06 その聖騎士、現れる
研究所からの脱出は簡単だった。なぜならプレアの三つ目の願いに脱出も含まれていたらしく、脱出しようと考えたらいつの間にか外だったからだ。相変わらず雑な叶え方だった。
「さて、これからどうする?」
「…………」
セレアは俺の言葉にはまるで反応せず、ひたすら何かを考えているようだ。森の静けさが更に静まり返った空気を強調する。
「とりあえず、屋敷に戻ろうか」
セレアは何も言わなかったが俺が歩き出すと後ろから付いてくる。俺たちはきた道を辿り、屋敷に戻ることにした。その間もセレアは思案顔だ。研究所にいた二人と関係があることくらいは俺にもわかる。しかし、具体的なことは全くわからない。
セレアも話す気はないみたいだし、こちらから聞いても無駄だろう。
俺はそこで考えることをやめて、そこら辺に生えている草木を見る。日本にいた時に見たことあるものからないものまで、様々な植物達が山の色を作っていた。
「…………カケル」
「……な、何?」
セレアがやっと口を開いた。俺は内側から込み上げてくる嬉しさを堪えて答える。二回くらいがん無視されたら流石に堪える。
口を開いたセレアの声はどこか重く聞こえた。
「貴方は…………」
俺は彼女の言葉を待つ。しかし、彼女の言葉は続かなかった。
「君達こんなところで何をしているのかな?」
後ろから謎の声がセレアの言葉を遮った。俺とセレアは後ろを素早く振り返り、声をかけてきた人物を見る。
その人物は騎士服を着た俺やセレアよりも少し年上の若い男だった。
顔はセレアと同じくらい整っている。騎士服の左胸辺りの勲章から下っ端ではない事が俺にもわかった。
セレアは騎士の顔を見てフードを更に深くかぶり、いつの間にか俺の後ろに隠れている。
迷わず俺を盾にしますか。俺を盾代わりにした所で防御力が上がるとは思えないが。
「ここは君らも知っていると思うけど、国王の所有地だ。確認のため、ここに入る際に提示した許可証を見せてくれるかい?」
騎士は相手に警戒させないような笑みを浮かべる。しかし、その裏には俺たちへの疑いの念が潜んでいるのだろう。
俺は手に汗をかきながら、セレアの方を向く。
「ここって王様の山なの?」
「……一応そうよ」
「知らない人がいたとは……」
セレアが俺の質問に短く俺にしか聞こえないくらいの声で答えて、騎士が驚いた表情を浮かべる。
この山が王様のものってことは俺が住んでいる屋敷はどうなるんだ。一応自分のものだとセレアは言ったが王様からあそこだけ買い取ったのだろうか。
「と、とにかくその様子では許可証を持っていないみたいだね。どっから侵入したのか詳しく聞かせてもらうよ。嫌だというならあまり気は進まないが、実力行使でいかせてもらう」
どっから侵入したも何も、セレアの後をついて行っただけなので憶えていないし、知るわけがない。かと言ってセレアを差し出して逃げるわけにもいかない。
となれば、この状況から抜け出す方法はただ一つ、強行突破だ。
幸いな事にあちらも戦る気なので好都合だ。強そうだが、真面目に戦わなくても隙をついて逃げればいい。
「わかった。受けて立とう」
「ちょっ、何言ってるのよ!」
後ろから袖を引っ張り、小声で俺を止めようとするセレアに心配かけないように笑いかける。
タブレットをライトソードに入れてある程度の魔力を込める。
ライトソードが起動し、光の剣が形成された事を確認してから構える。
「ライトソードを持っていたのか。それは普通では手に入らないはずだ。ますます話を聞く必要があるね」
あちらもライトソードを起動して、こちらの動きを注視する。
セレアとの特訓でそれなりに上達している。勝てなくても隙さえつければ……。
お互いに数秒間の沈黙を保った後、
「はっ!」
俺から剣を縦に振り仕掛ける。しかし、若い騎士は横に避けて俺の攻撃をあっさりと剣で受け流す。
「なっ……!」
さらに、振り切った状態の俺の両腕と両足に素早い動きで光の刃を叩き込む。
「ぐうっ…………!」
俺は両手両足からくる激しい痺れに堪らずライトソードを落とし、それを追うように俺は地面に倒れこんだ。瞬殺されてしまった事に僅かながらにも動揺する。
