7・もし、たら、れば。
「私事ですが」と付ける意味があるのか、SNSで呟くことなんて全部自分のことだろう。
そんな皮肉を心の中で呟く。
俺の初恋の人、【南 サツキ】は結婚したらしい。
相手は高校の頃に付き合っていた中井じゃなくて、俺の知らない北田という人。
投稿には二人で幸せそうに笑う写真が添えられていた。
俺はSNSを閉じてギターの弦を緩める。いつも暇つぶしにやっているFPSを起動しようとすると、画面の端のニュースに「ストローフルーツ、ニューアルバムを引っ提げドームツアー公演へ!!」という見出しが映っていた。
南さんが好きだったストフル。俺はどうしても好きになれなかった。
彼らの作る曲はカッコいいと思う。
希望や夢、明るく前向きなメッセージ、卓越した演奏技術やメロディーのセンス、ギターボーカルを務める【神木セカイ】の澄んだ歌声。その実力に比例してドーム公演を行うほどに爆発した人気。
日本にその名前を知らない人はほとんどいないほどに、彼らは一流のバンドマンになっていた。
それでも彼らの曲は俺の心を動かさなかった。
彼らのことを好きになった南さんはどんなことを思っていたのだろう。
そしてどんなことを思ってリベリオンの曲を聴いていたのだろう。そんなことを思う。
綴がどんなことを思って曲を作っていたかとか、ストフルを聴く南さんがどんなことを思っていたかとか、本人にしかわからないことを考えてもしょうがないのに、俺の頭の中にはどうしようもない疑問が浮かんでしまう。
さらに追い打ちをかけるように浮かぶのは決まって「もし、たら、れば」のどうにもならない思い。
………もしも南さんと仲良くなった時に俺がストフルのことを好きになっていたら、南さんは俺のことを好きになってくれただろうか。
………もしも俺がバンドを続けていたら、ロックスターとして死ねただろうか。
……….俺がリベリオンの武道館ライブを観に行っていれば、俺の人生は変わっていたのに。
………もし……たら……れば……。
SNSで発信される情報、初恋の人の結婚報告。どうでもいいことだと思っていたのに、結局俺の心はぐちゃぐちゃにかき回されていた。
南さんのことに関して言えば、俺がしてきたのは嫌われない努力であって、好きになってもらう努力じゃなかった。
それにリベリオンが新曲を作ることはもう無いし、俺が27歳で死ぬことはできない。
俺が心の中で無理矢理まとめると、ピコンとpcが鳴りFPSが起動できたことを俺に伝える。
ヘッドセットを着けて俺はゲームに没頭する。
それによって過去の後悔や明日からまた会社に行かなければならない現実から思考を遠ざける。
現実逃避の世界に浸ることで、減っていく時間、感情、安心。増えていく罪悪感、虚無感、焦燥。
それらを踏まえても俺は逃げ込まざるを得なかった。
気がつくと日は暮れていて、俺は昼食も摂らずにプレイしていたらしい。
空腹を感じて昼食兼夕食の支度をする。パスタを茹でて100円のソースをかけるだけ。
特に何も感じない、面倒な準備も調理も必要ないつまらない献立。
大学生の頃に仲間たちと騒いで笑っていた時と同じ場所なのにひどく寂しさを感じた。
その仲間たちとも大学を卒業したらほとんどそれっきり。誕生日に連絡をくれたのはサツキだけ。
明日が憂鬱で明日なんか来なければいい、という感情と土曜日のライブでサツキは俺にどんなモノを見せてくれるだろう、という感情と共に俺は無理矢理に眠りについた。