TSお嬢様は婚約破棄に便乗する
知り合いにTS好きがいて、男だけど婚約破棄、悪役令嬢ものが好きなので書いてみました。
その日は、とある国の王立学園の卒業式が行われ、夜にはパーティが催されていた。
国の中でも貴族や優秀なものが集められた王立学園。
翌日には学生という身分がなくなり、ある者は生まれた家の一員として今まで以上に厳しい目で見られ、ある者は学んだ知識を糧に家を支えなければならない。
そんな彼らを応援する先を行く者たちからの餞別ともいえるパーティである。
本来であれば何の問題もなく豪華な食事と別れを惜しむ友人たちとの会話の場であるはずだった。
パーティ会場の一角には女子生徒たちが集まっていた。
「リリウス様、今までお世話になりました」
「リリウス様にお会いできたことが一番の収穫でございました」
たくさんの女子生徒にその様な言葉をかけられているのは同じ女子生徒のリリウス・マナンである。
彼女はこの国の公爵家、マナン家の長女である。
彼女の隣では卒業生ではないがエスコート役として2歳年下の婚約者である、アドナル・オアル侯爵子息がいる。
どちらも貴族の中では高位の存在である。
よほど親交がない限り貴族の家の者はこの二人との関わりを持とうとするのは必然だった。
ただし未婚の女性に男性が声をかけるのはよほどのことがない限り不貞を疑われることがあるため、リリウスに挨拶をするのは女子生徒だけである。
40人を超える挨拶だというのにリリウスの顔から微笑みが消えることはなく、またその微笑みも作り笑いではなく心の底からのとわかるほど声色であるため、なおさら多くの者が挨拶に来た。
(ああ~~眼福!眼福!)
ただし当の本人はそんな彼らの思いとは明後日の方向を向いていること思っているが。
(明日からお風呂で堂々と見られないからな見納め、見納め。しかも体型より過少申告で制服を作ってあるから胸元が強調されるんだよね)
女日照りの続く中年男性のようなことを考えながら完璧な微笑みでリリウスは挨拶に来る女子生徒と会話をする。
視線は相手の顔ではあるが視界の端に映る胸元を可能な限り鮮明に記憶に刻み込む。
断わっておくがリリウスは完全に女性であり、彼女自身の胸も豊満である。
というかきちんと測ったわけではないがおそらく学園でも上から数えた方が早いほどの胸の大きさの持ち主である。
だというのになぜかリリウスはひたすら女子生徒の胸の事しか考えていない。
なぜなら彼女は前世の記憶の持ち主で、しかもそれは男性としてのだからだ。
いわゆる性転換というやつである。
前世を思い出したのは赤子の頃なのでいまさら自身が女性であることに否はないが、だからといって男性として心理、感性が消えたわけではない。
むしろそれを前提にほかの女子生徒と交流を持ち、共同浴場などでは胸ではなく全身を見ていた。
しかし学園を卒業してしまえば、そうもいかなくなる。
故にこれを最後だからとリリウスは満面の笑みで彼らの挨拶を受けていた。
70人を超えてから数えることをやめた挨拶も終わり、それに合わせてアドナルが持ってきてくれた料理を二人はつまんでいた。
「リリウス、卒業おめでとう」
「ありがとう、アドナル」
婚約してから4年が過ぎた二人はいまさら細かい言葉はいらない。
あとはアドナルが自分のように卒業してくれれば晴れて夫婦である。
そんなことをぼんやり考えていた時、声が響いた。
「ケネミア・ベネス、貴様との婚約は破棄する!」
会場に響いた声の主はこの国の第二王子である。
彼のとなりには美しいというよりかわいらしいという言葉に合う少女が立っておりさらにその周りを3人の男性、それぞれ宰相、騎士団長、侯爵家の息子、が守るように立っている。
ケネミアと呼ばれた人物はそんな彼らの正面に立つ女性である。
彼女は第二王子の婚約者である。
成績は優秀、生家はベネス公爵、品行方正の体現者。
王家からぜひ第二王子の婚約者にと頼まれて5年前に婚約した。
しかし当の王子本人は勉強ができても愚かだった。
まわりの3人も家柄や勉学はできてもどこか他人とずれた思考の持ち主だった。
そんな彼らをほかの生徒たちは倦厭した。
どんなに血筋がよかろうと、成績がよかろうと、なにをしでかすかわからない者たちに近づいて巻き込まれるのは自分だけでなく家族にも迷惑がかかるからだ。
そんな彼らを嫌わなかった例外が今年入学したばかりの平民の少女だった。
彼らの欠点を、言葉を言い換えてほめちぎり、1ヶ月後には取り巻きとかした。
当初はケネミアもその少女に未婚の女性が婚約者のいる男性に近づくべきではないと忠告したが、取り巻きが怒り狂い大騒ぎをするので、すぐさま見限った。
その後も問題を起こし続け、その集大成が先ほどの宣言である。
曰く少女を虐めた、曰く有もしない罵詈雑言を言った、曰く階段から突き落とした。
そんな王子の大声をリリウスはため息を吐きながら聞いた。
「アドナル、ついてきてくれるかしら?」
