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召喚者達はその異世界で  作者: 八日園 啓地
第2章 祭り前の動乱
41/143

40 その祭り、始まる

***

 (……マジかよ。あいつ負けやがった)

 再び静けさを取り戻した森の広場にはカケルとシモンの他にもう一人いた。しかし、カケルは気づいていない。否、その姿が見えないのだ。

 その男は別に隠れているわけではない。カケルの後方の少し距離を空けた位置で二人の戦いを見ていた。

 小屋のあたりから、つまり最初から最後まで。シモンの希望通り、手を出さずに観戦してした。

 (まあ、あいつの負けが決まったわけだし、ここからは俺の自由だな)

 男は足音を立てずに、カケルに気づかれずに彼の背後へ近づく。

 二人の距離が僅か十数センチメートルになってもカケルは一向に気づかない。彼の背中からは疲労と終幕を物語っていた。

 (甘いな。その一瞬が――)

 男は能力を解除して、カケルにも視認できる状態に戻る。

 「命取りだ」

 「なっ…………っ!?」

 カケルは急に現れた気配に気づき、振り向く。

 しかし、それより先に男の両腕がカケルの首を絞め上げる。

 「……だ…………れ……だ……」

 カケルはその腕を必死に解こうとするが、男の腕はますます力を強める。それに対して、カケルの抵抗する力は徐々に弱まっていく。

 ついに絞め技はカケルの意識を刈り取り、彼の腕は力なく垂れ下がる。

 男はこのまま絞め殺すかどうか考える。その間もカケルの首をきつく締めていた。

 「……ま、今日の目的は他にあるし、やめとくか」

 男は素早く考えた後、カケルの首から無造作に腕を放す。彼の体は重力に従って地面に倒れこみ、動かない。

 男はカケルには目もくれず、近くで倒れているシモンの方へ進む。

 そして、シモンを担ぎ上げた――

 「そこで何をしている?」

 その時、突然の来訪者が現れて男は声の方向を向いて構える。

 鬱蒼(うっそう)とした森から現れたのはアルバーレ大陸騎士団総本部団長、ローグ・ド・バイリンだった。

 九割近く夜空になっている中でも輝いて見えそうな銀色の鎧に身を纏い、長い、年相応の白髪を後ろで束ねたこの男こそが、全リグルート族の騎士団の中でトップに立つ騎士だ。

 右手にはライトソード……ではなく、両刃剣を持っていた。

 「……おいおい、物騒な物を持ち歩くなよ。俺はたまたまここに居合わせただけだぜ」

 男はシモンを地面に下ろし、両手を挙げる。

 「リグルートは廃刀廃銃令が出されていたんじゃないのかよ」

 「基本的にはそうだが、各部の団長と聖騎士は特例で所持してもいいことになっている。後で山のような報告書が待っているからあまり使いたがらない人が多いだけだよ」

 それはいいとして、とローグは続ける。

 その時に男の近くで倒れているシモンとカケルを一瞥する。

 「どうやらただ事ではないようだね。君の仕業かい?」

 「違うって言っているだろ。これは俺じゃねぇよ」

 「これは、か……」

 ローグは『これは』の部分をわざとらしく強調した男に嘲笑の笑みを向ける。

 ローグのつぶやきにも似た発言に男は口角を上げ、意味深な笑いで返す。

 「いずれにせよ、君には私とご同行願おう」

 「いやだ、と言ったら?」

 「気になるなら試しに言ってみるといい」

 ローグは男の挑発をさらりと流し、両刃剣をかまえる。

 男はローブの中からシモンが使っていたのとは別のブレイカーウェポンを取り出す。

 「それは……」

 ローグは男が持っている武器を見て、目を細める。

 「なんだ? これを見たことがあるのか?」

 「……なんで君がそれを持っている?」

 ローグは決していつもの穏やかな表情は崩していないが、顔には僅かな憂慮(ゆうりょ)が現れていた。

 男はただ楽しそうにブレイカーウェポンを振って挑発する。

 「それは秘密だ。だが、これが何なのか分かるなら、こうしたらどうなるかも分かるよな?」

 「っ……!!」

 男はシモンにブレイカーウェポンを突き立て、魔力を込める。ブレイカーウェポンは禍々しい色の光を放ち、一気に振り下ろされた。

 「…………あの距離を一気に詰めるか。流石だな」

 シモンとブレイカーウェポンの距離が僅か数センチ。

 そしてローグの剣が男の喉に届くまで後数ミリ、まさに首の皮一枚分の距離で止まっていた。

 「こいつは騎士団の統率を乱したんだぜ? 騎士団長様が庇う程の高い立場というわけでもない。むしろ当然の報いだとは思わないのか?」

 「処分はきちんと下す。だが、部外者の君にそれを任せる事こそが騎士団の結束が瓦解を意味する」

 「真面目だな。……そろそろお開きだ。これでもかなり忙しい身でね……」

 「…………っ!?」

 ローグが瞬きした刹那の時間に彼の視界から男が外れたように見えた。ローグは辺りを見るも、それらしい人影はない。

 しかし、男は剣を突きつけられた場所から数歩分下がった場所に移動しただけだった。