油断もなかったし、動きも今できる範囲では完璧だった。
だからこうも簡単に倒されるとはさすがに想定していなかった。
「悪いね。これも仕事なんだ。さて、君はどうする? できれば、女性とは戦いたくないんだけど」
「その必要はないわ。それにしてもさすが聖騎士様ね」
「僕の事を知っているのかい? それにその声どこかで……」
「知らない方がおかしいでしょう。若くして世界で七人しかいない聖騎士に選ばれ、『閃雷』の名を与えられた人、ライザー・ロード・アザレッド。そんな人と闘うなんて無謀よ」
俺が激痛に耐えつつ、美形二人の会話を聞いて驚愕する。
だからこの騎士はあんなに強かったのか。というか、知っていたのなら戦う前にそういうことは教えて欲しい。
知らない方がおかしいとか、遠回しに馬鹿にされていることもだけど色々突っ込みたいことがあるが今は激痛のため喋ることもできない。
「ここは見逃してもらえないかしら?」
「何の権利が貴女にあると……貴女まさか……!」
ライザーは目に見えて動揺している。彼は数歩後ろに下がり、セレアの見えない顔を注視する。
「さすがはライザーね」
セレアは今で目深にかぶっていたフードをとり、その紅髮が日の光に照らされる。すると、聖騎士はなぜか驚いた表情になった。
紅い髪がそんなに珍しいのだろうか。
「やはり、貴方は……」
「ライザー、私の話を聞いて」
ライザーと呼ばれた聖騎士の言葉を遮る形でセレアは告げた。ライザーがその言葉に従って黙ると、セレアは再び口を開く。
「……ロウが…………アキ……さんも……」
「……ました。…………そのように……」
だんだん激痛に耐えられなくなった俺の意識が遠のいていく。
何の話をしているんだ。
二人はどういう関係なんだ。
もう少し、もう少し耐えるんだ。
必死に意識を繋ぎ、一部の会話だけなんとか聞き取ることができた。
「では、僕はこれで失礼します。この件については僕の方からも調べておきます。それと、ここら辺に機械兵の試作品が一体放たれておりますのでお帰りの際はお気をつけてください」
「大丈夫よ。そこでノビている彼と一回倒したから」
「ははは、それは頼もしい。ところで彼は何者ですか?」
「『女神の加護者』よ。この間知り合ったの」
「嗚呼、道理でここが国王の所有地の事を知らなかったりとその……常識がなかったのですね」
「それも彼には言わないでね。常識がないこと意外と気にしているから」
余計なお世話だ。
ライザーの言葉を聞き終え、俺は完全に意識を失った。
***
「あ、起きた?」
俺はセレアの声が朧げながらに聞こえ、意識が戻る。
目を開けると世界が横に倒れていた。いや、俺が倒れているのかと理解するまでに二秒使う。頭がまだ覚醒していないみたいだ。
俺は重たく感じる体をどうにか動かし、上半身を起こす。セレアは隣に座っていた。そして、例の騎士の姿はなかった。
「あの騎士の姿はどっかに行ったのか?」
「ええ、私達のことは見逃してくれるそうよ」
「そうか」
できれば二度と会いたくない。
短時間で軽くトラウマとなった聖騎士の事を思い出し身震いしている俺をセレア見つめている。
「どうした、俺の顔に何か付いているか?」
「カケル、貴方は戦ってほしいと言われたらどうする?」
俺の言葉を流してセレアは唐突に質問してきた。
なんだかさっきから無視されている気がする。反抗期の子供と母親かよ。その場合折れるのは母親だと相場で決まっている。
「時と場合によるな。もし失敗しても俺の責任が限りなくゼロに近かったら戦う」
「そう……そうよね。カケルらしいわ…………」
どこか穏やかな口調でセレアは言う。
…………突っ込んで欲しかったんだが。しかし、彼女はそんな気分でもないようだ。
セレアは何か吹っ切れたように微笑み、俺の前を歩き始めた。俺はその後を追う。今の会話の意味を聞きたかったが、聞けるような雰囲気ではなかったし、彼女が言いたくないのならそれでいいと思った。
来るもの拒まず去る者追わず。それが一番だ。深く関わるとろくな事がない。なのに、なぜ彼女が何も言わないことに心がざわついているのだろうか。