「うん、いいよ」
一も二もなく返すアドナルをちらりと見て、リリウスはケネミアの前に立った。
「リリウス様……」
「ケネミア様、あとは私にお任せを」
リリウスは有無を言わせぬ表情をケネミアに向け、視線を王子の方へ向けた。
「なんだ貴様は?俺は……」
「殿下、ここは学園です。個人の事情でほかの方を不愉快にされるのであれば場所を改めた方がよろしいですよ」
「ッ!俺は王子だぞ!貴様こそ分をわきまえろ!」
「お断りします。ここは学園です。ならば学生という身分であればみな平等ですが?」
「ケネミアが権力を盾に彼女を孤立させたぞ!」
「具体的には?何をもってケネミア様の御実家のお力がそこの女子生徒に降り注いだとおっしゃるのですか?」
「自分の取り巻きを使って彼女を孤立させたぞ!」
「取り巻きですか?では仮にその人物たちは具体的に何をなさったのですか?」
「彼女は茶会の場に呼ばれなくなってしまった!」
「当然でしょう。呼んでもいないのに勝手に来るのですから。ましてやその場で男性を口どいたのです。私の目の前で」
ジロリとリリウスは少女を睨んだ。
(まったく、アドナルを紹介する場で勝手に来て、隣に座って、飲み食いして、何様だよ)
「貴様もケネミアの取り巻きか!」
「そう思いたければどうぞご勝手に。すくなくとも私が知る限りそこの彼女がその様な状況になったのは自業自得です」
「平民だからと差別をしていいのか!」
「平民だからではなく人間として分別が付いていないからです」
「貴様!」
声を上げたのは王子ではなく騎士団長の息子である。
そのままリリウスの方に歩を進める。
筋肉で制服を膨らませた男がリリウスに手を伸ばすが、
「えい」
そんな拍子抜けする声とともにあっさりその場でうつぶせに倒れた。
リリウスの後ろにいたアドナルが前に出て、声とは裏腹に思いっきり向う脛を蹴ったからである。
「ぎゃあああ!!!!!!!!!!????????」
絨毯に顔を突っ込んだ男は悲鳴を上げた。
向う脛を蹴られたからではない。
その後に股間の前部を先ほどのようにアドナルに蹴られたからである。
何度も容赦なく遠慮もなく泡を吹き、気絶をするほど股座を蹴られた。
「貴様!俺の友をよくも!」
「あら、私を襲おうとしたから婚約者であるアドナルが守ってくれただけですが」
「なぜそうなる!貴様が彼女の暴言を吐いたからだろ!ならば牢に放り込まれても文句は言えん!」
「私は事実に基づいたことをお伝えしただけですし、その程度の事で捕らえる法などお聞きしたこともございません。それに彼は騎士団長の御子息であって騎士団に入団しているわけでもありません。ならば彼が私を捕らえることの正当性は存在しません。故に先ほどの彼は強姦魔と同じです」
「言わせておけば貴様!」
正論であおりつつ、そろそろ王子の額に浮かんだ青筋が破裂するのではないかとリリウスが思い始めたころようやく待ちわびた声が響いた。
「まったくもって耳が痛いな、騎士団長」
人垣を分けて歩いて来たのは騎士団長を伴った国王、すなわち第二王子の父親である。
「陛下。我が愚息の非、いかなる処罰も応える所存でございます」
額から冷や汗と脂汗をたらしながらも鋭い眼光でいまだにうつぶせに倒れている息子を睨む騎士団長はそう国王に答えた。
「よい、息子に対する責任という意味では私の方が上だからな」
ため息とともに国王は本当に血が繋がっているのか疑うまなざしで第二王子を睨んだ。
「父上!なぜここに!」
「貴様が愚かな真似をしていると聞いたからだ!」
息子の叫びよりさらに大きな声で国王は返した。
「衛兵!この者どもを連れていけ!」
後ろにしたがえていた兵士たちによって少女も含めて王子たちは連行されていく。
「父上!なぜ私たちがこんな目に合わねばならないのです!」
第二王子の言葉に国王は何も答えなかった。
いま口を開けば罵詈雑言しか出ないからであった。
「ケネミア嬢、此度は…」
「陛下、そのようなお言葉は決して…」
「確かにな。後日ベネス公爵とともに席を設ける故その時に…」
言葉だけではあるが国王が衆目の場で、公爵家の生まれとはいえ学生の女子に謝罪をするということは王の権威に傷がつく。
ケネミアは国王の雰囲気から続く言葉を察して先手を打ったのだ。
そんな存在をみすみす手放さなければならないことに国王は心の中でため息をついた。
「陛下、少しよろしいでしょうか?」
騒ぎも収まり始めたが、いまだに国王がいるということで緊張の空気が漂う中、リリウスは発言の許可を求めた。
「リリウス・マナン嬢か。よいだろう。何用か?」
「騎士団長様にお伝えしなければならないことがお一つ。ケネミア様にかかわることで確認したことがお一つ」
公式の場ではないが国王に女子が発言をする。
貴族社会では白い目で見られるが、ここは学園。
しかもリリウスは強引ではあるが第二王子に対応してもらったこともあり国王は許可した。
