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狩猟旅行

大藪春彦、西村寿行氏の影響を受けて書いてみました。

男は春なのに未だに融けない氷河の道を歩いた。


後ろには少し離れてロバが一頭ついて来た。


口のあたりに縄が結ばれて背中には寝袋、水筒、食糧などの約一週間分の荷物が積まれていた。


ロバの口に結ばれた縄を黒のフィンガー・グローブを填めた左手で握りながら男はロバの右側に吊るしたライフル・ケースの中に仕舞われた愛銃、レミントン・モデル8を見た。


35口径と散弾銃の中では小さい口径のモデル8は今から100年前、西部時代に生み出されたセミオート・ライフルだ。


二つに分解できるため持ち運びも便利でレバー・アクション式のようにデリケートな造りでもないため十分に役立つ。


主に小型から中型の害獣駆除、ハンティング用のライフルでグリズリーやカリブーなどの大型獣を獲るためのライフルではない。


しかし、男はこのライフルが好きだった。


生まれて初めて獲物を仕留めたライフルである事が影響かも知れない。


最初に仕留めたのはアメリカのアラスカでコヨーテだ。


別名を歌う犬などと言われ狼が衰退して代わりに出てきた。


彼の恩師とアラスカに行った時に初めての狩りに緊張しながら引き金を引いた。


弾は腹に当たり暫くの間、もがき苦しんでコヨーテは死んだ。


その様子を見て一発で仕留めようと決めたのだ。


それからは一発で相手を仕留める事を信条にしてきた。


誓いを立ててから三年。


彼は今、北欧のスカンディナヴィア山脈を一人で歩いている。


彼の名前は草神彰久。


ヨーロッパに支部を置く国際的軍事組織ウェポン・ジャッカルの武器商人だ。


このウェポン・ジャッカルは武器の売買の他に傭兵や警備員の派遣など主に軍事関係で幅広い仕事を手掛けている。


彰久は武器商人であり優秀な狩人である。


元は平凡な営業マンであった彼が世界を股に掛ける武器商人になったかは別の話で説明させてもらう。


ウェポン・ジャッカルの武器商人となり世界中を周って武器を売買してきた彼だが、今は長期休暇を取り北欧を旅していた。


飛行機や車などを使わずに自分の足だけを頼りに狩猟などをして旅をしている。


彼が装備しているのは巨大なグリズリーの毛皮で作った上着と茶色のジーパンにアナグマの皮で作られたクロケット帽を被っていた。


腰のベルトにはスペインの老舗ナイフメーカーであるアイトール社が作ったサバイバルナイフ、

ジャングルキングが吊るされていた。


格闘戦に有利なボウイ・タイプの長さにセレーション(ノコ刃)に中空の柄の中には医薬品、防水マッチ、釣り糸などのサバイバルで必要最低限の物が入っている。


右手には長さ60〜70cmていどのピッケルを杖代わりにしていて、現代猟師と見比べても異様な姿だった。


彼は数か月を老マタギと共に日本の南アルプスや白神山地を歩き回り猟師さながらの生活をした。


現代のハイテク猟師と違い先祖伝来の装束に身を包み野山を駆け巡る老ハンターと一緒に野山を駆け巡った彼は常人よりも身体能力が大幅に強化された。


スウェーデン、ノルウェー、フィンランドの領土を走るスカンディナヴィア山脈は険しく氷河の道であるため余程の熟練した登山者でも簡単には歩けない。


何人もの登山者、ハンターが命を落としてきた。


しかし、彼は鍛えられた足腰で氷河の道を物ともせずに黙々と歩いていた。


縄で引かれながら歩くロバは旅の為に手に入れた。


ロバは気紛れ屋と呼ばれるが、実際は知能が高く感情を持った生き物で飼い主が愛情を掛ければ応える立派な動物だ。


並みの動物よりも逞しく悪環境でも生きられるため馬ではなくロバを選んだ。


「もう少し歩いたら休憩を取るから頑張れ」


彰久がロバに話し掛けるとロバは解ったように低く鳴いた。


今回の旅は狩猟だ。


獲物はカリブー、ヘラジカ、グリズリーなどだが、もっと低山帯地へ行けばイノシシなどを狩る事も出来る。


『どんな獲物が獲れるかな?』


