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#7 不完全

▼不完全


 次の朝早く、朔夜は必要であろう荷物を抱え、電車を乗り継ぎ叶のいる病院へと駆け込んだ。面会の決まっている時間一杯を使って出来るだけの事をしまうとそう想っていたのである。

 サンサンと照りつける太陽は、晴天の青空を照らし続けている。今日は、手術も有るので付き添っていた方が良いだろうとそう想っていた。

 入院している叶の都屋に入ると、既に眠りから醒めていた叶が朔夜の姿を目にする、

「遅いな〜ドジっちまったわ〜」

 と、笑顔で答えていた。

「自殺するような神経は持ち合わせて無いでしょう?何が起こうたんだい?」

 叶のその笑顔がちょっとしゃくに触ったものだから、思わず嫌みを云ってみる。

「さあ?さっばりやわ。突然後ろから押されたものやから自分でも何が起こったか分からんのや……」

 小首をかしげながら叶は不思議そうに答える。でも、犯人が誰なのか見当も付かない。その後、自ら恨みを買う事などして無いとはっきり断言してくる辺り、叶はおめでたかったりする。

「でももうダメやと想ったわ〜あんなに恐怖、感じる事ってなかったもんな〜最後の最後に感謝したいんは、今朝、裏に底が厚い靴はかなんで良かった。ちゅこっちゃ!スニー力−やったから動きが取れたもん」

 あっさりとそう答える辺り、かなりの強運の持ち主かも知れない。改めて、朔夜は想う。

「かえでちゃんには連絡しておいたから、明日にでも来ると想いますよ」

 その言葉に、満面の笑みを浮かべる叶。どこまでもおめでたい。

「鎮骨折れてるんやて……当分バイト休まなあかんな〜入院費や、手術代もバカにならんのにドジった」

 こういう所は、現実的である。

「叶には、リハビリして動けるようになるまで、安静にしておかなければなりませんね……最低二ヶ月は完治するのに掛かるでしょうから」

 朔夜自身、無理はしてもらう訳には行かない。たとえ仕事が入ったとしても、自らが動ける範囲の仕事しかできないであろうとそう想った。仕事も選ばなければならない。まるで片腕を無くした気分である。

「あ、塚原さん。そろそろ手術の時間なので、用意しますね」

 そこに一人の女看護師が入って来た。

「じゃあ、僕は手術室の待ち合い室にいますから。麻酔が効いてる間は大人しくしてるんですよ」

 局部麻酔で手術と聞かされていたので、朔夜は警告する。

「ふえ〜い」

 もともとジッとしているのが苦手な叶は、朔夜に念を押されると渋々答える。こんなに、女の看護師に囲まれると女の子大好きな叶にとったら騒がずにいられまいとの配慮もあった。

 そして、静かに朔夜は待合室へと歩いて行ったのである。


「都住さんですね?昨日は初めましての挨拶もなく要件のみで失礼しました」

 待ち合い室で静かに一人で待っていると、昨夜救急担当してくれた看護師がやって来たのである。名札を見ると池田とある。

 しかしその顔に見覚えが有ると判断すると、朔夜はにっこりと微笑んだ。

「昨夜は叶がお世話になりました。今日は、この手術に関わってはいらっしゃらないのですか?」

 手術服を身に纏っていない所を見ると一目瞭然ではあるが、一先ず訊いてみる。

「ええ、外科の事は私の範疇では無いものですから。所で御相談したい事がございまして……」

 そういうと、検査室へと案内された。


「これなのですが……こういう事は有る事なのでしょうか?」

 長ったらしい真っ白な紙に、波をうった線が刻まれているその紙を指差しながら池田は朔夜に問いかけた。

「これは?」

「咋夜から検査していた塚原さんの睡眠時の脳波の検査結果です」

 しかし、朔夜には医学の知識が希薄でその脳波の検査結果がどう示されているのか理解に苦しんだ。

「僕にはこれを読み取る事が出来ないので……一体どう云う事なのでしょう?」

 素直に問い返す。

「あ、そうですね……これを説明すると……」

 つまり、池田の云いたい事は、叶にはレム睡眠自体持ち合わせていないとのことなのである。人は、一晩に平均四、五回レム睡眠と、ノンレム睡眠を繰り返しながら眠りに付く。ちなみに、レム睡眠とは『急速眼球運動』を指し示し、ノンレムはその逆。つまり、人は夢を見ながら休息に付く。例え見ていないと想っていても、覚えていないだけであって、必ず見るものなのである。

 しかし、計測器からは叶のレム睡眠の脳波計測が出来ず、常に一定のノンレム睡眠から覚醒に到っていると云うのだ。

「それでは、叶は夢を見ていないと云う訳ですか?そんな事が有って良いはずが……測定器が故障していたと云う事はあり得ないんですか?」

 事故での後遺症?困惑する朔夜。しかし確か、以前聞いた事が有る。あれは中学生の時、叶は夢を見ないとそう確かに云った。しかし、自らはそれを否定した。夢は必ず見るものだと意識づけられていたのだから……

「私達も、故障なのかどうか確かめてはみたのですが、決して故障していた訳ではないのです。そこで夢に詳しい都住さんの意見を聞いてみたいと想いまして」

 そこまで言うと、池田は朔夜の言葉を待った。

 こう云った現象が起こる確率。それは自分の知識には無かった。だから、医学的にも科学的にもこの事象にどう向かい合ったら良いのか分からず頭が混乱したのである。

 考えてみれば、陰陽師を生業としている叶白身、夢に関してはロ出しもしてこなかった。ただ悪夢よけのお札が有る事だけは知っているような事をロ走りた事はあったが、朔夜の前で使った事は一度たりと無い。

 本当に、叶は夢を見ないのか?ただただその事が頭から離れない。

「都住さん?」

 考え込んでいる朔夜を不思議そうに眺める池田の視線に気付き、

「あ、このことは叶には告知したのですか?」

 医学の世界で、法律的に他人にこういった事を漏らしてはいけないと云う秘守義務がある。その事を理解した上で、今回池田は朔夜に口外している訳だ。

「いえ、まだこの事は告知していません。医学的にこう云ったケースは無かった為、私達も戸惑っておりまして……」

「分かりました。それならば、この事は叶には秘密にしておいて下さい。現に眠っている時だけの異常な訳でしょう?」

 何とか説得したものの、両者とも合点が行かない。

 それに、普通に脳波を検査しても異常は見られなかった訳だ。そう考えると、普段の生活。人体的に問題がある訳では無いとそう判断したのか、池田はそれ以上口出しをしてはこなかった。

 取り敢えずこの時は特異体質。そう考えておく事に朔夜はしておきたかったのである。


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