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「ふー。ただいまっと」
「おかえり、・・・、どう、だった?」
部屋に帰るな否や、ベッドの上で寝転がりながら足をパタパタさせているビーが聞いてきた。
「何が?」
「がっこう、たたかった、でしょ?」
「なんでわかったし」
「ふんいき、ばればれ」
一体どんな雰囲気を放っていたというのか。
「俺のクラスでの話にはなるが・・まぁ流石国中のエリートを集めただけはあるな。学生にしては中々だったぞ?」
あくまで、学生レベルでの話だが。
「ていうかお前帰ってくるの早くない?ちゃんと仕事してるんだろうな?」
「むぅ、しつれい、もんだい、ない、それ、しょうこ」
むぅ、とか言いつつも無表情のまま、机の方を指差す。
見てみれば机の上に紙が数枚置いてあった。
「ん?これは・・あぁ昨日頼んだクロネットとベルテナカントの情報か」
「ん、とりあえず、それで、いい?」
「ああ問題ない。カルイストは・・まぁもうちょいかかるか」
カルイストはこの二つとは違って上級貴族の名門だ。ガードのレベルは比較するまでもないだろう。
「ん、いちおう、あしたか、あさって、いけそう」
「十分だ。こちらも接触してるしな」
「ん」
荷物を置き、服を着替えながら話を続ける。
「『設置』の方はどうだ?」
「び、みょう、いちおう、こうほ、ある、けど、きく?」
「いや、そっちはしばらく任せる。学園内の方も重要度は低いと言っても、まだかかりそうだしな」
「そう」
「ああ、俺も今日の夜から動く」
「がっこう、の、ほう?」
「ああ」
昨日は編入初日という事もあってダルくてサボってしまったが。
「昼間の内にある程度見てきたからな。出来る分は早い内に終わらせときたい」
「ん、いっしょ、いく」
「あん?付いて来るって?」
「ん」
「・・別に構わんが・・一体何企んでやがる?」
「・・・ちぃ」
「器用な舌打ちですね」
まぁいいかと、制服を着替え、椅子に座り、ビーに調べさせた資料に目を通しながら時間を潰すことにした。
「おら行くぞビー」
黒色をベースに、小さな金属装飾と赤のラインが控えめにデザインされている薄生地で半袖長裾な服に着替え、未だにベッドの上で足をバタつかせながら寝そべっている幼女に声を掛ける。
「ん」
「待てコラどこに行く?」
「?、そと、でる、ちがう?」
「誰がバカ正直に真正面から出るか。もう消灯時間過ぎてんだぞ」
既に日付が変わっている頃である。
「じゃあ、どう、やって?」
「いつもお前が出入りしている方法以外ないだろう」
当然ながら、コイツを俺の部屋に寝泊まりさせていることは周りに秘密にしてある。寮が男女別々なのは一般寮も待遇寮も変わらない。したがって学園外へ出すときも、普通にドアから~なんて正規ルートは使えない。
「ホラくっつけ」
「ん」
ビーは俺の前まで来ると腹の辺りに抱きつく様な格好になる。
するとすぐに俺達の足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから暗い魔力光が俺たちを囲むように漏れる。
ー空間魔法 転移ー
次の瞬間、周りの風景は部屋の中から暗い森へと変わっていた。
「よし行くぞ」
昼間にマーキングしておいた場所に無事着いたことを確認するや否や歩き出す。
少し歩くとすぐに木々を抜け、月明かりが照らす草花が広がる。
「ここだ」
後ろに付いて来ているビーを確認する。
「・・・、ここ、ますたー、がっこう?」
「あぁ」
