5・日曜日のエーマイナー
日曜日。
朝起きて顔洗って歯磨いてシリアル食べてスマホ弄りながらキッチンでタバコ吸う。
いつもの休日の流れだ。
平日は起きてから顔洗って髭剃りだけして出勤する。
メッセージは来ていない。これは平日も休日も変わらない。
SNSを開いてみてもみんな好き勝手に呟いているだけだった。
俺はただ画面をスクロールして流し見する。そのうちにタバコの火は指の近くまで来ていた。
灰皿に押し付けて火を消し、俺はギターを手に取りチューニングを合わせる。
6弦からE、A、D、G、B、E、1弦に向かって音を合わせ、休日の日課になっているコードを鳴らす。
「Am、F、Am、F、D…」
初めてリベリオンをテレビで見た時の曲。簡単なコード進行なのは綴が初めて作った曲だかららしい。
この簡単なコードに乗せて痛みや苦しみを叫んでいた彼は、どんな経験をしてどんなことを思っていたのだろう。
そんなことを思いながら、俺はコードに合わせて歌う。
俺が大学で初めて組んだバンド、初めてカバーした曲もこの曲だった。
………あの頃俺はきっと輝いていた。
友達がいた。夢と憧れがあった。居場所があった。
"あの頃はよかった"
こう思うのは今の自分が輝いていないから。全ての過去は今の自分によって色を変える。
こんな風に過去を羨むのがどれだけダサいことか自分でも分かっている。
それでもそう思わずにいられなかった。
綴もそう思っていたのだろうか。それともロックスターは常に今を生きていて、"あの頃はよかった"なんて思わないのだろうか。
続けて俺はリベリオンの中でも聴きやすい曲調の「サヨナラ」という曲のコードをなぞる。
「サヨナラ」は苦しみへの別れを恋人との別れになぞらえた曲。
彼ららしくもあり、全く違う方向の曲だ。
「Em、Am、C、G、A#dim…」
苦しみへの別れ、恋人との別れ。
どんな経験をして、どんなことを思って、何をすればこんなに切なくて儚い曲が作れるんだろう。
そんなことを考えていた。
スマホの通知が鳴り、ギターを弾く手が止まる。
通知を鳴らしていたのはさっき見ていたのと違うSNSだった。ただなんとなく登録しただけ。
高校時代の知り合いや大学時代の友達をフォローしているだけのただのツール。俺が情報を発信することはない。
通知には「私事ですが、結婚しました。」とあった。
その情報を発信していたのは「北田サツキ」。
俺は何となく嫌な気持ちになる。特になんとも思わないはずのその情報なのに、俺の心は揺れ動いていた。