01 その少年、異世界へ
高校に入学してから三週間が過ぎた。ゴールデンウィークも間近に迫まり、桜の木も葉の数が多くなっている。
そんな中、俺は早くもクラス内で孤立ぎみだった。疎まれたりの類ではない(と思う)。高校生活の最初の一歩が大きく出遅れたというわけだ。
原因は積極的に相手と関わろうとしないこの性格のせいだろう。そしてこの性格を甘んじて、変わろうとしない自分の考え方にもある。
小学校の頃からそんな性格で友達が少なかった。数少ない友達とも高校が違い、離れてしまった。
世間一般的にそろそろ反抗期がきてもいい歳なのに、一向に反抗する気が起きない。母子家庭なので母親に心配をかけたくないという理由かもしれない。実際自分でもよくわからない。どちらにせよ、俺が小さい頃、夫と息子、俺目線で言えば父と兄が事故で亡くなりそれから俺を女手一つで、弱音も弱味も見せずに育ててきてくれたことには言い表せないくらい感謝している。
大概の事は笑って済ます母の涙を見たのは父と兄の葬式の時が最初で最後だ。
しかし、今の生活に不満がないかと言われれば、答えはノーだ。人間誰しも自分の今の現状に、少なからずや文句や不満があるものだ。そうでない者がいたとしたら聖人君子の中の聖人君子だろう。
どうでもいいが、聖人君子ってなんか字面だけなら人の名前に思えるのは俺だけだろうか。
とにかく、不満があったとしてもそれを変化させていく勇気と行動力を兼ね備えているかどうかが将来社会で成功していく者とそうでない者の違いになる。
俺にはそれらがなかった。いや、得ようとすらしなかった。
というか、そんな物が自分の中にあるならこんな曲がった考え方はしないでとっくの昔に高校デビューとやらでも果たしている。そして、毎日一人で昼休みに過ごしていない。
一人でいる方がいいから友達はいない方がいい、というのはボッチのよくある意見だが、俺はそこまで割り切れない。要するに周りから浮きたくないのである。もっと突き詰めて言えば、周りに流されることを良しとするということだ。
そういう意味では今の現状はあまり好ましくない。
随分長くなってしまったが、つまり何が言いたいかというと
――今の生活は嫌すぎる。別の世界があるものなら、そっちに行きたい。
と、アニメの見過ぎだの病んでるだの言われてもおかしくない悲観的なことを考え、俺は眠りにつく。
春も終わりを迎え、植物たちが夏の準備を始める頃だが、まだ夜にクーラーをつけるほど暑くはない。
時計の長針が六の文字を過ぎて、じきに午前一時を回ろうとしている。暗く静かな自室の中で意識が遠のくのを感じ、そのまま身を委ねる。
しかし、突然家鳴りの音が急に聞こえ始める。最初は意識しないようにしていた。だが、意識しないように意識したのが悪かったのか、その音は徐々に大きくなる。それはもう不自然なくらいに大きくなっているように聞こえる。
それが原因で遠のいていた意識が覚醒する。家鳴りや時計の針の音は気になりだすと眠れないというのはよく聞く。しかし、ここまで大きいのは流石に変だ。軽く近所迷惑レベルに匹敵する。
しかし、隣の部屋で寝ている母は何も言ってこない。いつもは深夜に帰宅する母だが、今夜は珍しく仕事が早く終わったとかで日が沈む頃には帰って来ていた。そんな日に夜中大きな音を立てたりすると鬼の形相で飛び込んでくる。寝かせろ、と。それを見る度にいつも働きたくないなぁと思ってしまう。
いや、そんなこと今はどうでもいい。肝心なのは母が飛び込んでこないことにある。それが不気味で気持ち悪かった。
……なんの音だ。
俺はベットから体をおこしながら、恐る恐る目を開けると部屋に、
――一つの小さな、白い光が浮いていた。
「何だこれ?」
俺は質問のような独り言を呟き、光に近づく。部屋の電気でもなければ、机の電気スタンドでもない。何もない空間に突如その光は現れたのだ。
光は最初は小さな白い光だった。しかし光は徐々に大きくなり、それに比例するかのように家鳴りはどんどん大きくなっていく。あまりの眩しさに両腕で顔を隠す。光と家鳴りはさらに大きく、強くなる。
俺は思わず体を強張らせるが段々と光に飲み込まれていくのが感覚的に分かった。
***
どのくらい経っただろう。
顔を覆う姿勢で何分、何時間固まっていたかは知らないが、いつの間にか家鳴りも消えていた。
それでも光がまだあるのが瞼越しから分かる。さすがに俺は顔を隠していた両腕を解くが、先程の唐突な強い光のせいで視界がぼやける。
視界が徐々に鮮明になっていき、先程とは別の暖かい光を上から感じたため上を見上げる。完全に回復した目には澄んだ青空が映っていた。地上を太陽が暖かく照らしている。
……太陽? 今は夜のはずじゃ…………。いや、そもそもなんで俺は外にいる?
疑問に思い、目線を下げ地面と水平の位置で止めてからあたりを見る。目に映ったのはいつもみている日本の外の景色とはまるで違った。
コンクリートやアスファルトではなく、綺麗に整備された石畳の大通り。
マンションが一つもなく、道を作るように規則正しく並んでいる、石材でできた家や建物。
賑わい、行き交う人々の、日本語ではなく聞いたこともない言語。現代の奇抜で華々しいファションなど誰もしておらず、代わりに中世のヨーロッパを連想させる衣装。
どうなっているんだ? まず間違いなくさっきの光のせいだよな。しかし何で急に……。というか、ここどこだ?
夢、という可能性はない。寝た記憶がないからこれは外れる。寝落ちという可能性もあるが今日はそこまで眠くなかった。
ドッキリ番組、という可能性もない。俺のリアクションを撮るより、プロのリアクション芸人呼んだ方が視聴率が取れるだろう。それに素人相手にこの仕掛けは大掛かりすぎる。
消去法で様々な可能性が消えていく中、俺の中にある推測だけが残った。
それは最も有り得ないことで今までの推測の中で一番可能性の高い推測だった。
「もしかしてここ……異世界か……」
思わず呟いた独り言には驚きと混乱の色が含まれていた。
まさか、本当に異世界に行けるなんて……。俺は驚きのあまりその場に棒立ちになり、動けなかった。
行き交う人々が使う聞き慣れない言葉がだんだんと遠くなっていき、しばらく目の前で起きているあり得ない状況と光景に目を背けることすら出来なかった。
読んでいただきありがとうございます。