36 その男、策を巡らす
***
ハリサキミラノは固く冷たい感触がして目を覚ます。
自分が石の床で寝ていることに気づき体を起こす。ハリサキは辺りを見渡す。どうやら小屋の中らしい。そんな中、彼女は人影を捉えた。シモン・ペイバーだ。
「やあハリサキさん。おはよう」
笑顔で挨拶してきたこの人物こそ、今の現状の原因だとハリサキは思い出し、身を固くする。
「……どういうつもり? こんなことして」
ハリサキは立ち上がろうとして初めて自分が両手両足を縛られていることに気づく。
ライフルケースは壁に立て掛けられて、奪われていた。
「大丈夫。ハリサキさんは何も心配しなくていい。全部僕に任せてよ。学生時代とは違うから」
「……いいから答えなさい」
眼鏡越しにシモンを睨むと、その顔から笑顔が引いていく。
「ハリサキさんがいけないんだよ。まだ出会って間もない男と二人きりで出かけたり、どんなに僕があいつの評判を悪くしようとしてもあいつに話しかけるから」
「まさかあなたが……。もしかして、祭りや更衣室のことも……」
長年の付き合いであるシモンがそんな感情を見せるなんて思いもしなかった。彼の双眸には歪んだ想いがゆらゆらと揺れている。
「そうだ、全部僕がやった。あいつがいなくなればいいんだ。だから僕はあいつも殺す。……学生時代のように」
シモンはまた笑顔を向けて小屋から出て行った。
その時にちらりと覗いた外の景色は小屋の中同様薄暗かった。まだ雨が降っているらしい。きっとまだ雨雲がかかって夕暮れの空を見ることはできないだろう。
ハリサキは一人取り残され、落ち着いて思考を巡らす。
あの男とはハリサキが催眠弾を撃たれる前にしていたことから推測するにカケルのことだろう。それならば、早くここから抜け出して彼に伝えなくてはならない。
幸いにもタブレットは取られていないようだ。ズボンのポケットに入っている感触がある。なんとか電話さえ出来ればいい。
しかしハリサキは他にも気になることがあった。
あの男も、と彼はそう言った。まるで人を殺めた経験があるかのように。
さらに彼は何故か学生時代を持ち出してきた。彼の学生時代に起こった出来事といえば……。
「ま、さ……か……」
ハリサキは自分以外誰もいない小屋の中で掠れた声を上げた。
***
「これで良かったのか? タブレットとか取らなくても大丈夫なのか?」
シモンは雨粒に打たれながら、独り言のように問いかける。
しかし、何もない空間から徐々に人影が見え、黒ローブの男の姿が現れる。
「大丈夫だ。全て予定通り。ほら、これやるよ。あの研究者が作った試作品らしい」
男は小屋から出てくるシモンを見つけて、それらを手渡す。
男がシモンに渡したのは黒いマントと刀身が鉄の棒のようなもので出来た剣だった。棒は縦に穴が空いていて中は空洞になっている。
「ああ、悪いな」
「マントはこの間の寮の時に使ったものと同じだ。一定時間俺のように姿を消すことが出来るやつな。この鉄の奴は簡単に言うと剣であり銃でもあるらしい。使い方はお前のところのライトソードと一緒だ。弟子に対抗したのか、万物の運動を停止することはできないが、万物を分離させる剣もとい銃らしい。詳しいことは使って理解しろ、だそうだ」
男はこれらを渡してきた人物の顔を思い出し、大袈裟に肩をすくめる。
「分かった。助かる」
シモンが答えたほぼ同時に少し離れたところで葉が何かと擦れ合う音が聞こえる。誰かがこちらに草葉を分けながら向かっているようだ。
「では健闘を祈るよ。良い時間を」
男は雨雲が作り出しているどんよりとした空気と同化するようにその姿を消した。
***
「はぁ……はぁ……」
俺は雨のせいでぬかるんでいる地面を蹴り、走る。
ハリサキと射撃場で落ち合う手筈になっている。小屋が見えたから目的地はすぐそこだ。
予想を裏切ることなくすぐ射撃場に辿り着いた。両手に買い物袋で走るのはかなりきつい。深呼吸をして激しく脈打つ心臓を落ち着かせる。
落ち着いたところで改めてハリサキを探す。しかしハリサキの姿が見えない。
すると、俺の携帯の着信がなる。相手はハリサキだ。
『はぁ……はぁ……。カケル?』
「ああ、俺だ。……お前なんで息が荒れてんだ?」
『ええ、ちょっと、腕の縄を、無理矢理解こうと、したから』
「腕の縄?」
『そんなことより、今から言うこと、よく聞いて』
俺はようやくハリサキの声が震えていることに気がついた。
その原因は今から言う内容に関係していることを何となく察することができた。
『恐らくセレアの件は嘘よ。そして、それを指示したのはシモン』
「……え?」
『さらに私は彼に捕まっているの。今なんとか、縛られたまま電話している状況よ』
「ちょ、ちょっと待って!」
