38 その終焉、いつかは
「殺された?」
俺はハリサキの言葉に驚きに打たれる。
「ええ、そうよ」
ハリサキはただ機械的に告げる。まるで込み上げてくる感情を押し殺しているようだった。
「……そんなわけないだろ。だって『女神の加護者』は」
何者にも殺されることはない。
何度も言うようだが、それが遥か昔に、今はなき神が定めた絶対不変のルールだ。
「だけど父さんは殺された。それは変わらない」
ハリサキは俯いているためその顔がどんな表情をしているのかわからない。
「…………それでも戦わないといけない。戦わなければ、永遠に終わらないよ」
俺はハリサキを宥めるように言う。
何もしなければ、何も終わることはない。行動に移して始めて終わりが見えてくる。
「……っ! …………分かっているわよ」
ハリサキはか細く、何かを堪えるように呟いた。
「分かってるわよ、そんなこと! でも彼は、二年前の、あのときに、あの事件で、父さんを…………!」
ハリサキは何かを俺に伝えようとする。いや単なる独り言かもしれない。
どちらにせよ、外で倒れているシモンの痺れも解ける頃だ。時間はあまり残されていない。
「ハリサキ、時間がない。戦いたくないなら、戦わなくていい。ここに居てくれ」
「でも…………!」
ハリサキは尚も俺を引き留めようとする。
「過去の事に囚われて動けないよりは、未来の事を考えて動いた方がいいぞ」
「っ………………!」
俺の何気ない忠告にハリサキは体を強張らせて、顔の表情を固くする。
「……分かっているわよ。あなたに言われなくても…………。何も知らないくせに、父さんの事も、あの事件の事も、あの場にいなかったくせに、知ったような口聞かないでよ!」
ハリサキは勢いに任せて俺の胸ぐらを掴みにかかってきた。
ドダン! と大きな音を出して、俺はバランスを崩して仰向けにたおれる。
ハリサキも俺が倒れたので、重力に従って俺の上に倒れている。
しかし、彼女は俺の胸ぐらを掴んだその手は放していない。ぎゅっと強く握りしめた所に皺が寄せ合っていた。
「………………本当、何も知らないくせに」
ハリサキが俺の服に顔を埋めながら、消え入りそうな弱々しい声を上げる。
俺はかける言葉を探すが、見つからない。そもそもどこから探していいかも検討がつかない。
だから、俺は受け売りの言葉を選んだ。昔、よく聞かされた言葉だ。
「…………相手のことを完璧に知り尽くしている奴なんていない。人は常にあらゆる所から、あらゆる影響を受けて、物の見方や考え方が日々少しずつ更新されていくからだ。相手のことを完璧に知り尽くしていると言っている奴は欺瞞に過ぎない」
俺の言葉を聞いて、ハリサキは不思議そうに顔を上げる。
服を掴んでいる手が緩み、服には皺の跡が残っていた。
「俺の兄の言葉だ。中々的を得ていている割には捻くれているだろう」
俺は冗談めかしに肩をすくめてみせる。
「…………お兄さんいたんだ」
「……そうだな。いた、という表現が正しい」
俺の言葉の意味に気づき、ハリサキが気まずそうな顔をする。
「…………ごめんなさい」
「いいよ、別に。とっくに立ち直ってる」
ハリサキは上半身を起こし、力なく首を横に振る。
「それもだけど、私もあなたのこと何も知らなかったのに……」
「…………言ってなかったからな」
「……なにそれ」
ハリサキはふっと小さな笑みをこぼす。
小屋の中の未だにひんやりとしているが、どこか居心地がいい。
レンズ越しから潤んだ目が見える。しかし、その目に先ほどの頼りなさは感じない。まるで生気を取り戻したように暖かい心地がした。
「………………えーと、……そろそろ降りてもらっていいかな?」
「? ………………っ!!!」
ハリサキは俺の言葉を聞いて自分の状況を確認し、把握した瞬間に俺から凄い速さで距離をとる。
「……ごめんなさい」
顔を赤らめ髪をいじりながら、照れ臭そうにハリサキは言う。
……そんな態度とられると、こっちも気恥ずかしくなるからやめてもらいたいです。
「じゃ、じゃあ、俺は行くけど、ハリサキはここで待機していてくれ」
気まずさのせいで顔を背けながら、ハリサキに言う。
バチン! と後方から空気を割くような音がする。驚いて振り返ると、ハリサキが両手を頬に当てていた。
「私も行くわ」
ハリサキはそっと両手を頬から離し、俺を正面から見つめる。彼女の両頬は少し赤らんでいた。
「大丈夫なのか?」
「平気よ。うじうじしている場合じゃないわ」
それに、とハリサキは不敵な笑みを浮かべて続ける。
「ちょっと考えがあるの」
*
「――って作戦なんだけど、どうかしら?」
「ああ、いいと思うぞ」
俺はハリサキの提案に賛成し、立ち上がる。
「決まりね。……あなたにはきつい役目を負わせてしまうのが心苦しいのだけれど」
ハリサキが心配そうに、そして申し訳なさそうにこちらを見る。
「まぁなんとかなるだろ」
俺は適当に返事をして、扉の方に歩を進める。引き手に手をかける。
その瞬間、つい十数分前の事がフラッシュバックされる。体を射抜かれ、顔が抉られた、あの地獄のような戦闘が。
いつのまにか俺の手が震えていた。その時は痛いだけで恐怖は感じなかったのに、今になって改めて痛感する。
「……最後に一ついいかしら?」
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
ハリサキに返事をした俺の声は上擦っていた。俺は隣にいるハリサキの方を見る。
「あなた、私のこと同い年と思っているでしょ?」
「え? 違うのか?」
というか、何の話だ。
ハリサキは予想通りというような微かな笑みを見せた後、なぜか得意げに告げる。
「違うわよ。セレアから聞いたけど、あなた十六歳でしょ。私は十九歳よ。覚えておいてよね」
まじか。セレアがタメ語で話しているからてっきり同い年かと…………そういえばセレアってライザーにもタメ語じゃなかったけ?
