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「今日からクラスの皆には実践形式の模擬戦をしてもらいまーす」
編入二日目、二次元目の魔法実技開始直後のオールアイム先生の一言である。
昨日に引き続き演習グラウンドで、席順に整列して先生の話を聞いている。
「今日から二人一組の模擬戦を何度かしてもらって、ある程度の順列を決めて頂きます。成績にも多少は影響ありますが、大きな目的はこれからの指導教育に活かすためのものなのであまり緊張せずに望みましょー」
「先生ー、今日からってことは日にちを跨ぐんですかー?」
「はい。試合数にもよりますが、全て異なる相手と行いますので、二日から四日に掛けて行うつもりです」
ふぅむ。
「なぁセーヒ」
「んん?」
「こういうのって中等部の時にもあったのか?」
「んー、ただの模擬戦、魔法オンリーとか体術のみとか決まりが有るやつは結構あったけど、実践形式ってのは高等部に入ってから、授業でやるのはこれが初めてだなぁ」
「そうか・・因みに去年の実戦形式の模擬戦って?」
「聞いてね?一年に一度、夏の終わり頃に開催される武闘祭」
「ああ、国主催のアレか」
武闘祭。世界各国に同じ名前の祭りはあれど、その規模は世界でもそこそこの有名度を誇る祭りだ。何しろ、クアリビア大陸一の王国主催の催し物で、二週間まるまる、王都全体で開催され、その間は他所の街町から王都への移動賃は税を含め半分以上を国が負担するという。
「そ、ウチはそれで学園一を決める『テクシネル決闘会』てのをやるんだよ。その予選でちょいとな」
「ふーん」
「それではみなさーん、ペアになって下さいねー」
ちょうどいい所で先生が手を叩き、模擬戦の相手決めの時間へと移った。
「・・セーヒ頼めるか?」
「おう!良いぜ!望むところだぜ!」
とりあえず気の知れた相手を確保出来た。
回りを見ると割と自然にペアが出来つつある。同じ様に比較的仲の良い人間が集まっているのだろう。
「それでは、ペアが出来た所から模擬戦を開始して行きますよー。場が空き次第、そこで次の試合を行いますので準備しておいてくださいね!ペアが出来ていない人もその間にペアを作っておいてくださーい」
広く区画された試合場を見ると、どうやら同時に最大4組ずつはやっていくようだ。
「どのタイミングでやる?」
「んー、おれはいつでも良いけど、流石に最初はなぁ」
「俺もだ、何組か後が良いな」
「うん、とりあえずは様子見で行くか」
とまぁ皆同じ意見なのか、さすがに最初から前に出ようとする者は少ない。先生もそれを見越しているのか、名指しでほぼ強制的に選出しにかかった。
「はいはーい。そことそこのペア~、後、カルイストさん達のペア、さっさと初めましょうねー」
うわあーだの、いやぁだの、軽い悲鳴が聞こえるが、少なくとも俺たちが指名されることはなかった。
よし。
「カイナどうするよ、次で出るか?」
「どうするかな・・とりあえず初戦を見て考える」
という事にして、目の前の組の模擬戦に目を向けた。
丁度始まるところだった。
先生の所にある刃引きされた武器を取り、お互い離れた位置に立ち構える。
全員の準備が終わったことを確認すると、先生が手を上げ声を張り上げた。
「はじめっ!!」
―――――――!!!!
