4・サツキ
閉鎖社会は続く。俺は高校生になった。
リベリオンのボーカルの綴のように髪を伸ばして、真っ白に染めて、耳にピアスを開けて、バンドを組んで、ライブハウスでライブして、テレビに出て…
なんて幻想を抱いていた。
実際の俺は中学生の頃よりも開いた周りとの格差に劣等感を感じ、それをリベリオンの歌に乗せて家の風呂場や近所のカラオケで一人叫ぶことでどうにか生き伸びているだけだった。
それでも、彼の歌が、彼らの作る曲が俺の生きる糧となっていたことで死にたいと思うことは減っていたと思う。
俺の「死にたい」も「劣等感」も「憧れ」も「閉鎖社会へのヘイト」も「絶望感」も「生きる意味」も全部彼が俺の代わりに叫んでくれていたからだ。
髪を伸ばすのも染めるのも、ピアスを開けるのも、校則で禁止されていたために出来なかった。
バンドを組むのだって知らない人に話しかけるのが怖くて出来なかった。
綴ならきっとそんなの関係なく全部やっていたのかな、と思うと自分の臆病さをさらに嫌う。
同じくらい嫌いなついていけない授業、中学生の頃と変わらない閉鎖社会、見下してるくせに都合のいい時だけ仲良くする友達モドキ達、それを受け入れることで居場所を作る自分。
意思を持たずに生きる屍のような日々、高校生になってジリジリ這い寄る「将来」への不安。
そんな鬱憤から遠ざけてくれるのはリベリオンの曲だけ。
俺は授業中でも通学中でも休み時間でも、スマホで彼らの曲を聞いていた。それだけが俺を俺でいさせてくれた。
〜〜〜
授業中に曲を聴くために、俺は小さな小細工を施していた。
制服の胸ポケットにスマホを入れ、イヤホンを左腕に通す。掌で耳を隠し、机に肘をつく。袖から片方だけイヤホンを出して耳に入れて再生する。
こんな小細工で授業中でもバレずに音楽を聴いていた。
「上野くんさ、いつも授業中になに聴いてるの?」
ある日の授業終わり、前の席の女子が話しかけて来た。
「あっ、えっと…なんでわかったの?」
先生も隣の席の人も気がついていない俺の授業中の行動を前の席の女子に見られていた?
俺は挙動不審になりながらどうにか返事をする。
「プリント渡す時にいつも袖からコードが伸びてんのが見えたから。」
「あぁ…なるほど。」
盲点だった。
隣や後ろの席からは俺の陰で見えない。教師からは前の席の人が陰になって見えない。
でも前の席から後ろを見れば俺の袖からコードが出ているのが見えてしまう訳だ。
「で、上野くんが授業中でも聴きたい曲ってどんなの?アイドル?アニソン?」
矢継ぎ早に質問してくる。確かに俺は暗いやつだしオタクに見えるかもしれないけど、アイドルやアニメにあまり興味はない。
「ロックだよ。あ、あんまりアイドルとかアニメに興味ないから。」
「へー、意外。どんなの聴いてるの?ストフルとかはウチも好きだよ。」
ストフルは俺も名前は知ってる。ストローフルーツという最近流行りのバンドだ。それは別として、意外ってけっこう失礼な言い方だ。
「リベリオンってバンド、けっこう激しい系。………俺、あんまり、流行りのバンドとか…聞かない、から。」
詰まりながらも俺は素っ気なく言う。
どうせ知らないだろうし、どうせ理解されない。
そう思っていた。
「知らないや、ちょっと聴かせてよ。」
「え…いい、けど…」
そう言われたのでイヤホンをスマホから抜いて渡そうとすると「そのままでいいよ」と言われ、彼女は俺のイヤホンを耳に差した。
俺は戸惑いながらもスマホから音楽を再生する。いつも聴いているリベリオンの曲の中で、初めて聴く人でも聴きやすい曲を流す。
3分半の曲が流れる。たぶん初めてリベリオンのCDを店で注文した時と同じくらい緊張している。
彼女の反応を伺う。
多少強引に聴かせてと言われたから聴かせているけれど、きっと理解されない。
そして彼女の中で俺は変な曲を聴く変なやつってことになるだろう。
曲が終わった。俺の予想と違って彼女は少し嬉しそうな顔をしていた。
「これ、かっこいいね。今度CD貸してよ。」
「え…本当?いいよ!明日持ってくるよ!」
嬉しかった。誰にも理解されないと思っていた。
俺の1番好きなモノ、宝石箱、オアシス。
俺の嫌いな自分、それを代弁してくれるロック。
それを初めてカッコいいと言ってくれた人がいた。