17 その少年、雇用される
セレアの部屋は俺の部屋より一回り広かった。王女様だからだろうと俺は勝手に推測する。
お互いにどことなく気まずい空気を醸し出す。永遠の別れに思えたが、セレアの致命傷が綺麗さっぱり治ったのだ。
セレアなんてごめんね、とまで言ったしね。わあ、恥ずかしい。俺も思い返すと発狂したくなる。
お互い目を合わせない。喋りもしない。ただ時計の針だけがカチカチと音を出して動いている。
「……大丈夫そうで安心したわ」
セレアが沈黙を破り、話し始める。こうなってしまえば俺も比較的話しやすくなる。
「セレアも無事で良かったよ」
セレアは俺に近くの椅子に座ることを勧める。俺がセレアの近くの椅子に腰を落ち着かせるのを見届けて、彼女が話を切り出す。
「本当、お別れの手紙まで書いたのに全部台無しにしちゃうんだから」
「いやいや、あんなの書かれて来ないわけないだろ。初めて女子から貰った手紙が甘酸っぱさのかけらも無かったのは不服だけどな」
俺の軽口に白い病衣を着たセレアが、はいはい悪かったわね、と呆れた目を向ける。そこに先程までの気まずさはない。セレアもいつも通り、俺の言葉に呆れ顔だ。
彼女は俺の流されやすさを甘く見ているようだ。大抵は強く押されるとそっちに流れるが、その場の雰囲気に合わせることが俺の流されやすい性格の真髄だ。だから、あの手紙を読んでその場の雰囲気に合った行動をしただけである。
「……でも、感謝はしているのよ。ライザーには二人でどうにかしようって言ったけど、本当はジャロウを説得して私一人を犠牲にして丸く収めるつもりだったから」
ポツポツと語りだすセレアの話を俺は黙って聞く。
「まあ、その作戦も失敗したんだけどね。正に絶体絶命って時に貴方がライザーと来てくれて助かったわ。それに最後のプレアを使ってまで私を助けたらしいし…………貴方には感謝してもしたりないくらいの恩があるわね」
と、そこでセレアは話を区切る。そして俺の顔をチラチラ見てから、再び話し始める。
「そ、それでね、これは事前にライザーと話し合ったから後は貴方の返事次第なんだけど」
セレアは俺の顔を真正面から見て、続きの言葉をはっきり告げる。
「カケル、貴方、騎士団所属国王側近騎士に就いてみない?」
「…………騎士団所属……なんて?」
聞き取れずにもう一回と言う俺にセレアは微かに笑いながら、繰り返す。
「騎士団所属国王側近騎士、よ。要は国王の側に毎日いて護衛する仕事よ。雇用条件は国王を守り、裏切らないこと。今そこがいないから、貴方さえ良ければ入って欲しいのだけれど。ほら、カケル今何もしていないじゃない?」
ニート扱いを受けたことはこの際スルーして、俺はこの申し出を受けるか考えた。
安定した就職生活もいいが、自由な放浪生活も捨てがたい。
そもそも、俺は学校などの社会集団みたいな所はあんまり得意ではない。何かと集団行動取らせたがるからだ(社会集団だから当たり前だが)。合わせることに慣れているからといって、決して好きなわけではない。
「その前に一言いいか」
「何かしら?」
俺は答えの時間を稼ぐために、セレアに話しかける。といっても、何を話そうか決まっていない。とりあえず、今回の事件の感想でも言っておこう。
「セレア、あのな、そもそもジャロウが説得で応じるわけないだろ。後、本当に自分一人で解決したかったのなら俺やライザーに最後の最後まで教えないようにしないと駄目だろ。はっきり言って君の作戦は危なすぎるし、セレア自身お人好しすぎる」
「え、ええと、さっき、一言って言っていたよね…………」
突然の批評にセレアの目を白黒にさせている。それに構わず俺は続きの、誘いの返事をする。今自分が言ったことで答えははっきりと出た。
「だから、俺が騎士団に入団してフォローするよ」
俺の言葉を聞き、セレアの顔がどんどん明るくなり可憐な笑顔が生まれる。
流されやすい俺としては当然の返事だろう。別に意外なことでもない。いや、自分で考えて決めることが出来るようになっても今と同じ選択をしたはずだ。
「これからもよろしくね、カケル!」
「ああ、それともう一つ」
紅髪の少女は、『まだ何かあるの?』というように首をかしげる。
「こっちも職場に対する希望がある」
「な、何かしら? まあ、誘ったのはこっちだし、出来る限りのことは叶えるつもりだけど」
セレアが余程難しいことを要求されるとでも思っているのか、若干身構える。先程の一言批評をまだ引きずっているみたいだ。
希望と言っても、大層なものじゃない。しかし、それを叶えるには確かに難しいものだ。
「今後、俺に隠し事はしないで欲しい、というのが俺の希望だ」
「え?」
セレアの戸惑った声が聞こえる。当然のことだ。
人は多かれ少なかれ誰にも話したくないものがある。俺の要求はそれを聞かれたら、全部言えと言っている事に等しい。それを簡単に出来る人間は限りなく少ない。
「それくらいなら別にいいけど、その代わり私からも条件追加ね」
「え?」
今度は俺が戸惑いの声を上げる。条件追加の方ではない。簡単に彼女が俺の願いを聞き入れたことだ。俺の間の抜けた声を無視して、セレアは俺の目の前でビッ、と人差し指を立てる。
「貴方も同じよ。嘘や隠し事は禁止! 分かった? ………………返事は?」
「え、あ、うん、分かった」
「うん! よろしい!」
セレアは満足げに笑い、人差し指を引っ込める。
「……って、セレア!? 俺の言ったこと分かってる!?」
「分かってるわよ。今回みたいなことをしなければいいんでしょ?」
確かにその通りだが、軽過ぎる。本当に大丈夫だろうか。心配になってくる。
……いや、大丈夫だろう。ライザーはともかく、部外者の俺にまで計画を教えないと巻き込んだ責任を取れないと考えるような人だ。元々こんな約束、ないも同然だろう。
後は俺がそれを守れるかどうかだ。………………まあ、善処していこう。
「さて、カケルの就職も決まったことだし、私行きたいところがあるからついて来てくれない?」
「早速俺の初仕事か?」
「これは友達としてのお願いかな。初仕事は来週からよ」
セレアが笑うが、どこか寂しげな感じがした。しかし、それもすぐに消える。
どこに行くのかは知らないが、もちろん断る理由はない。
「分かった。行こう」
「ありがとう! ちょっと待ってて」
そう言って、セレアは自分が着ている白の病衣に手をかけて、止まる。
どうしたのだろうか。まさか、まだどこか痛むとか…………。
俺の心配をよそにセレアは申し訳なさそうにこちらを見て告げる。
「あの、着替えるから外で待っててもらえないかしら?」
若干顔を赤らめている紅髪の王女の命令で、俺は謝りながら慌て部屋を出た。
次回で1章が終わる予定です。




