78 その昼、過ぎる
「ふむ、ひとり逃してしまったか……」
四人の暴漢を騎士達に引き渡したあと、連行する騎士達の背中を見ながらアキヒロは呟く。
「逃したかって……あんたは何もやってないだろ」
俺は呆れと疲れが混じったため息を吐く。
「何を言うか。私も貢献しただろう。何で彼らのバーチャルバレットが使えなくなったと思っているのだ」
アキヒロは不満そうにこぼしてタブレットを操作する。思い返せば、先程もタブレットを弄っていた。何か関係があることは明らかだ。そうでもない限りあんな危険な場面でわざわざ使用する理由がない。
こいつがこの世界に召喚される前はスマホ依存症だったとかなら話は別だが、そんな素振りは今まで見たことがない。
「相手のタブレットを使えないようにできるのか?」
「いや、相手の指定はできない。範囲を設定して、範囲内のタブレットとクリスタル・コアとの通信を遮断したんだ」
アキヒロは俺にそう説明して、ごく自然な動作で俺の家に入る。
クリスタル・コア?
「お、おい! 勝手に他人ん家入るなよ」
俺は聞き慣れない単語を質問するより前に慌ててアキヒロを追う。
「君がインフェクトだね」
俺がリビングに入ると、アキヒロは白服の女の子に詰め寄っていた。
「あ、あの、あなたは……?」
インフェクトと呼ばれた女の子は明らかに怯えていて、カグヤは女の子をアキヒロから守るように女の子に抱きついている。
「おい、怖がっているぞ」
「おっと、失礼」
俺が咎めると、アキヒロはあっさりと一歩下がる。
その光景を見ていたカグヤが少しだけ女の子に抱きつく力を緩めた。アキヒロが離れたからというよりも俺の姿を見て安心したようだ。保護者冥利に尽きる。
「パパのおともだち? さっきてっぽうの音が聞こえたのと関係ある?」
しかし、今までそちらの世界が身近にあったせいかこういうことを怯えもせずに訊いてくる。逞しいというよりは慣れているのだろう。アキヒロに対しても恐れていたという感じではなかった。
法の届かない社会で生きてきた故の慣れ。
「え? ああ、まあ友達かな。鉄砲の方も関係はあるけど、心配しなくてもいいよ。こいつは悪いやつじゃないから」
俺の言葉に女の子は安心したようにホッと息を吐く。カグヤも彼女から離れた。
「ちょっと待ちたまえ。君は子持ちだったのか? 母親は誰……いや、その前に君が異世界に来た時期を考えると計算が合わないのだが……」
一方、アキヒロはカグヤの発言で混乱しているみたいだ。しかし、流石は王家直属の研究所の所長だ。状況と情報を整理してすぐに納得したかのように頷く。
「…………拉致、洗脳、少女愛好……いや少児性愛、少女渇望」
おい。
「違う! 今預かっている子で《紅月の民》の頭目のカグヤだ! わざわざ酷い方に言い換えるんじゃあない! 紅月の民について何も聞いていないのか?」
昨日まで入院生活(本当は今も入院期間のはずだが)だったアキヒロはカグヤ達が雇われた時にいなかったから、存在すらまだ知らないかもしれない。それを差し引いても酷い誤解だ。
「話には聞いていた。頭目が若いともね」
「ああ、なるほど。こんなに若いとは知らなかったわけか」
それでも先程の俺に対する冤罪の言葉にはきちんと謝ってもらいたいものだ。
何だよ、少女渇望って。ロリコンの日本語訳を勝手に増やすな。
「いや、子供だと聞かされているよ。先程のは私なりのジョークだ。君が懐かれているのは知らなかったが…………そんなめんどくさい奴に会った時のような顔をするな。めんどくさい」
今までこれほどの『お前が言うな』発言は聞いたことがない。
俺を一通りからかって満足したのか、アキヒロはさっきと比べて若干警戒を解いている女の子の方に向き直る。
「さて、話を戻そう。…………名前はあるかな?」
アキヒロが女の子に妙な言い回しで名前を問う。その言い方に疑問を思いつつ、俺は女の子の名前をまだ知らないことに遅まきながらに気づいた。
「…………インフェクト。それがわたしの名前です」
「……そうか。では、インフェクト。今君が置かれている状況について私は理解している。しかし私は実験について知ってはいるが関わっていない。もしよければ、君の手助けをしたい」
カグヤがいつのまにかこちらに来て俺のズボンを掴む。二人が何の話をしているのか俺に尋ねにきたのだろう。しかし、俺はそれに回答する術を持っていない。
その代わりにカグヤの頭をそっと撫でて、安心させようと試みる。
アキヒロとインフェクトはいくつかのやりとりがあった後に、お互い納得いったように頷く。
「……はい、そういう約束ならわたしはあなたに従います」
「そうか。ならよろしく頼むよ。カケル、この子は私が引き取ろう」
「……はい?」
「それと、その子を紅月の民に返したら電話をくれたまえ。ニートな君に仕事をやろう」
アキヒロはカグヤを指差して一方的にそう告げる。そして白衣を翻し、リビングを出る。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
アキヒロの背中は俺の制止を聞かずにドアの方へと消えてしまった。
相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。そういう意味では絶海さんと同じタイプだろう。
「ええと、わたしも行きます。短い間でしたが、お世話になりました。カグヤちゃん、また遊びましょうね」
インフェクトが笑顔で手を振るのを見て、カグヤは嬉しそうに手を振り返す。別れを惜しむと思っていたのだが、きっとまた遊ぼうと言う言葉がそれを勝るほど嬉しかったのだろう。
インフェクトはそのままアキヒロの後を追った。
「今度いつ来るかな!?」
俺の腕の中でカグヤがもぞもぞと身体を動かす。今から楽しみで仕方ないみたいだ。
カグヤには申し訳ないが、これについても俺の知るところではない。
「いい子にしていたらじゃないかな」
親が子供に言う言葉ベストテンには入ると予想される言葉ではぐらかす。何か褒美を得る条件として良く使用される言葉だ。サンタさんはいい子にしていたら来るとかいい子にしていたら何か買ってくれるとか。実際、その褒美があるかは各々の家庭の都合次第。ちなみに俺の家庭で褒美のドロップ率は五分五分だった。
「じゃあ、かぐやいい子で待ってる!」
カグヤは行進のように手と足をしっかりあげながらウサギのぬいぐるみのところまで移動している。『いい子にする』と言う言葉を実行しているみたいだ。
何の根拠もない言葉を素直に信じているようだ。しかし、嬉しいと同時に嘘をついたような罪悪感がある。
あとでアキヒロに会う予定にされたし、その時にインフェクトに近々家に遊びに来るように誘ってみるか。
俺はそう考えながら、昼下がりをカグヤとのんびり過ごした。