 男は自分の姿を見られたので口封じをする事も考えたが、相手が一種族の騎士団長となれば一筋縄ではいかないと、断念する。

 「じゃあな、機会があればまた会おう。ああ、それと俺たちのことは他言無用で頼みたい」

 「断る、と言ったら?」

 男はローグの視線を確認しながら、シモンを回収する。これで、ローグの目にはシモンがいつの間にはシモンも消えていたように見えるはずだ。

 「気になるなら試しに言ってみるんだな。一つ警告しておくと、こいつ、シモンのような伏兵がこちらには何人もいる」

 「………………」

 シモンの他にも男の仲間が大陸内にも国内にもいる。男は、自分達のことを露見させたのならばその兵士等をもって蹂躙してやる、と脅す。

 ローグの無言の、そして屈辱の同意を表すように首を縦に振る。男はそれを見て満足したような笑みを浮かべて、森の奥に姿を消した。

 こうして彼の、彼らの行方は誰も分からなくなってしまった。



 ローグは剣を収め、カケルに近づく。見たところ大きな怪我はしていないが、服の破け方や汚れ方から激しい戦闘だったことを想起させる。

 「「カケル!」」

 後方から声が重なって聞こえてくる。声は二つだったが、足音はそれ以上であることをローグはしっかりと確認していた。

 足音の主達はハリサキ、ライザー、セレアだった。

 ハリサキとセレアはカケルに寄り添い、心配そうに見つめる。

 「すぐに病院の手配をします」

 「そうしてくれ」

 ライザーも後から付いてきて、ローグに耳打ちをする。そしてカケルの容体が気になったのか、ちらりと彼を一瞥して、駆け足で森へと姿を消す。

 「ハリサキ君、ここは任せたよ。私は先に戻って今回の事後処理をするから、後で何があったのか詳しく聞かせてもらえるかな?」

 今回の事件の書類はもちろん、抜刀した始末書を書かなければいけない。

 (さて、どうしたものか……)

 「……はい、分かりました」

 あの男について書くべきかローグが悩んでいる最中に、ハリサキは立ち上がって答える。

 「うん、じゃあ後はよろしく頼む」

 それを聞いて、ローグも森へと姿を消す。しかし、ライザーと同じように城の方向へは向かわず、例の男がどこにいるか確認するように少し遠回りをしていった。

 しかし、怪しい気配には出会わずに森を抜けてしまい、最後の足掻(あが)きで行った例の男の追跡は失敗という形で終わった。



 (シモンの姿が見えないわね)

 ハリサキは辺りを見るが、シモンはどこにもいない。一番先に来たローグは誰も連行していなかったことから逃げたという可能性が大きい。

 また今回のようなことが――。

 「ミラのん……」

 ハリサキはセレアと取り残された夜の森で、思考の渦から脱出する。

 下を向くと、セレアが心配そうにこちらを見上げていた。今回の事件でハリサキの身に起こったことや、これからのことを心配してくれているのだろう。

 「大丈夫、心配ないわ」

 ハリサキはセレアに優しく微笑みかける。

 そうよ、心配ないわ。だって昔と今が違うように、今と未来も違っているはずだから――。

 自分の胸の中でそんなことを何回も刻みつけ、自分を奮い立たせる。いつまでも引きずっていてはいけない。

 前に進むんだ。三年前から今へ。今から未来へ。

 そんなハリサキの表情を見て、セレアは安堵の笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと立ち上がり、ハリサキの顔を覗き込むように見つめる。

 「……なんか、ミラのん変わったね」 

 「そうかしら? 自分じゃ分からないけれど……」

 「私もよく分からないけど、今までとは違う感じがする」

 「そう……だったらそれは変わったんじゃないと思うわ」

 きっと、それは変えられたのだ。事件に巻き込まれたにもかかわらず、彼女のために戦ってくれて、彼女のために勇気を与えてくれて、彼女のために決着をつけた彼によって。

 「うーん、そうかなぁ。変わったと思うけど。何か心配事や悩みが解決したような感じがする。私も最近、似たような体験をしたから……」

 二人の視線は自然と、まだ覚醒せずに地面に倒れている彼に集まる。

 輝いている月の優しい白い光で三人を照らし、静かに一日の終わりを告げていた。




***

 意識が覚醒して目を開けると、そこは病院だった……のは昨日の話。シモンとの戦いから二日後の朝、俺はいつも通り屋敷で太陽の光を迎えていた。

 あの後、事情聴取があったが、ハリサキからほとんど聞いているらしく、俺の話は数分で済んだ。

 そして、祭りはアルバーレ大陸全土で五日間行われるが、アルバーレ王国のエスバルだけは最終日のみの開催となった。とても残念ではあるが、開催はできるようなので一安心というところだ。

 他にもディアボロス族の代表は予定してした訪問自体を中止することになった。これはあちらの都合らしい。何であれ、事件のせいで歓迎ムードが作れそうになかったのでセレアが安堵したため息をこぼしていた。

