03 その紅髪少女、教授する
「セレア、案内してもらっといてなんだけど、ほんとにこの道でいいのか?」
「ええ、もちろんよ」
「だけどここ……」
山の中ですよ、と言おうとしたが、本人が大丈夫と言っているのでとりあえずなにも言わずにセレアの後を歩く。
そう、今俺たちは山の中にいる。といっても、獣道しか道がないような野生的な山ではない。人によって整備されているのか、今歩いている道はとてもきれいで道の両端には木々が道に沿って並んでいる。
山は一般的な山よりも傾斜が緩やかだから、体力に自信のない俺でも苦ではない。
セレアの言う通り、動きやすいジャージに着替えて良かった。まあ、彼女からは変な服扱いされたが。
一応、騎士団の制服もどこかで使えるかもしれないので持っている。
そもそもなんで山の中にいるかというと、セレアが住む場所を紹介してくれるというのでその好意に甘えさせてもらって今に至る。
当の本人はなにを考えているのか再びダークレッドのフードをかぶり直しているため、今は綺麗な紅髮は姿を隠している。
山に来るまでにある程度会話しているので大分セレアとの話も変に緊張しなくなった。俺の唯一の取り柄である順応性が高いこと(状況に流されやすいこと)がここで発揮された、ということである。
「なあ、さっきのプレアとかシギンマナとかなんのことだ? あと、『女神の加護者』についても教えてくれよ」
「…………えっ、ああうんいいわよ。じゃあまずは……絶対神法書からした方がいいわね」
俺の呼びかけに対して間を空けて返事をするセレア。本当に考え事でもしていたのだろうか。
「大昔に七つの全種族間の戦争があったの。それを嘆いた神様が己の身と引き換えに創った世界の七つの絶対ルール、それが絶対神法書と言われているわ」
「じゃあ、今は神様はいないのか」
「昔は全種族を統べる一族だったけど、今は一人、いえ一神もいないでしょうね」
「ふうん。で、その七つのルールの内容は何なんだ?」
セレアが説明してくれた絶対神法書の内容はこうだった。
一つ、異種族間の武力による争いを禁じる。
二つ、術式魔法から詠唱魔法、攻撃魔法から日常的に使用されている簡易魔法までの全ての魔法の使用を禁じる。
三つ、他種族が所有する大陸における侵略、支配を禁じる。
四つ、全種族は神に選ばれし七つの種族の中で最弱な種族の姿形を基本形態とすること。また、言語や体の大きさもこれに準じる。
五つ、絶対神法書への接触、破壊行為を禁じる。
六つ、『女神の加護者』は五つのプレアを使用することができる。プレアは絶対神法書、各種族の決まりに抵触しない全ての願いを叶える事ができる。
七つ、『女神の加護者』はこの世界で生まれた全ての生物に殺されることはない。
これが世界の共通にして絶対のルールだそうだ。
「最も最弱だった種族ってどこなんだ?」
「……私達人間の種族、リグルートよ。だから、他の種族は人間の姿にされたの」
ということは、異世界名物のケモ耳やエルフもいるけど、人間の姿というわけか。
もっと聞きたいがセレアの声が心なしか暗くなっているのでこの話はやめておこう。
と俺は思ったのだが、セレアはまだその話を続ける。
「で、でも今ではどの国とも比較的友好関係を築けているのよ」
「そうなのか。じゃあ、今はこの国は大丈夫なんだな」
「え? ……ええと今この国は最近国民のデモが過激化しているから少し危ない状況かしら。特殊な服しか持っていない貴方は出歩かない方がいいと思うわ」
神様にまで最弱って言われたり、デモが過激化したり、いろんな意味で大丈夫かこの国。
「デモって大丈夫なのか?」
「……先代国王が悪政を敷いたことでの反乱だから……時期収まると思うわ」
セレアは苦虫を噛み潰したような口調で言う。
自分の国の反乱を説明するのはあまり気分の良いことではないのだろう。
「そうか。ところでさっき俺のことを確か『女神の加護者』って言っていたがどういう意味なんだ?」
「あなたみたいに女神の加護を受けている人たちがこの世界にいるの。その人たちのことを『女神の加護者』っていうの。その人たちにはプレアという望めばなんでも叶える力が五回使えるんだけど、あなたはすでに二回使っているようね」
右手の甲にある『3』と書かれた数字はどうやら残りの使用回数らしい。
使った二回の内容はおそらく言語理解と衣服調達だろう。……なんか勿体無い使い方をしている気がする。これからは考えて使おう。
そう俺が決心していると、セレアは何かを思い出したかのようにこちらを向く。
「そういえばあなたライトソード持っていたわよね」