瞬間、武器と武器のぶつかり合う音と気合声、詠唱、地面を蹴る音とが混じり合った、言葉にならない音。
一つの模擬戦が行われる区画はそこそこ広い。
皆自由に散り散りとなって、見たい戦闘の区画に行っている。俺とセーヒは一つの区画の若干右寄りで観戦している。
見ているのは男子生徒同士の模擬戦だ。どちらも剣を持っている。ただし、片方は片刃の剣、もう片方は普通の諸刃型の長剣と円形の小型な盾を装備していた。
開始直後、魔法によって底上げした速度でぶつかりあっていた。
それからは近距離で攻防を繰り返している。
片刃の方は、剣と足蹴り主体の体術で、盾持ちの方は盾で防御、剣で攻撃と割り切って戦っている。
おそらく盾持ちはこの国のどこぞの貴族。それも騎士の出だろう。殴りつけたりはせず、防ぐ事を念頭に置いた盾の使い方はこの国の騎士の戦い方によく似ている。
「なぁ、あの盾の方ってあの戦い方がメインなのか?」
「え?」
「いや、攻撃魔法とかは使わず、近接主体なのかと」
「あぁ、去年同じクラスだったけど、確か去年もあんな感じだったと思うぞ」
「・・」
選択ミスかな。
ひとまずこのクラスの平均な力を見たかったが、そこまで高いレベルのものではない。
数分であるが、現状を考えるに片刃の生徒の勝ち以外見えない。
そもそも盾持ちの近接戦レベルがそこまで高くない。強化魔法による身体能力でごまかしているが、圧倒的に技がない。
右の方の模擬戦に顔を向ける。
これまた男子生徒同士。しかし、片方は小斧を持ち、もう片方は双短剣という少し珍しい装備の二人組だった。
初めから見ていたわけではなかったが、見るに小斧の方が中距離から魔法を放ちつつ、短剣の方が魔法を回避しながら切り込んでいる感じだ。短剣は中々のスピードと小回りで近づき、小斧も近距離戦闘ではキチンと熟している様に見えた。
あっちのが参考になったな。
と数分、右の方の模擬戦を見ていたところ、正面の区画から高い金属音が聞こえた。
どうやら、片刃の生徒が盾持ちの剣を弾き飛ばし、勝利したらしい。
「決まったな。どうする?出るか?」
「うーん・・まぁ出るか、いつかはやんなきゃいけないし」
一応最低限の確認はしたし、そもそも最初のプランから変更するつもりも大概なかったのである。
と、言うことで武器を取りに行く。
因みに、この刃引きされた武器、一通りの種類、サイズの武器が揃っているが、この中以外で使いたいものがあれば、前もって言うことで用意してもらえる。実際俺は昨日、模擬戦で使う武器で希望を聞かれた。
まぁ、ちょい大きめで普通の剣があれば十分なので、俺は問題ないが。
「お?次はクロネット君とカイナ君ですか~」
「えぇまぁ」
やはりAランカーというのが効いているのか、先生含め周囲の空いている生徒達がこちらに意識を向けてくる。
俺は長剣を、セーヒは柄が長めのメイスを手に取り試合場に進む。
「うっわ~、めっちゃ見られてんじゃん・・・勘弁してくれぇ」
「人気者だな」
「略略てめぇだよ!」
知ってる。
先程まで見学していた区画まで来ると、お互い定位置に着く。
「準備は良いか?」
「おー、お手柔らかに頼むぜAランカー」
「さてな」
「うおぉい!?」
「はーい、それではクロネット君、カイナ君ペア初めますよー」
声がかけられ、セーヒが両手でメイスを握り中段に構える。
「・・・はじめっ!!」
開始の合図と共に、身体能力強化魔法を発動し駆け出す。
セーヒは何か魔法を行使しようとしているのだろう。魔力を漲らせているのを確認しながら真正面から近づく。
「げっはや!?」
セーヒは顔を盛大に引き攣らせながら魔法を中断し、回避に動こうとする。
「ま、そっちに避けるよな」
右下段で構えたままの剣から逃げるように、俺から見て左側に避けようとするセーヒ。
予想していた俺は即座に追撃として剣をぶん投げた。
「ちょ!」
ガキインッ!!
