吹き飛んだ出会い
久しぶりです、年末忙しいです‥。
山から下りるとそこは森の中だった。
見上げるととてつもなく大きな岩山だったことがわかる。
(降りる途中、何かオカシイのが幾つかいたような……?)
この新しい身体は動体視力も人間の時とは大違いで、落ちるような速度でも十分岩山を観察することが出来た。
見ただけで強者だと分かるような身体の大きなモノがいた、やけに小さいのに本能で危険だと感じるモノがいた、他にも数体ほどすれ違ったように思う。
どれもがヤバそうな気配だったが、岩山を下りるにつれその数が減っていき、森に辿りつく頃にはその気配もなくなっていた。
「……取りあえず、街でも探さないと」
小さくなった体に見合わない男物のぶかぶかの服の裾を縛ることで、どうにか着ている状態だった。ちなみにサイズが合わな過ぎて靴は履いていない。
この身体は頑丈な上に寒さや暑さにも強いらしく、岩山を下りるときも怪我一つしなかった。だが、このままでは動きづらくて仕方がない。
道でもないかと辺りを見渡すが、そんなものはない。獣道位ならあるが、人が歩いて出来たような道はない。
「んー………まっすぐでいいか」
岩山を背にしてまっすぐ行くことにした。
力のコントロールの練習がてら小走りで行こう、と少し力を込めて地を蹴る。
「――!?」
次の瞬間、ミマは木々をなぎ倒しながら真っ直ぐ森を駆け抜け……もとい、吹っ飛んでいった。
「……痛、くない……ハァ」
木々をふっとばし、地面に亀裂を作り、大岩を砕き、最終的にこけて転がり回ってかなり大きな湖のど真ん中へと勢いよく着水したミマ。
一度ため息をついてそのまま湖底へと一度深く潜り、底を蹴ることで湖から勢いよく跳びだし、離れた場所にあった陸地へと立った。
「びっしょり……」
『気になるなら火の魔で乾かせえば?』
「火の魔……あぁそっか、魔法あるんだ」
半ばアルマと同化したおかげで、魔法の知識は溢れんばかりに思い浮かぶことが出来た。
正確には、アルマの知識と繋がっているので、必要な魔法を思い出しているに近い状態なのだが……。
「魔力って、どうやって使うの……?」
『え?どうって……え?』
「え?」
『………ごめん、ほとんど無意識だったから分かんない』
「ええぇぇ」
片や存在した時から龍神、片や魔法なんてない世界で暮らしていた魔龍。
魔法の知識はあれど、魔力の使い方なんてさっぱりという宝の持ち腐れ状態へと陥るのだった。
「……とりあえず、真っ直ぐ行こう。真っ直ぐ、歩いて」
びしょびしょの服はもうどうしようもないと諦め、既に見えない岩山ではなく、なぎ倒した木々を背にして歩くのだった。
今度は力のコントロールはそこらにある小石を拾って握りしめ、壊さないようにすることで練習することにした。
暫く歩いていると、前方から声が聞こえた。獣の鳴き声ではなく、人の話し合う声だ。
もしかしたら現状が改善されるかもしれない、と歩く力を、少ーーーしだけ、強めてしまった。
「ア゛----!?」
やってしまった、と変な声を一つ溢し、またもやミマは木々を吹っ飛ばしてしまうのだった。
●
簡易な鎧を身に纏い、手に剣や杖を持ち獣と戦う者がいた。
彼らは戦うだけではなく、時に癒し、護り、簡単な手伝いだって広い範囲で行う、所謂何でも屋に近いことを生業としている。
そんな者達を総称し、『冒険者』と言う。
「ドラニア森林」と呼ばれるその場所にも、三人の青年と少女たちがいた。
金髪碧眼、イケメン爆発しろと呼ばれるだろう剣を振り、魔物と呼ばれる存在を切り倒していく彼は、アシュリ・ヴィジュンという。この付近の街で活動を始めたばかりの新米冒険者なのだが、その剣筋は新米とは思えないほどのものだ。よく才能がわかる。
「って、危な!?」
「……チ」
「チッて言った?今舌打ちした!?」
「……してません。もう少しで新しい魔導の威力が試せたのに、チッ」
「やっぱり何か怖ろしいこと言ってる!?っていうか、仲間で試さないでくれないかな!?」
そんな天才肌のアシュリへ火球を放った紫色の長髪をした小柄の少女、名前をリリーン・ロシアス。別にアシュリが嫌いなのではない。よく彼らはこうやってじゃれあっているのだ。
そして、そんな危険なじゃれ合いをする二人を諌めるのが、リリーンの近くにいる蒼い短髪の女性、ラスア・ミトレスだ。
「まぁまぁ、アシュリさんおちついてください」
「いや、でもですね」
「何かあったら私が治しますので」
「治すような状況に至らないようにしたいんですよ俺は!?」
……諌めるというより合いの手をしているだけかもしれないが。
それでも魔物を討伐する手を休めない辺り、さすがとしか言えない。
だが、この深く恐ろしい森林でその喧騒は少し過ぎるモノだった。
「! 二人とも、ちょっと黙って」
「「―」」
パ-ティーリーダーであるアシュリの言葉に、二人が文字通り口を噤んだ。
遠くではあるが、何かが足音を立て、何かが近づいてきていた。
「……」
この付近で豚人や大鬼が出るという噂はない。
居るのは依頼討伐対象である子鬼や角兎などの小物ばかりだ。
腕試しと仲間との連携練習を兼ねているだけだったが、その程度、最低限の情報把握はしてあった。
「いったい何が……―ハァ!?」