 最後に、シモンとアロメさんだ。シモンは行方不明、アロメさんは孫の責任を取る形で辞職した。息子の田舎にある別荘を貸して貰って、そこでひっそりと暮らすらしい。

 以上がセレアやハリサキ、ローグさんそしてライザーから聞いた今回の後日談だ。細かい部分は省略しているが、大体こんな感じだった。

 全部、俺が寝ていた時に決まったらしい。何か酷く疎外感を覚えるのは気のせいであってもらいたい。

 俺は何か手伝えることがないか、身支度を済ませてエスバルの街をうろつく。そんな傍から見たら冷やかしとも受け取られかねない俺の肩を軽く叩いてくる者がいた。

 「おはよう、カケル。調子どう?」

 「まずまずだ。おはよう、ハリサキ」

 俺はその人物、針崎みらのに応える。彼女の速度に合わせ、横について歩く

 「祭りの準備、順調そうだな」

 「ええ、私もこの街で最後の大仕事だから頑張らないといけないわ」

 静かにやる気を見せるハリサキに俺は疑問を覚える。

 「いや、そんなことないだろ。騎士なんだから、当日の近辺見回りくらい……」

 「あれ? 私、言ってなかったかしら」

 「何を?」

 ハリサキの言葉にますます混乱して来る。が、それはハリサキの次の一言で俺の中の疑問は一気に解消した。

 「私、田舎の方に転勤になったの。祭りまではここにいるけどね。当然、銃撃隊の隊長も辞めるわ」

 「…………え?」

 いや、一気に解消し過ぎて俺の頭の中が真っ白になった。しかし、徐々に彼女の言葉の意味を理解し、硬直していた思考も融解していく。

 「な、ななな何で!? せっかく王都で騎士やっていて出世街道真っしぐらなのに! すぐに取り消したほうがいいよ!」

 俺の必死の説得をハリサキはどこの吹く風とばかりに受け流す――

 「……たった数週間で退団した人に言われたくないわね」

 ことはせずにむしろ逆流を作って、俺のところに返してきた。

 ちらりと俺を見るハリサキの目には皮肉を帯びた冷たさがあり、俺は彼女の目がまともに見れずにふいっと視線を外す。

 そう、俺は昨日をもって騎士団を抜けた。理由はシモンの件もあるし、俺がいるとどうしても一部の空気が悪くなり、騎士団に影響を及ぼしかねないからだ。

 辞職すると伝えた時、ローグさんの申し訳なさそうな顔をしたのでとても胸が痛かったが、何とか彼の承認が貰えた。

 次いでセレアの小言も別の意味で胸が痛かったが、渋々承認してくれた。

 と言うわけで今無職です。

 「そ、それよりも! 俺まだこの祭りの名前知らないんだが、名前とかあるのか?」

 俺はこれ以上の追跡から逃れるため、別の話題を振る。ハリサキはまだ何か言いたそうな目でこちらを見ていたが、諦めたように吐息を溢す。

 「……祭りの名前はマナ祭。お金の単位と同じ、絶対神法書(シガンマナ)からとったものよ」

 「マナ祭ねぇ……」

 ぼんやりとハリサキから聞いた祭りの名前を呟く。

 この世の絶対不変の理。そのはずなのに、ハリサキの父を殺し、俺を殺すことができる人物がいる。そいつが同一人物かどうかはわからない。

 シモンの行方の先にその人物がいるのだろうか。だとしたら再びシモンが襲撃してくることがある、と昨日ローグさんに伝えたところ、しばらくの間はそんな事はない、と言われてしまった。

 彼も何か知っているみたいだが、確信がないのか口には出していなかった。その内、話してくれるだろう。

 「……ケル、カケル! カケルってば!」

 「あっ、ごめん。何?」

 ハリサキに呼ばれ、今までの思考を頭の隅に追いやる。

 「どうしたのよ? 急に黙り込んで」

 「ああ……あれだ。……祭りが成功するといいなぁと思ってた」

 ハリサキは俺の咄嗟に出た言い訳に疑いの目を向けてくるが、やがて進行方向を向く。

 「それには同意できるわ。実際、貴方が何を考えていたのかは知らないけどね」

 「はははは……」

 若干の追撃はされたが、ハリサキはいたずらっぽい笑みを浮かべ、そこで終わってくれた。別に隠さなくてもいいのだが、ローグさん同様 (たぶん)確信が持てるまで広めない方が得策だろう。言えば、余計な混乱を招いてしまう恐れがある。

 何はともあれ、せっかくの祭りだ。楽しんでいきたい。

 天気も事件を境に晴れが続いている。祭り当日までは続くだろう。

 あちこちで祭りの準備をする音や声が行き交う。俺たちはどこか弾んで聞こえる音や声の中を歩く。

 「楽しみだな、マナ祭」

 「ええ、きっと楽しいはずよ」

 ハリサキは静かに告げる。そんなやり取りもどこか楽しく感じられた。

 祭りの足音はすぐそこまで来ている。

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