回避行動中に足を踏ん張り、どうにかメイスで俺の投げた剣を弾いたようだ。
その間既に接近していた俺は回し蹴りを放つ。
これも、どうにか腕を割り込ませ威力を防がれる。
それを確認し、メイスに弾かれて未だ空中で自由落下の最中の剣を取り、無造作に斬りかかった。
キィィン
「グッ!!」
メイスで防御しようとしたようだが、満足な受けは出来ずにメイスは手から弾き飛ばされる。
動きを止めること無く、一歩踏み込みながら剣を斬り返し、切っ先を喉元に突き付けた。
「ま、参った」
「そこまで、カイナ君の勝利とします」
オー、パチパチ
周りを見ればかなりの、というか今模擬戦をしている者以外ほぼ全員がこちらを観戦していた。
そんなギャラリー達の拍手の中、剣を下ろし、最初の位置に戻り、礼で終わる。
「なんだアレ!?全体的に速すぎるわっ!!」
終わるや否やセーヒが問い詰めて来た。
「なんだと言われてもな。鍛錬の結果だとしか」
「にしても速すぎるだろ!何にも出来なかったぞ!」
別に使った魔法は身体能力強化だけだし、何なら左手は全くと言っていいほど使わなかったとか、そういう事は言わないほうが良いだろうか。
「流石ですねー。見事な身体強化魔法でした!」
言いながら戻っていると、最初に先生が接近して来た。
「ども」
「一般的な魔法も極めれば良いものになる。非常に良い例でしたね」
回りの生徒に聞こえるように話す。
確かに身体能力強化魔法は、一般的な魔法だ。無属性であり、使う点で言えば難しい魔法でもない。騎士や冒険者などでなくとも、力仕事の一般職でも利用している者は多く、一般市民でも使える魔法だ。
最も「使う」と「使い熟す」ではまるで意味合いが違って来る。先生はその辺りの事を他の生徒達に教えたいのだろう。
「・・」
しかしまぁ、今のを見せて「見事な身体強化魔法」で終わる辺りコレも有象無象の一つか。
四つの模擬戦という、決して狭くない範囲で同時に動く八人を把握して、一人で審判をやっていた辺り流石かと思ったが、そこまで注意する必要も無さそうだ。
無論、他の教師も同程度という保証は無いが、担任に注意不要なのは有り難い。
「あーあ、早速一敗かぁ」
「早速一勝か」
「・・・後悔するなよ?」
「ん?」
「まぁ今にわかるさ。じゃあな」
クックと意味深な笑みを浮かべ、セーヒは他の者に声を掛けに言った。次のペア確保だろう。俺も次のペアを探そうとしたところで気が付いた。
「・・」
誰も目を合わせようとしない。
「・・」
・・誰も目を合わせてくれない。大事な事なので二回ry
まぁ冷静に考えれば当然かもしれない。唯でさえAランカーという看板があり、加えて先程の戦闘。
全力を出したわけではないが、それでもある程度の強さがわかる様には見せ掛けた。成績に多少は影響が出るのだ、自信のない者は進んで戦おうとは思わないだろう。
「どうすっかな」
まぁペアがいないものは仕方が無い。大人しく観戦に徹しよう。
それから二試合程見学したが、依然として俺はペアを作れずにいた。
・・まぁちょいちょい先生が強制的にペアを組ませている所もあるので、このままという事はないだろうが、俺は既に一試合している。未だ模擬戦をしていない人間もいることから、そっちから優先して行われるだろう。
しばらくは暇かなー。
現に俺は今、観戦組の後ろの方で立て膝で座り込んでいる。傍目から見れば行く気0である。
「お隣宜しいかしら?」
「ん?ああ」
そうしていると、上から声が。見れば昨日挨拶したカルイストのクラス代表がいた。
横というか周囲に人がいるわけでも無し、特に必要は無いのだが一応了承の意を込めて、座っている位置を少し横にずれる。
意味を汲み取ったかはわからないが、俺の横に腰を下ろした。
「もうクラスには慣れたかしら、ってまだ二日目で聞くことでは無いわね」
「まぁ確かに。ただセーヒとはよく話すし色々と教えてもらってるから今の所は問題無い」
「そう、良かった。昨日も言ったと思うけれど、クラスの事で何か困った事や聞きたい事があったら私に相談して、力になるから」
「有り難い。その時は宜しく頼む」
「ええ」
「・・休憩か?」
「えぇそれもあるわ。けれどペアが決まっていないの」
「うん?さっきまで引っ張りだこに見えたが」
彼女は初戦からはほぼ連戦で戦っていた。まるで誰と戦うか前もって決まっているかの様にスムーズだった。
「初めに約束した方がいましたの。今日と明日で優先してお相手する方を決めて、先程まではその方達の相手を」
「なるほど」
クラス代表故か、人気者らしい。
「そういう貴方は?」
「俺?俺は初めの方に一試合して、それからはペアが決まらない」
「あら、やはり一試合していたのね。丁度初戦の最中だったので見損じましたわ」
「見損じたなんて程のものでもないさ」
「謙遜が過ぎるわね。一大陸に百人といないAランカー冒険者。まだまだ学生の私達にとっては一見の価値は計り知れないもの」
「そこまで言われるとむず痒いものがあるな」
「宜しければ私と一戦お願いできないかしら?」
「別に構わないが」
「それでは少ししたらやりましょうか」
そう言い、前方の試合が終わるのを見計らい、それぞれ準備に取り掛かった。