を上げていくと、そこには黄色い目に黒髪のベリーショートが特徴的な女の子が横に立っているのだった。
見た事の無い子だ。こんな子、近所に居ただろうか。
女の子は俺の視線を感じたのか俺の手首を思い出したように離すと、にっこりと口角を上げて笑う。
「おにーさん、大丈夫?随分うなされていた様だけど」
「あぁ、うん。大丈夫...」
俺の顔を覗き込むようにしゃがみこんで見つめてくる女の子は、俺の言葉を聞くと安心したのか目を細めた。かと思えば、今度は眉をひそめて目を釣り上げる。随分と表情豊かな子だ。
「大丈夫だったとしても、こんな所で寝るのは良くないよ?」
「いや、これには訳があって」
「訳ぇ?なに、家出でもしてるの?」
少し怒気を含んだ声にドキリとする。
正解だ。なんで分かったのだろうと思ったが、それもそうか。今の俺は変に寝ていたせいで髪の毛はボサボサだし、持っている持ち物はリュック1つだし、何よりまだ高校生の俺がこんな夜中の公園に1人でいる事も怪しい。
確かにこれではすぐにバレても仕方ないかとため息を吐く。
だがこの子もこんな夜中の公園になんで居るんだろう。チラリと見れば俺よりも少し歳下っぽく見える女の子こそ軽装で、肩から小さなショルダーバッグを1つ下げているだけだ。男である俺ならまだしも、こんな女の子が1人で出歩くなんて危な過ぎる。
「君こそ、なんでこんな所にいるんだ?」
「僕?僕はね、遊びに行った帰りなんだ。で、歩いてたら公園でうなされてるおにーさんを見つけてね。起こさない方が良かった?」
「そんな事は無いけど...」
問題ある?と首を傾げる女の子に首を横に振って否定する。起こしてくれた事には怒っていない。寧ろ怖い夢だったから有難いと考えて、果たしてどんな夢だったかと固まる。
困った、まるで覚えていない。公園のベンチで寝ていた見知らぬ人を起こそうと思う程に唸っていたという事は相当怖い夢だったんだろうと想像はつくが、その夢の内容を全く覚えていないのだ。
どんな夢だったかと唸ってみるが、さっぱり思い出せない。
そんな俺の様子に何か勘違いしたのか、女の子は俺へ手を差し出してどこか嬉しそうに笑う。
「おにーさん、さてはお家に帰れないんでしょ?」
嬉しそうで何故か自信ありげに胸を張る女の子。余裕がなくてよく見ていなかったが、かなり顔の整った子だ。読者モデルでもやっているのだろうか。
「お家に帰れないならさ、僕のお家においでよ。住み込みで働かせてあげる!」
差し出された手はそう言う事か。
まだ家出1日目であったが、かなり魅力的な提案だ。リュックの中に入っている食料や手持ち金は出来るだけ持ってきたつもりだが、どう考えても長くは持たない。そうなると女の子の提案のようにいつかはどの道働かないといけなくなるだろう。
本当に住み込みで働かせて貰えるなら寝る場所も確保出来る分有難いこの上ない。
だが初めて会った女の子の事を信用していいんだろうか。それにどう見えも彼女は歳下で中学生くらいだ。子供が連れてきた素性も知らない高校生の事を雇ってくれるなんて有り得るのか。
色々と考え始めればキリがない。
そんな俺に痺れを切らしたのか女の子は俺の手を握って、自分の方へ引っ張る。
「寝る場所も必要なんでしょ?それにご飯やお金もさ。それなら話を聞きに来るだけでも良いし」
確かに。
話を聞いて働けないと思えば断ればいいか。
楽観的に考えた俺はこくりと女の子に頷いてベンチから腰をあげる。
「確かに。話を聞くだけなら、いいかも...」
「ね!そうでしょ?そうなれば決まりだね!」
女の子は何が嬉しいのか満面の笑みで握った俺の手を振り公園の出入口へと小走りで俺を誘った。その嬉しそうな笑顔が眩しくて目を細めながら、了承して良かったなと思う。
女の子のその笑みを見てニヤける顔を何とか平常に戻そうと眉間を指で揉みながらリュックを肩に掛けて女の子に続いていく。すると彼女はどうしたのか、ふとこちらを振り向いて口を開いた。
「そう言えば名乗ってなかったね。僕の名前はみのるだよ。早賀みのる!おにーさんの名前は?」
「鈴木...光太郎」
「すーくんだね、よろしくっ!」
人懐こいのか中々に馴れ馴れしい女の子は鈴木のすを取って俺をすーくんと呼ぶ事にしたようだ。初めて言われた呼び方に、彼女は中々にいい性格をしていると呆れ半分でへらりと笑う。
どうかこのままうまくいきますように。
そう祈りながら、俺は彼女の後に続いて歩いた。
2人が出会った事が全ての始まりなのだ。