期待で満ち溢れていたが、そう簡単に獲物が見つかる訳もないと片隅で考えていた。


猟に出て必ず獲物を仕留められると言える自信がない。


自信の他にも“運”がなければ駄目だ。


狩猟にはハンター自身の腕も掛っているが、獲物と出会える“運”も必要だ。


老ハンターと一緒に野山を駆け巡り獲物に一ヶ月も会えなかった時もある彰久は期待を抱きながら万が一の事も考えていた。


暫く歩き休憩し易い場所を作ると彼はロバに話しかけた。


「ここで少し休むぞ」


ロバは低く鳴いて腰を下ろした。


彰久もピッケルを氷河に突き立て腰を下ろした。


凍っていたが、背筋が凍るほどではなかった。


毛皮の上から着ていたアメリカ製のコットン・カーキのハンター・ジャケットの胸ポケットから煙草を取り出した。


銘柄はLARK クラシックだ。


防水が施されたマッチを取り出してLARKに火を点けるとLARKが入った胸ポケットと反対側のポケットに火を消したマッチを入れた。


ふぅー、と煙を吐いて周りの景色を堪能した。


広々とした平野、白く染まった山々、青い宝石のように光輝く湖。


全てが新鮮で美しかった。


日本などは貴重な森林などを破壊している。


そして山を汚している。


富士山が良い例だ。


登山者が残したゴミのせいで世界遺産登録が出来ないでいる。


彰久は最低限のマナーも守れない奴が山を登るなと思っている。


老ハンターから教えられた言葉を思い出す。


『自然には神様が宿っている。わしら人間は、自然の施しがあるから生きていける。その事を忘れれば罰が当たる』


最もだと彼は思った。


彼も老ハンターの言葉を忘れずに自然に敬意を表して狩りをする。


五分ほど休んでから彰久は腰を上げた。


尻は少し冷たかったが慣れれば大した事はない。


「さぁ、行くぞ」


ロバは低く鳴いて腰を上げた。


再び氷河の道を歩き続ける彰久とロバ。


一人と一匹以外の足跡はなく姿なども見受けられない。


暫く平道を歩いていたが、ゴツゴツした石などが集まって出来た岩の山道が広がった。


「少しキツイが我慢しろよ」


ロバに覚悟するように言うと彰久はピッケルを杖に一歩すすんだ。


岩の山道は彰久とロバを拒む如く少しずつ道を険しくさせていった。


しかし、彰久は怯む事もなく猛然と進んだ。


なるべく柔らかな道を選んで進んだ。


山は人を拒むのではなく試しているのだ。


険しい道ばかりのように見せて、ちゃんと優しい道を隠しながら用意しているし空腹に困れば野苺や山菜などを出してくれる。


山は海と同じく何時でも人を歓迎してくれる。


彰久は老ハンターと野山を駆け巡って、それを理解したのだ。


二時間ほど掛けて登り終えた彰久はロバの身体に結んでいた荷物の中からテントを取り出した。


今日は日も沈む頃だから野宿だ。


手際よくテントを張り続いて夕飯の準備に取り掛かった。


携帯用のバーナーに火を点けて上にミネラルウォーターを入れたステンレス製のヤカンを置いた。


座る場所は折り畳み式の椅子だ。


ヤカンが沸騰するまでは胸ポケットに仕舞っていたカルブーの干し肉を取り出してジャングルキングで適当に切ってから齧った。


ロバはテントの近くで凍ってない草をムシャムシャと食べていた。


少し経ってからヤカンが沸騰したのでアルミ製のカップに湯を注いだ。


カップの中には前に入れておいたインスタント・コーヒーが入っていたからコーヒーの香りがした。


香りを楽しんでからコーヒーを一口のんだ。


かなり熱かったが、夜が近づくになるに連れて更に寒くなったから次第に適度な熱さに変わった。


「明日は、獲物に会えるかな?」


誰に言うまでも単なる独り言。


彰久は空を見上げた。


星空が一面に広がって美しく大自然の壮大さを物語っていた。


とてもじゃないが、日本では見る事が出来ない。


「・・・・綺麗だな」


ポツリと感嘆の声を上げて彰久は残り少ないコーヒーを飲み終えて胸ポケットからLARKクラシックを取り出した。