年齢があまり離れてなければ、関係ないのかもしれない。恐らく王女の特権だろうけど。
因みに俺はセレアがライザーにタメ語で話していたからそれに流された形だ。流されるのは得意だからな。
それにしても、ハリサキが三つ上か……。
「全然知らなかったなぁ」
「言ってなかったからね」
ハリサキはどこかで、というかついさっき聞いたやり取りをして楽しそうに笑う。
「いやその会話パターンさっきやったし、別に繰り返す程いいところじゃないだろ」
「あら、どっかの誰さんは女の子が弱っているという重要な場面で使ったわよ? しかもお兄さんの言葉をそのまま引用していたようだしね」
ハリサキの指摘で俺の喉からうぐっと音がなるのを聞いて、ハリサキは可笑しそうに笑う。
俺にもっと対女子用慰めスキルがあれば……そこら辺のチョロインのハーレムができるな! やっぱり異世界といったらハーレムだな。
「まあ私はそれでもいいと思うわよ。…………嬉しかったし」
「それならまずは本屋で気の利く言葉とかの本を買って……」
「……カケル? 聞いてるの?」
「え? ああ、聞いてるよ。要は次慰める時は自分の言葉で伝えた方がいいってことだろう? 任せとけ。というか、まだ頬が赤いぞ。強く叩きすぎじゃないか?」
「…………全然聞いてなかったのね」
「いやだから聞いていたって」
「こういうの、難聴系主人公って言うのよね」
「なんで君が知ってるの!?」
「『女神の加護者』が書いた本に書いてあったわよ。あとお父さんも時々使っていたわ」
まさか異世界人から難聴系主人公という言葉を聞くとは……。
というか召喚者の人達はなんて言葉を広めてくれたのだろうか。あとから来るハーレム難聴系主人公になることを期待する少年達の夢が叶いにくくなるじゃないか! ただでさえ冒険とか魔法のファンタジーとかが一切ない世界なのに。
「まあどうでもいいや」
ハリサキが俺の言葉の意味が分からなかったのか、首を傾げる。
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
俺はそこであることに気づく。
震えはすでに止まっていた。
「……じゃあ行くか! ありがとな、ハリサキ」
「……ええ」
ハリサキの静かな声を残し、俺たちは外に出た。
扉を開けると、雨がいつのまにか上がっていた。雨雲は色を薄くしていき、ちらちらと逢魔が時の空がこちらを覗いている。
「雨、止んだようね」
ハリサキが空を見上げながら、独り言のように言う。
始まったら、その先には必ず終わりがある。
その過程がどれほど苦しくても、辛くても、逃げてしまいたくなっても、終わりが、それを乗り越えられる日が来る。
しかし、始めなければ、その対象に向き合わなければ、いつまでも終わることができない。いや、終わるという概念がそもそもそこにはない。
向き合い、受け止め、対処して初めて終わりを迎える事ができる。
「ゔっ……ぐ…………カ、ケ……ルゥゥ!」
少し離れた所で、シモンが苦しそうに、不自然なくらいゆっくり立ち上がる。ちょうど体の痺れが取れたみたいだ。
斜め後ろから深呼吸をしている吐息の音がきこえてくる。
「…………カケル、作戦通りよろしく。成功したら広場のケーキ奢ってよね」
ハリサキが軽口を叩き、森へと姿を消す。
俺は目を閉じ、彼女と同じように深呼吸をして自分の気持ちを落ち着かせる。
ハリサキの作戦は俺の行動次第でほとんどが決まる。成功するか、失敗して地獄を見るか、そんな瀬戸際だ。
ハリサキが過去に何があったかは知らないが、目を背けていたものに立ち向かうという意志があの笑顔にはあった。
シモンを見ても怯むことも恐れることもなく、すぐに作戦に移ってくれた。
これから時間をかけて、ゆっくりと過去を消化していくのだろう。その時間を奪われる訳にはいかない。
目を開けた時には覚悟も決意も決まっていた。
「さあ、第二ラウンドだ。行くぜ、シモン」
俺はライトソードとバーチャルバレットを起動し、不敵な笑みをシモンに向ける。
この戦いもいつからかは分からないが、気付いた時には始まっていた。
始まるということは、終わりがある。
たとえ、どんな形を迎えようとも。
だから、少しでも自分が願った通りの未来が来るために俺は、俺たちは闘う。
雨が止んだ後の空気は、俺たちの緊張を促すかのように冷たかった。




