月曜日
漆黒のソファにしっかりと私は縛りつけられている。脚も腕も腰も首もきっちりと鎖で固定され動かない。金属製のそれは手を動かそうとするとかちゃかちゃと音をたてた。皮膚にふれてはいるが冷たさは感じない。
唯一自由となる顔をできるだけ動かす。真っ暗な部屋。他の人間の気配はしない。ただ一人ここに捕まっているようだ。逃げ出そうとして動くが鎖がより一層体に絡みつくだけだ。痛みはないが肺が圧迫され息苦しさを感じる。
酸欠にはなりたくない。酸素を取り込もうと口を開けすうと息を吸う。このまま死ぬのか。悲しさ? 恐怖? 理由の分からない涙が右目からぽとりと落ちた。
「助けて」
口から言葉がでる。弱々しい声。誰にも届いていないということは自分でも分かった。
「助けて! 誰か! お願い!」
今度はもっと大きな声を出す。自分の声が空気を揺らしたのが感じられた。
大声を出したからか、さっきよりも酸素が足りない。視界がぼやけ脳が重い。思考ができない。死。死。脳内をその文字が埋め尽くした。
「堪え性のない子ね」
急に私だけの空間に他の気配が現れた。猫のように静かにその存在はこちらに向かってきた。足音がしないのは床が柔らかいからか。
女。だろう。多分。断定ができないのはその存在があまりに中性的だったからだ。2メートル近い身長。整った人形のような顔。真っ黒なつり目。薄い唇はほとんど色がない。洋服はゴスロリというのだろうか。黒と白のフリルがたくさんついた服を着ている。
「泣かないの。よしよし」
そいつは近寄ってきて私の頭をわしわしとかき回した。繊細な顔に似合わないごつごつとした手に思わずびくっとする。目を合わせるとアルカイックスマイルというのだろうか、目をちっとも笑わせずに口だけでにこりと笑った。
「助けて……ください……」
「お馬鹿さんね。あたしにできることなんて何もないのよ。あんたが自分で気づかなきゃ」
口だけ歪めてそいつは笑う。ヒントくらいあげようか。そうつぶやいて手をぱんっと叩く。空中からマッチと白い棒、煙草が落ちてきた。煙草は嫌いだ。思わず顔をしかめるがそいつは気にもしない。
煙草を口に咥えマッチを擦って火をつける。煙草は嫌いだがその一連の流れは何かの儀式のように美しく見えた。整った唇から煙が息とともに排出される。煙草独特の匂いと煙が肺を刺激し咳がでる。
さっきよりは幾分楽しそうにそいつは笑った。煙駄目なのね。可哀想に。嫌な奴だ。きっと睨む。
「焦らしてごめんね。うふふ。どこがいいかしら」
こことかかしら。躊躇いなくそいつは煙草を左腕に押し当てた。
じゅっ。嫌な音。肉の焦げる臭いが広がる。あまりのことに驚いてばたばたと身体を動かす。
「どうして。こんな。ひどい。熱い」
涙を流して抗議する。今度は左目から涙がぽたぽたと零れた。そいつは無表情で煙草を押し当てている。あれ。
「熱くない」
煙草押し当てられてるのに。おかしい。そいつはふっと笑って煙草を離す。根性焼き、というのだろうか。煙草の痕は痛々しく残っているのにそこに痛みはない。
「まだ分からない? かしら?」
どこから取り出したのかそいつはいつの間にか手にナイフを握っていた。薔薇の装飾が美しい。どこがいい?選ばせてあげる。いーち、にっ、さん、しっ。無慈悲なカウントダウンが響く。はい時間切れ。にゅぷり。今まで聞いた中で最悪の音がした。ナイフが右目に突き刺さっている。ぐちゅぐちゅ。かき回すたび不快な音が内部から直接耳に伝わる。痛みはない。
「つうかく」
痛覚がない、のだ。これはつまり……。
「偉い偉い。そう。これは夢。あなたが見ているただの夢」
目を覚ましていいわよ。そいつはさっきより優しく頭を撫でた。とともに瞼がふっと重くなる。
「おやすみなさい」
あべこべな言葉が聞こえた。
びぴぴぴ……びぴぴぴ……
目覚ましの音が聞こえる。身をよじって布団を押しのけ時間を見る。7時丁度。気怠い朝に精一杯やる気を奮い立たせて起き上がる。
不快な気分に顔をしかめる。内容は覚えていないが悪夢を見たようだ。週の初めなのについていない。