バーナーの火でLARKに点けて紫煙を吐いた。


この大自然の前に居ると人間なんて小さな存在でしかないな、と思わずにはいられない。


それほど目の前に広がる星空、山々は壮大なスケールを誇っている。


キャメルを肺に入れ終えてから焚火を作ってからテントの中に入り寝袋に入り眠りについた。


山歩きで疲れたのか直ぐに眠った。


翌日は朝日が上る前に寒さで目を覚ました。


服は着ていたままだから、そのまま外に出た。


焚火は消えており近くでロバが草を食べていた。


「おはよう」


ロバに話し掛けると草を食べるのを止めて顔を上げて低く鳴き再び草を食べる作業に戻った。


外に出て寒さを肌で感じて直ぐに眠気は吹き飛んだ。


焚火を再び燃やしてからテントに戻りベルトにジャングルキングとS&W M28ハイウェイ・パトロールマンを装着した。


通常のハンターはライフルなどを使えない緊急事態の為にマグナム弾を発射する拳銃を携帯する。


この銃は357マグナムを撃てる警察などを客に売ろうとしたが重すぎるため余り普及しなかった。


テントを解体してロバの荷台に結びつけ二つに折ってあったレミントン・モデル8を組み立てた。


焚火で身体を温めてから出発した。


もちろん火を消してからだ。


ロバの口に結んだ縄を左手で持ちながら右手にモデル8を握った彰久は黙々と山道を歩き続けた。


起きた時に一瞬だけ臭った獣の臭い。


カリブーの臭いだった。


しかも、かなり大きな牡の臭い。


『まだ遠くには行っていない筈だ』


風下を歩いて臭いを嗅がれないように気を付けながら足跡か糞が無いかを調べながら進んだ。


二時間ほど歩いていると臭いの主と思われるカリブ−がいた。


カリブーは草を食べていて彰久に気付いていない。


大きさは平均より少し大きめの230cmで頭に生えた角が何とも逞しく見えた。


あんな角で刺されたら一瞬で死んでしまう。


距離は大凡で20から30メートルで彰久の立っている地点の方が僅かにカリブーを見下ろせる。


「・・・・・・・」


彰久は右手に持っていたレミントン・モデル8に両手で持ち照準をカリブーの頭に定めた。


大型のカリブーを小口径の35ゲージのライフルで仕留めるには確実に急所である頭を狙うしかない。


「・・・・・・・・・」


緊張しながら引き金に人差し指を掛けた。


グッ


最後に少し力を加えた。


ダァンッ


小さいライフル音が山中に響いた。


草を食べていたカリブーは、ゆっくりと巨体を地面に斜めかせて倒れた。


「・・・・ふぅ」


一発で仕留めた事で緊張していた糸が切れて彰久は息を漏らした。


ロバも主人が狩猟をすると解っていたのか黙っていたが主人の様子を見て小さく鳴いた。


倒れたカリブーに近づいた。


カリブーの左側に小さな穴が開いていた。


彰久の撃った弾痕だ。


恐らく貫通せずに中で脳みそをグチャグチャにした筈だ。


「・・・・・・」


彰久は無言で意味も分からず死んだカリブーに対して合掌した。


合掌を終えてから解体に取り掛かった。


急いでしないと血の匂いを嗅ぎつけてグリズリーや狼などが来てしまうし他の動物たちも遠くへ逃げてしまうからだ。


彰久はロバの荷台から解体道具を取り出した。


レミントンの代表作、R1306フォールディングナイフで首の付け根から一気に底まで皮を剥いだ。


皮は服にもなるし飾りにもなるから丁寧にやった。


人間よりも大きく重いカリブーの皮を剥ぐのに一人では大変だが、何とか全ての皮を剥ぎ終えた。


それだけで三十分は取られた。


次に肉の解体だ。


4本の足を切り内臓を取り出して分けて袋に入れた。


それだけでかなりの重量となりロバ一匹には荷が重すぎる。


「要らない部分だけ置いていくか」


仕方ないと諦めて臭いが強烈な肝臓や心臓に食べたばかりの物が入っている胃を残した。


それだけでも重量が減りロバ一匹で何とか事足りる。


「さぁ、山を降りるか」