警戒していると、足音よりもずっとずっと遠くではあるが、目を疑う光景が巻き起こった。
このドラニア森林は、奥に行けばいくほど強い魔物が蔓延っている。中心にあると言われる山には、S級や伝説のNo.0と呼ばれる存在ですら手古摺り、敗北しかねない化物が潜んでいるとか。
そんな方角からこちら側に向けて、森林が線上に吹き飛んだ。
幸いこちらに衝撃が来なかったが、最後に上がった水柱から考えて、途中にある湖にナニカが吹き飛んで落ちたらしい。
「……なんですか、今の?」
「魔物……でしょうか?」
「……って、二人とも、それは後!来るぞ!」
呆然としている間に、同じようにびっくりしたのか、魔物の足音が速まった。
肉体強化を駆使し戦う専門であるアシュリはともかく、リリーンやラスアは聞こえてくる足音の速度から考えると、逃げられない。
戦う覚悟を決め、奥から出てくるものを観察する。
5メートル以上ある大きく、ごつごつした堅そうな身体。こちらを見据えているのは無機質だが淡く光る瞳。
「ゴーレムか」
濃い濃度の魔素を受け、地の小精霊が暴走し核となって出来る存在、ゴーレム。
敵とみなすと殺し、壊しつくすまで止まらないその存在は、こちらを一度見たあと、更に真っ直ぐ進もうとしていた。
「行かせねぇっての!」
おそらく、さっきの吹き飛んだ存在から逃げてきたのかもしれない。そう考えると放置してもいいのだが、いかんせんこの先には彼らも根城にしている街がある。
真っ直ぐ逃げ込まれては街に被害が出てしまう。
幸い、ゴーレムなら相手取ったことがある彼らは、冷静に戦いを始めた。
ゴーレムはひたすら硬い。硬い岩盤が押し固められたそれは鋭い刃物を弾き飛ばし、精霊の暴走した力は在るだけで、ちょっとした魔法ではビクともしない強固な壁となる。
しかも人型を取っているにもかかわらず、その関節は見かけだけで、何処から攻撃が飛んでくるかも読みづらい。
「ハァァアア!!」
陽動の意味も込め、声を上げながら魔力で体と刃を強化するアシュリ。
ゴーレムの周りを翔け、斬りつけ、キズを負わせながら翻弄する。
「火の魔精よ、アタシに力を貸しなさい‥集え、収束しろ!!」
その間にリリーンが魔法陣を目の前に展開し、あり得ない魔詩を謡いあげる。
精霊に向かってそんな言い方では力を貸してくれるはずもないが、リリーンにその常識は当てはまらない。
彼女紫色の瞳が真紅に染まる。火炎の精霊に愛されている証であり、呪いでもあるそれ、魔眼を保持している彼女だからこそ、そんな命令を精霊たちは喜んで聴くのだ。
ちなみに、彼女が放とうとしている魔法だが……。
「ちょ、まてリリーンそれ俺もあぶね――」
「敵を穿て!!熱閃光!!!」
「待てって言ってんだろぉぉぃ!!!」
結構な規模の魔法で、アシュリ共々ゴーレムを吹き飛ばせる威力を持っていたりする。
無論、アシュリは避けたため無事である。
「こんのアホ魔導師!アブねぇだろうが!」
「誰がアホですか。貴方なら避けるから大丈夫でしょうし、あたっても死ななければラスアが治してくれますよ……ってことで、ラスア、疲れたので魔力下さい」
「はいはい」
「ってことで、じゃねぇだろ!?」
ラスアに抱き着いて他人の魔力を補充するリリーン。
本来、他人の魔力をそのまま補充することなどできはしないのだが、リリーンはそれを可能にしていた。
傍から見ると仲良く抱き合っている姉妹なのだが、見える人が見れば目を疑う光景である。
「ったく。とりあえず一度戻って――」
今のゴーレムや吹き飛んできたナニカの報告をするため、一度戻ろう…と、提案しかけたアシュリだが、その言葉は言えなかった。
「---!!!」
文字通り、アシュリに向かって吹き飛んできたからだ。
ナニカが、いや、誰かが……いや。
「な、あ、………は?」
「あぅぁぅぁ~~」
綺麗な綺麗な、でもびしょ濡れの幼女が。
濡れた髪がアシュリをくすぐり、男物でサイズがあっておらず、脱げかけている服は透けて張り付いていた。
一緒に吹き飛んだはずのアシュリだったが、幼女…ミマがぶつかる瞬間に急ブレーキ代わりに足を全力で地面に突き刺し減速、その直後威力に耐え切れなかった地面が砕け散り、脚がすっぽ抜けて宙で数十回転した後に再度アシュリにのしかかるという結果、奇跡的状況を作り出していた。
「……アシュリ、変態」
「ちょ、なんでそうなる!?」
ミマに押し倒された瞬間にアシュリ自身も反転していた。
さらに女の子だと思った瞬間には地面を割ったという事実もなんのその、溢れる紳士精神をもって抱きしめ、ミマを地面に触れさせない様に地面を数度転がり、最終的に塗れ透けR指定にギリギリ入らない程度の服装の幼女を抱きしめる青年という……ちょっとアウトに近いアウトな状況が生み出されていた。
「アシュリさん、取りあえず介抱しますからこちらへ」
「わ、悪い」
回転に回転を重ねて目を回してしまったミマは、パーティの良心であるラスアの膝元へと渡されるのであった。
「キュゥ‥‥」
『やれやれ、大丈夫かな‥大丈夫かな‥?』
ミマにしか見えない加護であるアルマが、少し不安そうに膝枕されるミマを見ていた。
これが、ミマと彼らの忘れられない吹き飛んだ出会いだった。