1-3 トラック跳ねるって、それはないでしょう!
「何してるんだ!」
気づいたらそう叫んでいた。うわー、これじゃ頭のおかしな奴だよ。絶対最上さんも引いたよなー。いやん。
「なんだお前。アタシらは別に悪いことしてた訳じゃないんだから放っておいてよ」
キモいんだよ、と付け加える。口撃力は上のようだ。普段から罵詈雑言で鍛えられてる僕だから良かったものの(なにが?)他の人だったら一大事だ。
その時、最上さんと目が合った。美しい黒目が潤んでいた。助けて欲しいと。
「…………るぞ」
「あ?なに?」
「最上さん、困ってるぞ!」
あーやってしまった。昔からの悪い癖だ。大声を出せば勝てると思ってしまっている。これ聞こえたらかなり頭おかしい奴判定されるかも。でも僕にこの状況を打破する手はもう叫ぶしか残ってなかったのだ。勘弁してくれ。
「最上さん、泣きそうな顔してるぞ!なにが悪いことしてないだよ、してるだろ!なにしてくれてんだよ。僕の最上さんを泣かせるなんて、お前ら纏めてぶっ飛ばすぞ!」
顔を真っ赤にして喉が張り裂けるくらいに叫ぶ。ギャル達は全員怖気付いたのか、キモいと呟くだけでなにも出来ていない。
「わかったなら立ち去れ!」
「はい!」
僕の一喝でギャル達は散り散りに去っていった。勝った、のか?
やってしまった。もう取り返しがつかないぞ。どうしてくれようか、僕の普通高校生活が終わってしまったではないか。調子にのって「僕の最上さん」などと主張もしていた。まじキモい。
自分の黒歴史にまた一つの記憶が刻まれた。それを嘆いてゴロゴロ転がっていると、不意に上から見下ろす視線を感じた。最上さんだ。恥ずかしすぎていたの忘れてた。
慌てて立ち上がり先ほどの無礼と失言を取り繕おうとあたふた。見っとも無いな本当。
「も、最上さんあのですね、あれはその、なんといいますか言葉の綾というかその……」
「持名くん」
僕の言い訳は、最上さんの澄んだ声に遮られた。彼女はその太陽みたいな笑顔を僕に向けてくれる。目には涙をいっぱいに溜めて、その表情が何よりも彼女の気持ちを語っていると、そう僕は感じた。
「ありがとう。君がいてくれなかったら、私どうしてた事かわからない。本当にありがとう」
はっきり言って感動した。嬉しかった。今一番気になる人に褒められる。これってこんなに嬉しかったんだ。ちょっと気になる事もあったけど、それも全部嬉しさが何処かへ持って行ってしまった。
ここからは早かった。スムーズにいいたいことが言えた。空気の軽さのおかげだろうか。
「好きです。僕の友達になってください」
や、唐突すぎたか。最上さんの顔がみるみる赤くなっていく。なんだか申し訳ない。でも最上さんはなんだか嬉しそうだ。
「と、とととと友達に!?い、いいんですか?」
「うん、君が嫌じゃなかったら是非!」
「私、なにするかわかりませんよ?」
「? 大丈夫だよ」
「本当の本当に、いいんですか?」
「くどいな。大丈夫だって」
最上さんの顔にパァっと光が射した。あ、こんな顔にもなるんだ。この前嫌な顔されたばかりなのに、今日は笑顔を見れるなんて。僕って幸せだな。
「やったーーー!」
最上さんはぴょんと飛び跳ねるとそのまま嬉しさのあまり駆け出してしまった。裏門へまっすぐ走りそこに面した道路へ、勢い余って飛び出してしまったのだ。ブーっとクラクションが鳴り響く。嫌な予感が背中を走った。
「最上さん待って————」
ガシャん、と鈍い音がした。重い塊同士が打ち合った音。衝突点から十メートル先まで飛んでいく体。ゴキッと骨が折れる音が続いた。
僕は侮っていた。見誤っていた。間違っていたんだ。
「私どうしてた事か」
「私、なにするかわかりませんよ?」
言葉の意味が、今日ここでようやくわかったんだ。彼女についての致命的な認識ミス。彼女は決して体は弱くなんてなかった。その逆だ。
「…………………………やっちゃった」
「強かったんだ……」
衝突点から十メートル先には標本と思われる骨を運んでいたトラックが飛ばされていた。