もっと旅はしたいが先ずは麓に降りて仕留めたカリブーの肉を売るか仲間のハンターたちと食べ合う事を旅に出る前に決めていたから帰る事にした。。


ロバの轡に結んだ縄を持って来た道を帰ろうとした時に銃声が聞こえた。


ライフル音ではあるが、散弾銃やボルトアクション式ではないアサルトライフルの連続射撃音だ。


「ここで待ってろ」


カリーブ仕留めた場所にロバを留めて銃声の方向に走った。


狼の遠吠えなども聞こえないから大丈夫だろうが、急いで戻らなくては・・・・・・・・


頭の片隅で思いながらアサルトライフルを狩猟に使う馬鹿者はどんな奴か見てみたい気持ちが大半を占めた。


暫く走ると笑い声が聞こえてきた。


彰久は近くの岩陰に隠れて静かに見た。


巨大なグリズリー2匹が折り重なるようにして倒れていた。


その身体にはアサルトライフルで撃たれた銃痕が鮮明に残っていた。


「けっ。餓鬼を素直に渡せば殺さずに済んだのに」


中年の黒いハンター・コートを着た男が死んだグリズリーに唾を吐いた。


「しかし、参ったな。餓鬼も一緒に蜂の巣になったからどやされるぞ」


一緒に居た茶色のハンター帽を被った男が愚痴を零した。


二人の手にはベルギーのFN社が開発した軍用アサルトライフルFN FALが握られていた。


本来、狩猟では使う事のないアサルトライフルを使って更に狩猟動物リストから外れている子供のグリズリーを殺そうとした事を考えると彰久は一つの答えに辿り着いた。


『・・・・・密猟者か』


ギリッと唇を噛む彰久。


1975年に締結されたワシントン条約(日本は1,980年に締結国となった)で無闇に動物を乱獲するのを厳しく取り締まる運動が起ったが、密猟者は後を絶たない。


海の生物、ジャングルの生物、更に山の生物など目先の利益を最優先して乱獲する密猟者を取り締まっているが一筋ならでは行かない。


彼らのクライアントは金持ちの客が多く準備なども万端なため逮捕しようとした時には既に国外に逃亡などされている例が多い。


恐らく彼らは何処かの金持ちに依頼されて子供のグリズリーを密猟するように言われて来たのだろう。


しかし、思わぬ母親の抵抗に遭い親子共々殺した。


『・・・・許せない』


ギリギリと歯を血が出るほど噛む彰久。


彼らは狩猟を愚弄している。


狩猟は獣と人の決闘だ、と彼は考えている。


それを圧倒的な力に物を言わせて狩るのを彰久は怒りを感じた。


「・・・・殺してやる」


怒りを抑えながら彰久は冷静に状況を把握した。


アサルトライフルを持った相手が二人で周りは誰も居ない。


恐らく二人だけだろうと踏んだ。


彼はレミントン・モデル8を握り照準を密猟者の脳天に定めた。


緊張も躊躇いもなく軽く引き金を2回ひいた。


ダッン、ダッン


2発の銃声が山に響いた。


彰久がライフルの照準から目を離して立ち上がった。


視線の先には脳天を撃たれて血を流し倒れる密猟者の遺体が二つだけ。


死体に近づき衣服などを模索して何か情報がないかを調べた。


胸ポケットの中から一切れの紙が出てきた。


クライアントの住所だ。


「・・・・・・・・」


彰久は紙を自分の胸ポケットに入れると密猟者に唾を吐き蜂の巣にされながら子供に覆い被さるようにして亡くなったグリズリーに合掌をして立ち去った。


ロバの所まで帰ると彰久の姿を見て低く鳴いた。


彰久は少し笑ってロバの縄を持って山を降り始めた。


二日ほど掛けて山を降りた彰久は解体した肉などを肉屋などに預けてから彼は胸ポケットに仕舞っておいた紙の住所を警察に匿名で教えた。


後日、アメリカの成金が密猟をしたとして警察に逮捕されたのを彰久はフィンランドの別荘で新聞を見て知った。


「・・・これで仇討ちは出来たか?」


誰に言うまでもなく独り言を漏らすと彼は自分で淹れたブルーマウンテンのコーヒーを飲んだ。


彼は人間の欲望のために哀れな犠牲者となったグリズリーの親子の冥福を祈りつつ人間など滅んでしまえと思った。


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