8・東京の街に出てきました。
「将来」への不安は少しずつ、確実に俺に近づいていた。
なりたいモノ、好きなモノ、安定、夢、憧れ、そして無能と劣等感。
抱えるモノが多すぎて押しつぶされそうだった。
そんな重圧の中で俺はとにかく東京に行きたいと思うようになった。
俺のことを誰も知らない世界で、新しい自分になりたい。大学に入ったらその世界で今度こそバンドを始めたいと思っていた。
東京に行けば自分は変われるんだ、新しい自分になれるんだ。そう強く思った。
俺は高校3年生の9月から猛勉強を始め、どうにか東京の私立大に合格することができた。
勉強したいことなんて何も考えていない。とにかく東京の大学を受験して、どうにか受かった大学に進学することを決めた。
両親を説得し、一人暮らしをする許可を得て、東京へ。
始めての一人暮らし。俺のことを知っている人間はいない。
初心者用のギターセットを買って、始めてピアスを開けて、始めて髪を染めて…
ここから俺は始まるんだ。
〜〜〜
4月、入学式後、新入生勧誘の時期。
俺は結局何も変われていなかった。
バンドサークルに入りたいと思っていたが、自分から話しかけることができなかった。そのためサークル棟の前をウロウロしては話しかけられるのを待って、喫煙所でタバコを吸って、またウロウロして話しかけられるのを待って。
完全に不審者だった。
そんなことを2日間、授業の後や合間に続けていた。
3日目の昼休み、喫煙所でタバコを吸っていると「君、入りたいサークルは決まった?」と声をかけられた。
長い髪を後ろで縛った、ヒゲを生やして楽器を背負った「いかにも」な男。
「よくここでタバコ吸ってるのを見るからさ、なんとなく気になって。よかったらうちのサークル見ていかない?」
「あっ、はい。えっと…バンドサークルの方ですか?」
「そう。軽音楽サークルの幹事だよ。バンドに興味ある?」
「あります…!すごく!」
運良くサークルの関係者に声をかけられた。未成年の一年生がタバコを吸っていることは特に気にならないようだった。
幹事の【赤根 ユウタ】さんに連れられてサークル部屋に入る。部屋にはアンプやスピーカーが置いてあり、ギターやベースを弾く人がいたため軽音楽サークルの部室であることがすぐにわかった。
部屋には別の先輩に連れられてきたであろう一年生が先にサークルの説明を聞いていた。
派手な金髪で毛先に青を入れて、さらに濃いメイク、黒を基調にしたパンクファッション。パッと見でピアスを7個は開けている。
派手な見た目のギャル。
俺はその見た目から高校のクラスの上流階級のギャル達を思い出して怖くなった。
俺はこいつとは絶対に仲良くなれない。そう思った。
ユウタさんが他の部員との挨拶を済ませて俺に向き合う。
「まぁ、うちのサークルはゆるいし、掃き溜めみたいな場所だから。楽にしていいよ。」
ユウタさんがソファーに腰掛けて言った。
「ライブは定期的にこの部室でやってるよ。まずは来週新歓ライブがあるからその雰囲気で入るかどうか決めてね。」
「はい。でもバンドサークルに入りたいんで、ほぼ決まりです。」
「そっか、まぁそういう流れだからいちおうね。あとは新歓ライブの後に説明するから今は特にないかな。そうだ、好きなバンドとかミュージシャンとかはいる?」
「えー、と。…ストフルとか好きです。」
俺は最初から嘘を吐こうと決めていた。
俺の好きなモノは誰にも理解されないだろう、とわかっていた。だからメジャーなアーティストの名前を挙げてまずは印象を良くしようと思っていた。
そのためにストフルの曲は少しだけ聴くようにしていた。やっぱり好きにはなれないけれど、聴くのが苦痛なほどではなかったため、にわかファンくらいに擬態できる程度にはなったと思う。
「へー、ストフル好きなんだね。まぁ今流行ってるもんね。曲とかかっこいいし、入りたいって言ってる一年生の中にも何人か好きって言ってる人いるよ。」
「あっ、やっぱりそうなんですね。」
「俺はあんまり好きじゃないけどね…なんか明る過ぎて。あ…ごめん、好きって言ってる人の前でそんなこと言って。」
「いえ…まぁ言いたいことはなんとなくわかります。」
「そう言ってくれると助かるよ。一年生同士でストフルのコピバンとか組んでみてもいいかもね。あっ、そうだ…この自己紹介カード書いておいてね。」
そう言ってユウタさんから「自己紹介カード」と書かれたプリントを渡された。
俺はそれに名前や出身、所属学科を書いていく。好きなバンドの項目には「ストローフルーツ」と書き、担当楽器にはギター初心者と書いてユウタさんに渡す。
「ありがとう。新歓ライブ、俺は【アヴァロン】のコピバンやるから良ければ観てね。」
「…えっと…【アヴァロン】ってどんなバンドですか?」
「知らないか。まぁ古い洋楽だし、解散してるしなぁ。えと、アメリカのロックバンドなんだけど…結構激しい系かな。伝説のロックバンドとか言われてる。あとギタボの人がフラストレーションを気怠げに叫ぶカリスマなんて言われてるよ。」
「へー、そうなんですね。」
俺はあまり洋楽を知らなかった。そんなバンドがあるんだ、くらいに思っていた。
しかし、ユウタさんがその後に続けた言葉が今でも脳裏に焼きつくくらいに印象的だった。
「まぁ、そのカリスマも27歳の時に自殺してるんだけどね。それこそ生き様も死に様もロックスターって感じするよ。」
"ロックスターは27歳で死ぬ"
"生き様も死に様もロックスター"
この言葉が俺の脳に強く残って離れなかった。
「良ければライブ観てね。あとヒマだったらいつでも部室来ていいよ。基本的に誰かはいると思うし、俺も時間空いたらいるようにしてるから。」
「あっ、はい。わかりました。」
特にそこまで話すことはないかなと思い、俺は部室を出る。
さっきのギャルは他の先輩とまだ話していた。