「ここで、いつも、べんきょう」
「ん?いや校舎はもっと向こうだが」
「でも、ここで、おひる、すごしてる?」
「まぁそうだな」
「ふぅ、む、・・・」
キョロキョロと首を回し何かを考える込むビー。
辺りは月明かりが照らす木々と草花、そして離れたところに噴水が辛うじて見えるくらいだ。
「・・・あおかん、する?」
「何がどうしてそうなったか詳しく聞こうか」
小首をかしげながらこちらを見上げるアホ。
「さっさと仕事に取り掛かるぞ」
「・・・けんたいき?」
「ぶっとばすぞ」
構わず先行する事にし、夜のレンガロードを歩く。
噴水は流石に止まっている様で、歩いてきた雑木林の方から主に聞こえる鳥や虫々の鳴き声とレンガの上を歩く音以外の物音はしない。時偶風の吹く音がかすかにする程度だ。
貰った資料と前もって調べた情報、今日の案内の内容を頭の中から引っ張り出しながら周囲を確認していく。
一つのベンチを見つけた。
生徒が昼食を取る際に座っていたものの一つだ。
「・・よし」
少し考えた後、内ポケットから長方形の紙、札の束を取り出す。紙には何も書いておらず、どれも白紙の様に見える。
「・・」
手に持ったそれに魔力を通すと、紙に薄く光る模様のような文字が浮かび上がる。
それをベンチの裏側に貼り付ける。
貼り付いた紙は一瞬薄く光ったかと思うと、溶けるように消えていった。
「よし問題無いな。これをどんどん貼っていくぞ」
「これ、は?」
「感応光符」
「・・・?」
「光印者の探索魔術の試作型。なんかこっちの方向性も試すらしくて頼まれたんだよ」
へぇー、と流すビーに束の半分を押し付ける。
「てなわけでなんか良い感じのとこにどんどん貼ってけ」
「ちょー、てきと」
「確認は俺がするから良いんだよ。ちゃっちゃっと済ませろ」
「うぃ」
札を受け取り、トテトテと先を駆けていくビーの背中を見送り、周囲を見回す。
「さてと、一先ずアレは良いとして、窓も一応作っとくか」
茂みの方に入り、地面に手を向け魔力を練り上げていく。
ー横行 腐食 灰害 夢よ落ちよ 赤き涙の跡を追え 輩の警鐘を鳴らせー
黒く光る魔力光が地面に、直径一メートル程の魔法陣を形成していく。
ものの五秒程で魔法陣は完成し、最後に強く輝き、そのまま透けるように消えていった。
「まぁ一個でいいか。どうせ使うにしてもこれだけで制圧出来そうだし」
無いとは思うが、一応の保険として、近くの木に先程の札を一枚貼り付けておく。これで万が一にでもこれに気づかれた時には察知出来よう。
再びレンガロードを歩き、ビーが貼って行ったであろう札の位置を確認していく。流石使い魔なだけあって、ちゃんと意図を汲み取れているのか、特に問題は無いようだ。
数十分程経過しただろうか。ビーが遠くからパタパタと駆けて来るのが見えた。
「どうした?」
眼の前で止まりこちらを見上げている。
「ひと」
「・・あん?」
「ひと、いた」
「あのなぁ、人ってのはこの世界中にいるもの・・て待て、人がいただと?」
「ん、ぶそう、も」
「・・そういや、騎士が見回りするなんて事が資料に書いてあった様な無かった様な・・で何人だ?」
「ひとり、たぶん、ほか、いない」
「ふむ・・今どこにいる」
さてどうするか、色々とやりようはあるが、まだこの段階で動きたくは無い。その見回りの詳細な情報も無い事だし、ここは見つからないように一度撤退
「そこ」
「・・ん?」
先程走ってきた方向に指を向けるビー。指差す先は闇だが、慣れてきた目のお陰か、確かに近くに人型の何かが見えるような気がする。てかアレ騎士じゃね?
