六人兄弟の長男
龍も突き抜けるほどの晴天。
雲ひとつない青空の下で、色とりどりの旗がはためいている。
今日は月に一度、大村に市が立つ日だ。
この辺りは農村ばかりで、大村をはじめまわりにある小村にも店がない。そのため村人達は、早朝から集まって売り買いに忙しかった。なにせ今日を逃すと、山一つ越えた町まで買い物に行かなければならないのだ。
人気があるのは塩等の香辛料を扱う店と、獣の皮の買い取り店。
市を興しているキャラバンは、村々をまわって長く旅をして王都に戻る。
そのため自分たちが食べる新鮮な野菜や肉もある程度買ってくれるが、やっぱり金になるのは皮や魔石だ。
けれども俺の目的はキャラバンではなく、それに便乗している放浪の民のバザーの方だった。
「おじちゃん、その靴いくら?」
目についた歪な靴の値段を尋ねると、ボロボロの外套をまとった男が面倒くさそうに瞼を開けた。
「あー、1万ワンスかなぁ」
「ふうん。ねぇ、その隣の茶碗と一緒に、この弁当と交換しない?」
俺が葉っぱで包んだ握り飯を見せると、男は急に身を乗り出した。
「金は持ってないのか?」
「うん。必要なものは父ちゃんや母ちゃんが買うから。でも、せっかく大村まで出てきたんだから俺もなんか買いたくってさ」
無邪気な笑顔を向けると、男はチラチラと握り飯を見て、ゴクリと喉を動かした。
なにしろ農村の子どもが持っているには贅沢な真っ白な握り飯だ。持っている俺も鼻がひくつきそうになるのを我慢する。
男は農村の中でも裕福な家の子どもだと思ったのだろう、獲物を見つけたような笑顔を浮かべた。
「茶碗だけなら、交換してやってもええぞ。ちいと欠けとるが、綺麗な絵がのぞいとるだろ」
茶碗はところどころ欠けていて底にヒビが入っているので、茶は飲めそうにない。柄も取れている。
「市の土産に買うなら、十分じゃろう?」
「う~ん…でも…なら、隣の皿もくれる?」
茶碗の隣にある受け皿を指さす。同柄の模様がところどころ見えるが、こちらもヒビがはいっている。
男は一瞬あっけにとられたような表情を浮かべて壊れた皿を見、俺の顔に視線を戻すと頭の足りない者を見るようにやさしく笑った。
「ええよ、ええよ。大盤振る舞いじゃ」
勿体ぶった言葉と裏腹に、急いで弁当を奪うと俺の手に茶碗と皿を押し付けてくる。
「ありがと。おじちゃん」
俺は茶碗と皿を抱えて、笑顔で礼を言った。
しかし男はもう俺など見もしないで、飯を食らっている。
間抜けな子どもを騙して、体よくガラクタを飯に変えられたと思っているのだろう。せいぜい300ワンスのボロ靴を1万ワンスなどという輩である。
まぁ、だからこそ、俺も良心の呵責を感じないですむのだが。
俺は戦利品を手に、放浪の民のバザーに背を向けた。
キャラバンの店ほどではないが、辺りには占い目当ての村人がちらほらとバザーを覗いている。
放浪の民は、いわゆるジプシーのような存在だ。
家を持たず、歌や踊りや占いをして村々をまわる。
そして、キャラバンや放浪の民のおこぼれをいただきながら拾ったものや捨てられているものを売りさばく「名ばかりの放浪の民」もいる。
俺の市での目当ては、もっぱら「名ばかりの放浪の民」だった。
彼らは腹を空かせているし、詐欺をする気満々なので、騙されたフリをすればこっちの思い通りに商品を渡してくれる。
「今日はいいものが手に入ったな」
-----鳳凰の茶碗セット 30万ワンス----
俺の目にはこのガラクタの本当の価値が見えていた。
俺はいわゆる鑑定眼持ちなのだ。
この世界では『鑑定』スキルは、賢者さまや修行をした僧侶さまだけが取得できる特別なものらしい。だから市井に持っているものはほぼおらず、隠れたお宝を見つけて町の古物商に売るというのは、かなり需要の高い、儲かる仕事なのだ。
まずは、もっと値が上がるようにしなくちゃな。
俺は茶碗を落とさないよう気を付けながら、村の端っこに建てられたボロ家に向かった。
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----------母ちゃんが死んでから、父ちゃんは酒を飲むようになりました。
よくある話だが、自分の身に起こると大変だ。
俺の下には妹と弟が5人いる。
貧乏子沢山という奴だ。
そして父ちゃんは酒が切れると、とりあえず仕事を---------しない。
酒が切れるとふらりとどこかへ行ってしまう。そして帰ってくる時には酒を持っている。家では酒を飲んでいるだけで、子供の世話もしなければ、家事もしない。
まぁ暴力を振るったり、酒を買うための金を作れとか、酒を買って来いとかいうことがないだけましだろう。
俺たちが食事をしていても、話をしていても、我関せずなだけだ。
今では父ちゃんの事は、会話のできないシェアメイトぐらいにしか思わなくなった。
一緒に住んでいる他人だ。
お互い迷惑をかけなければ問題ない。
悲しいとか、そういう感情は忘れるようにしている。
俺には守ってやるべき弟たちがいる。それが大事だ。
歩くうちに全然耕されていない乾いた畑が見えてくる。
うちの畑だ。
母ちゃんが死んだ時、父ちゃんは葬式をするために前の家と畑を売って、この日当たりが悪くて栄養のない畑付きのボロ家を買った。それが、父ちゃんの家族のためにした最後のことだ。
畑を通り越すと、村と森の境界線ギリギリのところに建っている、村中で一番ぼろっちい俺の家に着く。
危険指数は色々な意味で高い。
が、いいところもある。この家は前の家よりボロだが、広い。
土間のある台所と中くらいの部屋が2つ、小さめの部屋が1つあり、納屋と倉庫と厩舎を兼ねたような小屋が付いている。
俺は、小さめの部屋を1つもらって使っていた。
中くらいの部屋の1つは弟妹が共同で使っていて、もう1つの部屋にはたいてい父ちゃんが寝転がっている。
俺は自分の部屋に入ると、茶碗と皿に手を翳してもう1つのスキルを発動した。
--------タイム●●敷-------
みるみる茶碗と皿が復元していく。汚れも欠けもヒビも綺麗になくなって、新品のようになった。ただし新品になったわけじゃなく、修復されただけだ。俺は『タイム●●敷』などと呼んでいるが、実際には時が戻ったわけではなく、『復元』したのだろう。
まぁ、新品になったら、古物として売れないから、復元の方が助かる。
さて、俺がこんなに様々な力があるのには訳がある。
ただの貧乏村人ではない。
俺は転生者なのだ。
よくある話では何かをきっかけに前世を思い出すというが、俺にはそんな切っ掛けはない。
生まれた時から、俺は転生してきたのだと知っていた。
そして、何かチートな能力がないかと探っていた結果、自分に鑑定と復元の能力があることに気が付いたというわけだ。
もっと派手な能力の方がよかった--------というか金持ちの家に生まれたかったが、ないものを強請っても仕方ない。能力があるだけありがたいと思おう。おかげで、アレな父ちゃんでも兄弟満足に食べていける。
俺の力じゃまだまだ畑も耕せないしな…。
俺は、じっと小さな手の平を見つめた。現在、6歳。下に4歳の双子(男)、3歳の妹、2歳の妹、1歳の弟---------6人兄弟の長男。
俺の肩に兄弟の今日の日のご飯がかかっているのだ。