04 その少年、生活する
異世界生活二日目。
「もっと引きつけて!」
「……っと!」
バチッ! という静電気のような音が屋敷の庭に広がる。
俺は屋敷の庭でセレアと早速始まった剣の稽古をしていた。屋敷の庭はそれなりに広いので、稽古場にちょうどいい。
初めはライトソードは魔力を扱えないと使えないので不安だったが、何故か魔力自体は普通に出せた。まだまだコントロールは難しいところではあるが。
「受け流しはもう少し引きつけた方がいいわよ。少し、休憩しましょう」
「はぁ、疲れた……」
普段、身体を動かしていなかった分のツケがここで回ってきた。部活とかに入っとけばよかった。
「そういえばセレアは何で剣の指導ができるんだ? 俺としてはありがたいけど」
「ふえ!?」
俺のふとした疑問に屋敷の木の影で休んでいたセレアは妙な声を上げる。
どうでもいいことだが、ふえ!? が可愛かったなぁ。
「ええと、……元々この国は剣と銃の技術が高かったから、今でも剣術を教える場所はたくさんあるのよ。子供に剣を習わせる親もいるくらいだし。だから、私が剣を使えるのは不自然じゃないわ」
何でそんなに言い訳口調なんだ。嘘下手か。
セレアが水を飲みに行くと言って屋敷に戻る。俺は木陰からその背中をぼんやりと眺めた。
異世界生活三日目。
「おいしい! 昨日も思ったけどカケル料理とっても上手なのね」
「ありがとう。……でもまさか、料理を作ることになるなんて」
セレアが食材を買ってきてくれたのでこの世界にきて以来初めて料理を作った。日本では両親共働きで夜遅くに帰ってくるのが殆どだったから必然的にご飯は兄が作っていた。父と兄が他界した後、当時、小学生だった俺は子供心ながらに自分も兄みたいに家事をして母の負担を減らそうと努力したものだ。今セレアに出している料理もその一つだ。
しかし異世界で料理するのは不安だったが、屋敷には日本の台所の主な電化製品はあるので作るのは簡単だった。セレア曰くどの家庭にも置いているらしい。アキヒロとか言う俺と同じ召喚者が造ったものとも言っていた。
セレアには昨日から稽古のお礼にご馳走している。
「カケルは料理人だったの?」
「いや、違うよ。親がいない時が多かったから自分で作っていただけだよ」
「へぇ、でも料理ってなんか楽しそうでいいよね。私料理したことないからちょっと羨ましいかな」
セレアは憧れの目で俺の作った料理を見て微笑む。
「よかったら教えようか? 料理」
「うん! よろしくね!」
セレアは目を輝かせて答えた。
異世界生活五日目。
「セレア、書斎から妙な地図が出てきたんだけど」
「地図?」
昨日セレアに料理を教えた後、書斎に篭ってこの世界の小説を読んでいたら、ページの間に古びた紙が挟まっていた。
その地図はある地点にばつ印がされてある。
「何かしら、これ。私にも分からないわ。この山の地図だと思うけど」
「行ってみないか? 面白そうだし。宝とかあるのもよ」
「宝があるかは分からないけど、少し興味があるわね」
「弁当も作っていくか」
「あ、私も手伝うよ。手軽なサンドウィッチがいいと思うわ」
こうして地図を頼りに、二人してピクニック気分でばつ印の場所に向かった。
***
あっという間に一週間が過ぎた。今、異世界生活八日目。
異世界の暮らしに慣れたかといえば、慣れた。正確にいえば慣れるまでもなかった。なぜならアキヒロとかいう俺と同じ異世界召喚者が大抵の家電製品を開発したみたいで元いた世界の生活とあまり変わらなかった。
魔法もないし、いよいよ日本にいた時と変わらない。剣が異世界に来たと実感できる唯一の救いだ。
あとは――
「この機械なんなのかしら。カケル、なにか知ってる?」
この紅髮の少女、セレアだけだ。今日も腰まで届きそうな長い紅髮をフードで隠している。