「お前たち!そこで何してる?」
やっぱ騎士だったわ。
片手に光を灯し、カッチャカッチャと鎧を鳴らせながら此方に近付いて来る。魔力光を光源とするライトの魔法を使ったのだろう。
銀色の鎧。腰には一本の剣。盾は無しか。
と、すれば下級騎士以下ってことは無いか。まぁ国中の才能を集めたエリート学校の見回りだ。そこそこの騎士が担当するのだろう。
「学園の生徒か?にしてはそっちの少女は幼すぎるな。何者だ」
「・・はぁ~、跡をつけられたな?ビー」
「?、こえ、かけられたから、ますたー、に、ほうこく、しただけ」
「え何?連れてきたってこと?つーか周囲に居たのに気が付かなかったのか、油断しすぎだ」
「はんせい」
「どうだか」
「質問に答えろ!」
ビーへのお仕置きは帰ってからとして・・んーコイツどうすっかなぁ。一応周囲の気配を探ってみるが異常はない。
「おい!聞いているのか!?貴様ら!」
「あーうっせぇ、もういいやお前死ね」
ドス
「・・・んぇ?」
気の抜けた様な声を出しながら、騎士は衝撃を感じた自分の腹部に目を落とす。
着ている鎧諸共身体を串刺しにしている黒い長剣が一本そこにあった。
特に急ぐこともなく歩いて騎士に近づく。
「・・・は」
突き刺さった剣は霧の如く消え失せ、腹部の傷口と騎士の口の橋から赤黒い血液が溢れる。
騎士は呆けた表情から歯を食いしばり、足を震えさせながら倒れぬように堪え、眼の前の青年と少女に鋭い視線を向ける。
「ぅぐっ、っ!、くはぁっ、き、貴様らムグ」
「ハイハイ」
態々騒がれるのも面倒だ。既に眼の前にいた俺は右手で騎士の顔を口元を塞ぐように掴む。
「とっとと駒になれ」
俺の掴んだ手の平から黒い魔力光が漏れる。
「んんぅんグッ!」
騎士が呻いた後、一瞬身体が痙攣し、それから身体に入っている力が全て抜けた。俺が顔面を掴み持ち上げている様な状態だ。
騎士の目は白目を向いており、腕も足もダランと力なく垂れ下がっている。
ボト
すぐさま掴んでいた手を離し、騎士の身体がその場に崩れる。
そのモノをしばらくそのまま見下ろす。
「・・」
「・・・まだ?」
「もうちょい」
「・・・、まだ?」
「まだ」
「・・・、まだ?」
「お前は壊れた玩具か。まだだよ」
小うるさいビーを流しながら、二人して死体を見下ろす。
「・・・、つんつん」
「こら突いて遊ぶな」
「ひま」
「知るか」
そんなこんなで時間を潰すこと数分後
「そろそろ良いか」
暗く黒く光る魔力を練り上げ、眼の前の死体に腕を向ける。
ー虚ろなる安息 刃を取れ 軍靴を鳴らせ 汝に悠久の戦場をー
「とっと起きろ」
軽く腕を振り抜き、死体に向かってぞんざいに吐き捨てる。
ピクリ
既に事切れていた騎士が、否、騎士の死体が動き出した。
始めは身体数箇所で軽い痙攣のような動きをし、杖をつく老人の如くのそのそと危なっかしく立ち上がる。
「・・・」
無表情。目に光はない。口の端から先程まで流れていた血が固まって土と供に付着している。腹部の傷の方も同様だ。
立ち上がった騎士はボーと青年に向き直っている。
「・・ハーン」
騎士と向かい合い数秒、俺の駒になった死体から生前の記憶を覗き、納得したような声を出した。
「なに、か、わかった、?」
「やっぱ下っ端とかじゃないらしいな。見回り含めて警備はローテーションで中級騎士以上の連中がするそうだ」
「・・・めんど」
「全くだ」
要は見回りする班みたいなものがあり、この騎士一人をどうにかしたところで意味は薄いということ。寧ろ下手に行方不明等にしようものなら良ろしくない方向へ進んでしまう事もありえる。
「ま、とりあえずオマエは生前の行動をなぞってフリをすること。その鎧は適当に壊してー・・あー・・そうだな・・転んだ事にしろ。それで新しいものを支給してもらえ」
「むり、やり、すぎる」
「良いんだよ別に適当で。ビー、お前も見回りの班とやらの情報を集めろ。コイツの使用権はリークしとくから好きに使え」
「ん、せっち、は?」
「『設置』も平行してもらうが、こっち優先だ。さっさと全員駒にするぞ」
「りょーかい」
その後、数分かけて辺りに札を貼り、一帯の掌握を完了したところで引き上げることにした。