リュー、町に行く
「リュー、ちょっと………」
旅支度をしてボロ屋を出たところで声をかけられた。
顔を向けると、民家の陰から小さな手がのぞいて招いている。仕方なく俺は民家の裏手に向かった。
「マヤさん。俺、急いでるんだけど、なに?」
ため息をつきながら尋ねると、すらりとした肢体を濃緑の服に包んだ仁王立ちの少女が睨んできた。大村の農家の娘、マヤだ。
農村の娘らしく日焼けとそばかすが気になるものの、手足は長く、目鼻立ちも悪くない。
「何じゃないわよ!本当に大丈夫なんでしょうね?あれ、わたしの半年分のおやつと引き換えにもらった白米なのよ!?絶対に約束を守ってよね!」
「大丈夫。俺『信用・信頼にお応えする!』がモットーだから。大船に乗ったつもりで待っててよ」
「な、何よモットーって………と、とにかく!次の祭りに絶対絶対、必要なの!」
次の祭りとは、歳迎えの祭りのことである。
半月後にあり、マヤはその日に15歳、この国の成人になる。
成人した者は歳迎えの祭りの後、後夜祭に参加するのだが、前世の成人式とは違い集団見合いのようなものである。将来がかかっているので皆真剣だ。
後夜祭には、成人を過ぎた未婚者なら誰でも参加できるため、今年良い相手が見つからなくても来年も参加できる。とはいえ成人を迎えてすぐが一番見初められやすいのも事実。特に今年は富農の息子が成人を迎えるとあって、村の女達はギラギラしていた。
「わかってるって。マヤさんに合う物を手に入れてくるから、任せてよ!」
俺は白米をもらう代わりに、祭りでマヤが目立てる装身具を手に入れる約束をしていた。
俺が自信満々で胸を叩くと、マヤはやっと納得したように腰にあてていた手を下した。
「今から行くの?」
「うん。四日後の昼には村に戻ってこれると思うから、う~んと、」
「四日後の夕方に、教会の裏で待ってるわ」
「わかった!じゃーな!」
俺はまた何か言われないうちに急いで手を振って、駆けだした。
人目に付きたくないマヤが追いかけてくることはないはずだが、他の村人に見つかるのも面倒だ。さっさと村を出るに限る。
市の日は小村からの出入りも多いので、古びた門をくぐる俺に注目する者はいなかった。
俺は門を出て小村へ向かう田舎道を歩く振りをして、門が見えなくなったところで辺りをみまわした。
よし。誰もみていないな。
田舎道を逸れて山道に足を踏み入れる。
既に何度か町に行った事があるので、山を歩くのには慣れているが、大事な商品を持っているので足元には注意して歩く。
万が一の事を考えて、手に入れた商品は割れないよう藁で包んで、その上から手ぬぐいを二重にして体にくくりつけている。
さて、山を越えて、町に行かなくちゃ。
山向こうの町までは大人の足で一昼夜、子どもの足なら2日ほどで着く。
山中は獣や魔獣が出ることがあって危険なので、通常ならば子どもが一人で歩いて行くことなどありえない。大人でもそこそこ腕に自信がある者か、狩人や冒険者を付けて行くのが普通だ。
でも、キャラバンが通った後は比較的安全なんだよな。
キャラバンは、小村には止まらず、大きな村や町で市を開く。
そのため農村を結ぶ田舎道ではなく、町から村に向かう山道を通ってやってくる。
山道といっても大所帯のキャラバンが通る道だ。馬車が通れる道である。
そして危険な山道を安全に移動できるよう、キャラバンは専属の護衛や冒険者などを沢山雇っている。
冒険者達は前衛グループが先に獣や魔獣を退治して道の安全を確保し、後衛グループがはぐれた者や積み荷の落としがないか確認、ついでに見つけた獣・魔獣を退治する。そしてキャラバン本体には対人戦に特化した専属護衛が常に貼り付いている。
このように守られて移動できることが、放浪の民や名ばかりの放浪の民がキャラバンと一緒に移動している理由のひとつでもある。
村としては狩人では対応しきれなくなる前に、危険な獣や魔獣を間引いてくれることは大助かりだ。つまりキャラバンが定期的に来る事は、農村に必需品だけでなく、安全ももたらしているのである。
そして冒険者達にとっても、移動・宿泊・食事にかかる経費を全てもってくれ、ついでに魔獣が狩れて、直ぐに素材を買い取ってくれる為持ち運びの負担もなく、故に無制限に魔獣が狩れるキャラバンの護衛は効率がよい。
キャラバンは、冒険者を雇うことで魔獣の素材が手に入り、空になった積み荷の代わりに積んで帰れる。
しかも冒険者が、道の安全を確保するために山道の障害を取り除いてくれるために、領主からの受けがよくなり、なにかと融通してもらいやすくなる。
領主は自分の懐を痛めることなく、山道が整備できる。
まったく、皆に利がある、うまくできたシステムだと思う。
というわけで、俺もこのシステムに便乗して、すっかり安全性の上がった山道を町に向かって歩くというわけだ。
俺は特に足が速くはないが、丈夫・頑健である。
なので、とにかく、ひたすら歩く。
夜は効率が悪いけれど、時間が経つほどに安全性が薄れることを考えると、やっぱり歩くしかない。
貧乏に慣れているので1日くらい食べなくても平気である。
そうして歩いて、歩いて、歩いて。次の日の昼過ぎには町に着いた。
俺は町の門の前で、うう~んと大きく伸びをする。
町に入るには、村と違って通行証か身分証明になるものが必要だ。
あと、お金もいる。
もちろん俺にはどれもない。
そういう場合は…。
「おい。お前……」
「こんにちは、門番さま。神の導きのもと、戻って参りました」
門番のひとりに声をかけられた俺は、教会でしつけられた子どものように片手で美しい印を結ぶと、にっこりと微笑んだ。
門番は俺の仕草と服装のアンバランスさに目を瞬いたが、合点がいったようにポンと手を打った。
「ああ。教会の子どもか。今日はおつかいか?」
この町の教会には孤児院のような物があり、そこの子ども達は『教会の子ども』と呼ばれている。
寄進を集める『おつかい』は子ども達の役割のひとつで、稀に町の外にも出る。その時は教会の子だとわからないような服装を纏うことになっているのを俺は知っていた。
ちなみに教会の子だという事を隠す理由だが、ズバリ誘拐防止である。
教会の子というのは、八割がた貴族の血を引いており、相応の教養を身に付けているため、高値で売れるのだそうだ。
「はい。神への祝福を持って帰りました」
体に結んだ手拭いに視線を落とすと、門番は屈むようにして手拭いに触れた。
割れたら困るから、できたら止めて欲しいなぁ。
「中には何が入ってるんだ?」
「さぁ………わたしはただの遣いですので…」
心持ち身を引きながら微笑むと、門番は顎髭を撫でながら頷いた。
「そりゃそうだな。よし、気を付けて戻れよ」
「はい。ありがとうございます」
こうして、俺は教会の子どものフリをして、あっさりと門の中に入ったのだった。