いきなり過ぎる予想外の情報に俺は頭の中がいっぱいになる。整理しようとするが追いつかない。
「と、とりあえず、今から君を助けに行くよ。場所はわかるか?」
『射撃場から見て西にある小さな小屋よ』
ということは先程通った小屋のことではないらしい。あそこの小屋は真反対だ。
「分かった。すぐ行く」
『ありがとう。電話は繋いだままにしておいて。まだ色々伝えたいことがあるから』
「それは助かる。俺も色々聞きたいことがあったんだ」
小屋に行く間、ハリサキが語ったことは驚くべき情報ばかりだった。
屋台や飾りの破壊が俺のせいになったことも何故か俺が更衣室にいたこともシモンが企んでいたことだった。そしてついにシモンが俺の命を狙いにくること。
「となると戦闘は避けられないなぁ」
『そうね、十分注意なさい。彼は強いわよ』
「了解。……はぁ……はぁ……はぁ」
『戦闘の前にどうしてそんなに疲れているのよ』
「仕方ないだろ。見えないかもしれないけど、俺今買い物袋が沢山あるんだよ」
こんなことなら買い溜めしようとか思わなければ良かった。
「……着いたぞ」
小屋の前に立ちゆっくりと荷物を降ろす。
「よし、開けるぞひゃぁぁぁ!?」
その瞬間、背筋に冷たく気持ち悪い感触がする。
そのコンマ数秒後、ドダン! と鈍い音がする。
「っ〜!」
反射的にドアに向かって顔から飛び込んだ俺はそのまま顔をドアにぶつけてしまう。幸い鼻血は出ていないようだ。しかし、鼻の内側から刺すような痛みでしばらく立ち上がれそうにない。
傷はすぐ治るが痛みの感触が中々消えないのは不便だ。
後方を見ると、屋根から雫がぽたぽたと落ちている。どうやら原因はそれのようだ。
「何があったの!? すごい声にすごい音したわよ!」
「だ、大丈夫だ。問題ない」
雨粒が背中に入って女子みたいな悲鳴をあげて、驚いた拍子にドアにぶつかったとか言えるわけがない。
『ちょっと待って』
「なんだ?」
『……………………おかしい』
「なにが?」
『カケル、ドアをノックしてみて』
俺はハリサキの意図が分からなかったが二、三回ドアを叩く。
「したぞ」
『……やっぱり変だわ』
「あの自己完結してないで俺にも教えてくれますか?」
君は探偵か。なんであの人達は自己完結した後から真実を話すまでに時間をかけるのだろうか。もっと巻きでお願いします、巻きで。
『ドアから音はしなかったわ』
「は? じゃあ別の場所にいるってことか?」
『そのようね。ごめんなさい。気を失ったのがその辺だったからてっきりその小屋だとばかり……』
「いや、別にいいけど。……他に小屋はいくつあるんだ? 俺ここ以外に射撃場の近くにあるもう一つの小屋しか知らないんだが」
『この辺りにはそこを含めて小屋は二つしかないわ。そこで合っているはずよ。とりあえず、そこに行ってもらえるかしら?」
とんだ無駄足だったな。
俺は荷物を持って引き返そうとする。
しかしその前に何かに胸を貫かれ、鋭い痛みが脳に伝わる。
その感じは前に経験していた。ライザーとの巡回中に撃たれたあの時と一緒だ。
「かはっ……!」
その場に膝をつく。タブレットからはハリサキの声が聞こえる。なんと言っているのかは分からないが、ひどく慌てている声が聞こえてくる。
「っ…………ぐは!」
続いて二撃目三撃目……と弾丸の雨が俺を襲う。俺は堪らず小屋の中に飛び込むように入る。
その頃には傷はふさがっていた。しかし、痛みはまだはっきりと残っている。
『どうしたの!?』
急な襲撃から逃れて一安心したおかげかハリサキの声がようやく聞き取ることができた。
「襲撃、されている。恐らく、相手は……」
『……シモンね』
ハリサキの声が低くなる。
「…………多分な。とりあえず、小屋に立て篭もったんだが……なんだあれ?」
『どうしたの?』
俺はハリサキの質問には答えず、その物体を凝視していた。
それは十個以上の両手サイズの機械だった。小さな赤いランプが点滅していて、カチカチ時計の秒針みたいな音を立てていた。
そして近づいてよく見るとはっきり分かった。実物は初めて見たが、日本にいた頃、形は少々違うが、テレビなんかで見たことのあるものだった。
「まさか、これ……」
爆弾だ。しかも時間がどこにも示されていないことから時間式ではない。恐らく、俺がここに来て襲われたら小屋の中に入ることを予想していたのだろう。
もしかしたら、ハリサキの電話さえも相手の計画の内だったかもしれない。
「まずい、逃げ……」
慌てて扉へと走り出す。しかし、それが合図だったかのように、機械は豪快な音、風、煙、それらを周囲に撒き散らす。
「あああああァァ……!」
俺は押し寄せる熱風に全身を焼かれながら、小屋の外まで吹き飛ばされた。




