01.夢の中で
これは誰にでも有り得る話だ。
そう、誰にでも。つまりはお前にも...。
何だか最近変な夢を見る。
その夢の中で俺は夢だと確かに理解している筈なのに、何故かそこから動けれないのだ。そう、まさに今のように。
まるで地面のコンクリートと融合してしまったかのようにビクともしない自分の足を見ながら、鈴木幸太郎こと俺は駅のベンチに腰掛けていた。勿論駅は駅でも夢の中のだが。
その駅は田舎の無人駅のような静けさで、見る限りでは俺の他に人影は見えない。かなり寂れているようだ。そんな事だから何となくする事も無くて周りを見渡してみるも、結果は既に分かりきっている。何せこの夢を見てきて今まで何かが起こった試しが無いのだ。
案の定これといったものも無くて退屈な俺は、退屈しのぎにいつも目の前にあるそれを見てみた。
それは駅によくある駅名標だ。だが夢の中だけあって日本語とは全く違い、よく分からない文字が並んでいるという一風変わった代物だが。
“/a//b A&d g&2c/b”
これを解読しようと毎回唸っている間に夢が終わるので、これを解かないとこの夢は永遠と続くんじゃないかと最近思い始めているくらいにはこれと睨めっこしている。
早く終わってくれないかなぁ。最初はなんかこうテンション上がったけど、今はさっぱりだし...
なんて事を思いながらよく分からない文字から目を逸らした時だ。ふと反対側のホームの椅子に座る1つの人影が見えた。こちら側のホームには電気が付いているのに対し向こうのホームには電気が付いていないようで、果たしてどんな人なのかはぼんやりと見えるシルエットでしか判断出来ない。だが、見た感じ小柄そうではあった。
「ぅえ!?ま、マジ!?人いるじゃんか!!あ、あのぉ!!すいませんッ!」
影が掛かっていて顔はよく見えないが、その人影に先程までのテンションの下がり具合が嘘のように勢いよく立ち上がると、そちらに向かって声を張り上げる。よく見えるようにと手を相手に大きく振ってみるが、気が付いてくれるだろうか。
もし気が付いて貰えなくてどこかへ行ってしまったらどうしようと、そんな俺の気持ちを汲み取ってくれたのかなんなのか、人影は俺に気が付くと手を振り返してくれてこちらへ近寄ってくる。
一歩、また一歩をこちらへ近寄る人影に、俺は声を掛けたはいいものの何だか妙な恐怖を抱いていた。それはこちらの明かりにより段々と鮮明に見えてきたその人影の肩口辺りに腕が何本も覗いて見えるからだろうか。それとも、人影の目が不気味に黄色く光っているからだろうか。
恐怖で足が竦む俺は、それを見て苦し紛れに声にならない声でとにかく叫んだ。
いや、正確には叫ぼうとした。しかし叫ぼうと口を開いた俺は頭からの衝撃に目の前が真っ暗になって倒れてしまった。
「い"ッッた!!!?」
倒れたからなのか頭に響く鈍痛にズキズキと痛む頭を抱えて周りを見ると、そこは帰りの電車の中だった。
あぁ、確か学校が終わってそれの帰りだったっけ。一瞬夢と現実の境目が曖昧になってどうして電車に乗ってるんだろうかと思ったが、段々頭がハッキリしてきた。
頭を席の鉄柱にでも勢い良くぶつけたのか、それとも寝言でも言っていたのか、隣に座ったサラリーマンから白い目で見られているのを横目に感じる。
いやいや、弁解させて欲しい。こちとら漸く部活が終わって疲れているんだ、電車の中で寝てしまうのは仕方ない。それによって頭を打ってしまうのも仕方ない。
白い目から逃れるように明後日の方へ顔を向ければ、そう言えばどんな夢を見ていたんだったかと思考する。確か何だか怖い夢を見た気がするのに、具体的な内容を思い出せれない。夢を見た後によくある事だが、何だか今回は思い出さないといけない気がするのだ。でないと怖いことが起こりそうな...。
うんうんと目を瞑って唸っていると、ふと隣に誰かが立っている気がしてそちらを見た。誰だろう。
視線を上に移せば、そこには見知らぬ男がいた。それは茶髪を下ろして眼鏡をかけた男だったが、スーツに黒の大きなスポーツバッグを持っており何ともミスマッチ感が拭えない。
俺はこちらを横目に見るその男へ何となく会釈をすると、男もぎこちなく会釈を返す。とても気まずい空気が流れた気がした。
助けを求めるように電車内の掲示板を見ればまだ最寄りの駅から一駅前の駅ではあるが、これ以上この気まずい空間に居るよりかは多少歩いた方がマシだろう。俺は次に止まる駅に降りるべく、席を立ったのだった。
「君は少し気をつけるべきだ。でないと戻れなくなる」
「...え?」
なんだろう。なんでそんな忠告を見ず知らずの人からされないといけないのだろう。
俺は不思議に思って真横に立つ男を見上げれば男の右目は黄金色に輝いており、それはカラーコンタクトでは再現できないであろう美しさだった。
厨二病というやつなのか。それともコスプレの最中なのか。どちらにせよ少し変わった人だ。
だが男は忠告をして満足をしたのか、俺の前を通るとそのまま別の車両へと姿を消してしまった。
一体あれはなんだったのか。
俺は不思議に思いながらも顔を顰めつつ駅を降りた。
駅を降りた俺に待ち構えていたのは憂鬱感だ。家に帰るまでの足がとてつもなく重い。だからだろうか。無意味にコンビニへ寄って菓子を買ってみたり、そのまま公園のベンチに座って買ったものを食べてみたり。
いつかは帰らないといけないというのは分かっているのに、そう思えば思うほど気分が乗らないのだ。
そんな、公園のベンチにどんよりと背を丸めて座り、伏せていた顔にふと明かりがかかる。どうやら街灯に明かりが灯ったようで、確かに空を見上げれば先程まで赤かった空がいつの間にか真っ暗になっていた。
もうそんな時間になっていたのか。流石にこんな時間になってしまえば帰らないといけない。むしろいつもと比べたら遅いくらいだ。
怒られるだろうか...いや、あの人達の事だ。きっと興味もないのだろう。
そう思うと益々憂鬱感が強くなったが、とにかくと俺は家へと足を進める為にベンチから立ち上がった。
彼が出会ったのはナニカだった。
人ではない、何者か。
怖かっただろうなぁ。