1・未成人
ロックスターは27歳で死ぬ。
左利きの天才も、フラストレーションを気怠げに叫ぶカリスマも、ブルースの帝王も27歳だ。
その生き様がかっこよくて、美しくて、快楽的で、破滅的で。
俺もそんな彼らに憧れていた。
好きなことですら対してうまくできないのに、好きでもないことをやって生きていく、というのを考えられなかった。
俺はずっとロックスターになりたいと思っていた。
〜〜〜
スマホがメッセージの着信を告げる。
会社の喫煙室で一人タバコを吸いながらスマホを開くと、「誕生日おめでとう」という短いメッセージが表示される。
時刻は午後4時。送信者の欄には「北田サツキ」と書いてある。
その短文に対して俺も「ありがとう」とだけ打ち込んで返信する。
「28歳、か…」
気怠げに一人呟く。吐き出したタバコの煙が喫煙室に広がる。
「ちっともうれしくないよ…サツキ。」
独り言と共に俺の憂鬱が煙みたいに部屋に広がっていく。
吸っていたピースライトを灰皿に押し付け、俺は喫煙室を後にする。
「おい、上野。ちょっと来い。」
仕事場に戻るとすぐに部長に呼ばれ、「あっ、ハイ。」と返事をして部長の元へ急いで向かう。
部長がちょっと来いと言う時は必ず良くない場合だ。今回もやっぱり良くない場合だった。
「この書類、どうなってんだ?間違えんなって何回も言っただろうが。なぁ。」
すいません、と何度も謝る。
それでもなお部長の怒声は続き、書類の訂正作業に移る頃には終業のチャイムが鳴っていた。
その後の通常作業に加えて書類の訂正や報告・確認が終わる頃には終電の時刻になっていて、会社に残っているのは俺一人だった。
戸締りをして会社を出る。
俺は走ってどうにか終電に乗ることができた。
金曜日の終電ということもあって、車内は俺と同じように残業したであろうサラリーマンと飲み会帰りのサラリーマンで満員だった。
俺はつま先立ちになりながら、どうにか体勢を崩さないように必死に足に力を入れて帰宅ラッシュをやり過ごす。
「○○〜○○〜ホームとドアの間に気をつけてお降りください〜」
車掌のアナウンスが聞こえて、ようやく自宅の最寄り駅に着いたことに気がついた。
雪崩のように電車人が降りる。そんな中でも、俺はどうにか体勢を崩さずに駅に降り立つことができた。
ホームの階段を登り、駅の改札を通り、東口に出る。
ここから家まで歩いて15分。
疲れ切った俺にはその道程が途方もなく長いものに感じられる。
その道すがら、俺は思い出す。
"28歳になる前に一緒に死のうよ"
かつてサツキと交わした約束。
俺はロックスターになりたかった。
………それなのに俺は何をやってるんだろう。俺がなりたかった姿と程遠い、疲れ切った身体を引きずり歩く自分。
そんなことを考えていると、家までの道はあっという間だった。
俺は部屋の鍵を開け、6畳のワンルームに溶けるように入り込む。
……疲れた。
毎日のように部長から怒鳴られる。使えないヤツと社内では噂されてるのも知ってる。話したことのない先輩にいつもキョドってるやつって呼ばれてるのも知ってる。
「疲れた…」
今度は口に出した。今日は俺の28歳の誕生日。もう27歳のうちに死ぬことはできなくなった。
ーーーロックスターみたいにカッコよく生きたかった。
スーツを脱ぎ捨てシャワーを浴びる。
ーーーロックスターみたいにカッコよく死にたかった。
髪を乾かして部屋着を着る。
ーーー俺はロックスターみたいにカッコよく生きることも、カッコよく死ぬこともできなかった。
サラリーマンをして稼いでることが世間の"普通の大人の生き方"だと言うのなら、俺は普通の大人にすらなれていない。
そう考えていると俺は無性に虚しくなった。
もう、全部何もかもどうでもいい……
自棄になっている脳内と逆に、俺の手は冷静にスマホを手に取る。
メッセージが来ていたことに気がついた。
送信者は北田サツキ。受信時刻は4時15分。俺の返信のすぐ後に送っていたようだ。
メッセージの内容は…
「今度、下北沢でワンマンやるからその日空いてたら見に来て。」
という簡素なものだった。
"28歳になる前に一緒に死のう"
俺は28歳になった。
普通の大人になれず、ロックスターになれず。
俺はどうして生きてるんだろうな。
そんなことを考えてベッドに入り、虚無感と劣等感、憂鬱を抱えて眠る。
この日、サツキへの返信はできなかった。