「ライトソード?」
聞き覚えのない言葉におうむ返しをする。
セレアがそれよ、と示したのは、俺の腰に挿してある十五センチくらいの鉄の棒だ。騎士団の制服と一緒にプレアによってでてきたものである。ライトソードという名前らしいが光も剣の要素もない。
「ライトソードっていうのかこれ。だけど刃がないぞ」
「それは中にタブレットを入れて魔力を注ぐと光の刀身が出てくるわよ。興味があるなら教えようか? こう見えて多少は心得があるから」
「ああそれはありがたいが、マリョクってあの魔法に使う魔力のことか? 魔法はなくなっているはずだよな」
「魔法がなくなっても人の中にある魔力や大気中にある魔力の源は無くならないわ。絶対神法書には魔法を禁止にするって記されているけど魔力そのものには触れられていないの」
この世界の法にも抜け道が存在するようだ。
神様が作ったのにそれはどうなんだろうと思わなくもない。
「……ん? 今タブレットって言ったか?」
「ええ、これのことよ。今ではこの国で持ってない人は珍しいくらいよ」
セレアが取り出したのは路地裏でピーピー鳴っていた小さな液晶端末だ。なんでそんなものがあるのかは後で聞こうと思って、忘れていた。
「スマホじゃないのか?」
「いえ、製作者がタブレットと言ったらしいわ。そのす、スマホ? というのではないわよ」
「それって誰が作ったんだ?」
「イケダアキヒロっていうあなたと同じ『女神の加護者』の人よ。他にも様々な魔力を使う便利家具を作って、今は国の直属の研究開発部の署長をしているわ」
そいつ俺と同じ召喚者あるいは転生者ってパターンだろう。恐らく『女神の加護者』は召喚者、転生者とみて間違いないはずだ。スマホもといタブレットを作った人物はこの国でそれなりの地位を築いているらしい。
この液晶端末をスマホと命名しなかったのが気になるところだが。
「私は『女神の加護者』が発する特殊な魔力に反応する機能を付けているから貴方が『女神の加護者』だってわかったの。たぶん、カケルのライトソードの中にタブレットが入っているわよ。プレアを使用して出てきたから単体のはずはないと思う」
「そうか。……あれ? 俺、プレアを何に使ったか言ってないのになんで知ってるんだ?」
俺の言葉に隣の少女はピタリと歩く足を止めた。俺も不思議に思い足を止める。そして、セレアはこちらを振り返る。
その動作に思わず俺も足を止める。
「あのねぇ、騎士の服なんて普通販売されてないんだからプレアを使ったって考えるでしょ。ていうか、なんで騎士の服なのよ! 街中だと目立つし下手したら騎士偽証罪で捕まるわよ! わかったらそれは二度ときないことね。騎士団に入団するなら別だけど」
「いや、入団する気もないし当てもないよ。そもそも好きでこれにしたんじゃないんだけどなぁ」
限りある能力を使ったのだからランダムに出てくるとしても、もう少しまともなのがあったはずではないだろうか。
というか、そこまで怒らなくてもいいんじゃないか。
セレアは何か思考を追い出すように首を軽く降るという奇妙な動作の後、歩調を早める。当然、俺もそれを追う。
それから暫く歩くと線引きされているみたいに、周りが木で囲まれている風景が途切る。
「ほら、ついたわよ」
話をしているうちに目的地についたみたいだ。そこは日本の普通の一軒家よりも数倍は広い、大きな屋敷がだった。しばらく使われてないのか、庭のところどころに雑草が伸びている。こう言うのも申し訳ないが軽く廃墟化している。
「ここ勝手に使って大丈夫なのか? いろんな意味で」
「大丈夫よ」
「何でそんなにも自信たっぷりに断言できるんだよ……」
「だってここ私の家の所有物だもの」
何でもないかのようにセレアは言う。
………………え? マジすか。
「セレア……さんは貴族なの……ですか?」
「今更敬語を使わなかでもいいわよ。こっちも恥ずかしいし。それに貴族ではない……かな」
ほんのりと頰を赤らめて恥ずかしがるセレアは意味深なことを口にする。よく見ると服とかも街で見た人達よりも高級な感じだし、上流階級なのは明らかだろう。本人は否定したが、貴族の可能性もある。
「なに? じろじろ見て」
「い、いや、ごめん!」
俺の不躾な視線に居心地悪くしているセレアに慌てて謝る。少し見過ぎだようだ。
「それなら早く中に入るわよ。少し掃除する必要があるみたいだし」
「まじか。ううっ面倒くさい」
ほのぼのとした会話をしながら、俺たちは屋敷の門をくぐった。
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