一週間の関係だが、彼女の素性が一向に分からない。だが、悪い人ではないことは確かなので多分大丈夫だろう。
俺、簡単に悪い女とかに引っかかりそうだな。簡単に手に取られて貢がされるだけ貢がされて、別れようと言われる未来が見える。
俺は悲しい自己分析を終えて、口を開く。
「知らないな。こいつ、屋敷の前をウロウロしてたから近づいたら急に襲ってきたんだよ。セレアの方こそなんか心当たりはないのか?」
今しがた俺は機械兵と戦闘を繰り広げていた。現在はセレアの一撃によって動かなくなっている。
ライトソードは斬った相手に怪我はさせない。斬った者を、人や機械であっても一時的に動けなくさせる効果がある。効果の有効時間は込めた魔力が多ければ多いほど長くなる。
セレアは機械兵の近くにしゃがんで、動かなくなったそれをじっくり観察する。
「ないわよ。とにかく調べてみましょう。何か手がかりがあるかもしれないし」
「そうだな。しかし、ホントよくできてるな、この機械兵」
俺は俺とセレアで機械兵を挟みこむような位置に移動する。違う場所から見た方が相手の見えないところも見えるだろう、という考えだ。
我ながら賢いと思う。
俺とセレアは機械兵の出所を探るための手がかりを探す。
機械兵は頭の下にすぐ胴体がきていて、右手がライトソード(今は刀身はない)以外は特に特徴がなかった。
「うーん。特に手がかりはないなぁ。……………………っ!」
「どうしたの? なにかあった?」
「べ、別に! 何にもないよ! 驚くほどにね!」
「そ、そう? 驚くようなことじゃないと思うけど……。何か見つけたら言ってね」
「う、うん」
何か見つけたというより、見えてしまった。今日、彼女は膝上のくらいのスカートだ。そして今、しゃがんだ姿勢にいる。
つまり、そんな格好の彼女の向かい側にいたためスカートの中が目に入ってしまった。セレアと向かいの位置に行こうとする数分前の俺を殴り飛ばしたい。
しかし、幸いと言っていいのか、彼女は気づいていない。
落ち着け、落ち着け俺。別に見ようと思って見たわけじゃない。そもそも一生懸命この機械兵の正体をつかもうとしている彼女に失礼だ。いや、パンツを見てもいい状況も限られているけど。
「どうしたの? 顔が赤いわよ」
「いや、本当に大丈夫だから気にしないで。それと……ええと……その姿勢を変えた方がいいと思うよ?」
「え?…………っ!」
俺の意を決して口にした言葉の意味がわかったらしく、慌ててスカートの裾をおさえて地面に座り込む。今度はセレアが顔を自分の髪のように真っ赤にして、涙目ながらにこちらを睨んでくる。
「ホント、あなたねぇ……!」
予想通りご立腹のようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。悪気はなかったんで……なんだこれ?」
俺は日本の文化である土下座を実行しようとして、動きが止まる。機械兵の腰あたりに模様がある。機械兵の腕をどかして確認するとマークみたいな模様が確かにあった。マークはアルファベットの『A』と『I』を重ねたような形だ。
「ちょっと待って。このマークなんだか分かるか?」
「そんなことで話を逸らせるわけ…………これは!」
一応、俺が示したマークをみてくれたみたいだ。
た、助かった……。
「このマークを知っているのか?」
「このマークはあなたと同じ『女神の加護者』であるアキヒロさんの商品マークよ。彼の研究所はここから近いし、念のため行ってみた方がいいわね」
セレアが真剣な表情で言い、俺はわずかに緊張する。
なんだかこの後一波乱起きそうだ。
異世界らしい冒険の予感に気分が高揚する俺にセレアが先程以上に真剣な表情を向ける。
「その前に、さっきの件まだ許したわけじゃないからね」
「…………はい」
この後セレアの小言が一時間続いた。