「騎士団長様、今回のご子息の件は非常に残念なことになってしまい、お悔やみ申し上げます」
「リリウス様。いえよろしいのです。あれももう子供ではありません。一人の男児として責任を…」
「騎士団長様、私はお家のお世継ぎのことをお話しているのです」
「え…?」
「私、普段からアドナルとはお話しておりますの。将来、領民や領土を守るならば相手に躊躇するなと。私たち自身が騎士団や護衛の兵と肩を並べることも自ら武器を持つこともないとは言い切れません。ですが、普段から剣など振らぬ身です。やるのであれば効率的に。それに強姦などの加害者は更生しないものが半数を占めております。であれば新たな被害者を出さないためにも潰してしまうのが最良なのだと」
「リリウス様、あなたは淑女になられるのですからそのようなことは…」
「人によっては明日から入籍される方もおられますし、お家のために来年には母とならねばならない方々もこの場におられます。いまさら幼子のような扱いは結構ですわ、騎士団長様」
「そうでしたか…先ほどは失礼しました」
「さてお話を戻します。騎士団長様の跡継ぎはあの方だけだとお聞きしています。であれば家を継ぐ者が新たに必要でございましょう」
「……たしかにそうです」
騎士とは職業であって、公的な身分とは別である。
貴族と違いその子供に騎士を継がなければならない義務もたしかにない。
しかし現騎士団長は平民の身分であり、言葉通り血のにじむ思いで騎士団長にまで上り詰めた男である。
国王に対してはその忠誠を実力を持って証明しただけに高位の貴族からも家柄を考慮しなくていい分穏やかな関係を結んでいる家も多少はある。
息子である先ほどの男子学生も実力だけでいえば下級の騎士より上でもあった。
それだけに国王を含めて彼の家に跡継ぎと呼べる者がいなくなってしまうのは惜しいと感じるものいるだろうし、彼を疎んじる者たちからはここぞとばかりに攻め立てられるだろう。
リリウスはそれを危惧したのだ。
「これからどのようなことが起こるかはわかりませんが、奥様とよくご相談ください」
(この人も平民との顔つなぎでいてもらわないとな~。親父も母さんに隠れて酒飲みに行けなくなったら)
現マナン家当主は母に隠れて月に1.2回の頻度で騎士団長を通して平民の格好をして城下の酒場に出向くのをリリウスは知っていた。
貴族の腹の探り合いばかりの生活はいかに頭では理解できても耐えられず、息抜きがほしいのだ。
「いやリリウス嬢よ。それは杞憂というものだ」
そんな二人に待ったをかけたのが国王であった。
「陛下…」
「騎士団長よ、先ほどいかなる処罰にも応えると口にしたな」
「はい」
「おぬし個人への罰は2年以内に子供を設けることだ。できなければ解任とする」
「……かしこまりました」
(騎士団長の奥さんって5歳年下だけど40超えてるから…親父に精力剤融通するようねだっておくか)
どこかほっとした空気が流れたもののリリウスの話はまだ終わりではない。
「陛下、ケネミア様のことですが」
「うむ、何を聞きたいのだ?」
「少なくとも、近日中に登城される公的なお約束はありませんか?」
「ないな。何をしたいのだね」
「ケネミア様さえ良ければ、オアル侯爵領でご静養にされてはどうかと思いまして」
マナン公爵家にはすでに跡継ぎの兄がおり、リリウスはオアル侯爵家に嫁ぐのである。
オアル侯爵家の本家がある領地は王都からやや遠く自然豊かであるが、これといって何もない領地ともいえる。
そのため口さがない貴族などは領地が広いだけの名ばかり等と話すものも多い。
だが、逆に言えば王都のことなど気にすることもなく静かに過ごせるということでもある。
「それに関しては私からは口出しできぬな。個人的にはそうしてもらえるとうれしいのだが」
王家との婚約に関する取り決めなど当人同士がいたところで結局のところ国王と相手当主との話だけですむ。
そもそも今回の婚約は王家からのもので現ベネス公爵はあまりいい顔をしなかったし、娘を大事にしていることでも有名なので王都にいさせたくもないであろうことは想像できた。
「リリウス様よろしいのですか?」
「ケネミア様、ご遠慮なさらず。あなたのように花嫁修業が終わっておりませんから、ぜひご指導いただきたいのです。それに在学中はあまりお話ができませんでした。私、あなたのことは尊敬していただけにお話もできずにこれっきりでは残念ですわ」
リリウスは今でこそ口調も振る舞いも素晴らしいが、幼いころは男性としての感性が残っているだけに淑女教育にだいぶ苦労した。
それが領主の妻になるのであればまた苦労することは目に見えている。
「それでは家の者と相談してお邪魔させていただきます」
「ええ、良いお返事を期待しております」
(よっしゃー!学生中トップシークレットのケネミア様の裸体!絶対一緒に風呂に入ってやる!)
あいかわらず心の中はおっさん思考だが、それを一切表に出さずリリウスは完璧な声色で返答をし、それをもって騒ぎは終息した。