プロローグ
「なんと無様な・・・」
ザワザワ ザワザワ
「ぅぅくぅっ・・・」
「十一にもなりながらも属性魔法の一つすら使えぬなど・・・」
「ご、ごめ、な・・さい。・・・おとーさ・・」
血だらけの子供が息も絶え絶えに頭上の人物を見上げる。
その人物は腕を組みながら、眼の前で這いつくばっているモノを温度の無い瞳で見下ろしていた。
「もう良い」
地面に倒れているソレにもう要はないと、踵を返し歩いていく。
「・・っ・h・ぁ・・」
子供はそれに口と目を大きく開けながら、何かを言おうとしていた。しかし、喉から声は出なかった。
「着きました」
「・・ここは?」
一人の少年と執事服を着た男性が一人、馬車から降りる。
そこは森奥、野道すらまともになく、すでに日は落ちており、月明かりは木々の葉に遮られ、暗闇が周囲を覆う。
少年は簡素で飾り気のない薄地の服装をしており、体のあちこちに包帯と血が滲んでいる跡が見える。
「ヒルイド?」
少年が横にいる執事に向き直る。
いつまでも質問に答えず、いつもと違う雰囲気を漂わせている事に疑問を感じたのだ。
「・・・」
「ヒルイド?どうし」
「旦那様からの言伝です。『貴様をフェシーヌ家から追放する』・・・以上です」
「・・え・・?」
「・・・申し訳ありません。既に私の仕える主も妹君となっております」
「・・・そう、か」
少年はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべ、次に目を閉じ、無理やり納得したかのように頷く。
「・・うん。覚悟はしてた。大丈夫、わかったよヒルイド、今までありがとう」
「・・・」
少年は目の前の見た目三、四十代程の男に礼を言う。そこには何の恨み辛みもなく、ただ純粋な感謝の念が込められていた。男性にもそれは伝わっていたはずだった。にも関わらず、顔を顰めながら言葉を零す。
「奥様・・・」
「ん?」
「・・・・・・・・・・・奥様からは別の要件を承っております」
「ヒルイド?泣いてるのか?」
「・・・申し訳ございません」
謝罪。
それの意味することは何か、問おうとした刹那、赤い閃光が少年の視界を埋めた。否、そう感じた。
同時に強い衝撃を受け、少年は堪らず後ろへと倒れる。
「え」
無意識に体が動く、痛みとも認識出来ていなかった違和感のある首元を手で押さえる。
何が起こったのか、わからなかった。ただ、目の前の、唯一信頼する人間の右手には赤い液体で濡れた刃物が握られており、自分は押さえる首元から大量の血を吹き出して倒れていた。
「・・」
「貴方に抹消命令が下されました」
「・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
「奥様は、家名に傷が付く事、後の争い事の種となる事、それらの可能性を考慮し、追放後、貴方を殺すようお決めになられました」
「・・」
「・・・申し訳ありません。どうか、どうか私めをお恨みください」
痛み、恐怖、怒り、恨み、悲しみ等といった感情は不思議と浮かばなかった。というより、驚愕、驚きでいっぱいになっており、そこまで別の感情を持つ余裕がなかったのかもしれない。
ヒルイドが涙声で語る。言葉は確かに耳に届いていた。きちんと耳に入り、脳に信号は送られていた。
理解が出来なかった。
頭が
心がそれを拒んでいた。
諦めていた。そう思い込んでいた。心の何処かでまだ残っていたのだろう。家族に対する期待が。
「申し訳ありません。・・・トイス様、せめて苦痛の無い様一思いで」
――――
何かが聞こえた。
落ちるような、崩れるような、壊れるような。
――ああ、そうか。
わかった。
――これは・・。