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私は人間?

 私は今すぐにでも人間に戻れるかもしれないらしい。

 突然の朗報に頭が真っ白になった。


「私が、人間になれるって……?」


 やっとのことで、震える声を絞り出す。


「うーん、人間って表現はちょっと語弊があったかもしれない」

「えっ」

「正確に言うと、君は本性はずっとアナグマのままだけど、人間と変わりない姿にもなれるってこと」

「それは、私が化ける……みたいな認識でいいのかな?」

「そんな感じ」


 狐が人間に化けるという話はあるが、はたしてアナグマが人間に化けれるのだろうか。

 獣が喋るという謎の現象は既に起こっていたが、私は自分が人間に化けるという偉業を為せるのかまったく自信が無かった。


「私はただの喋るアナグマなのに、どうしてそんなことができると思ったの?」

「それについては、まずは君自身のことを説明しないといけないね」

「私自身の?」

「そう」


 ローサはグレゴリーへ、促すように言った。


「グレゴリー、ムジナに真性体と人性体を見せてあげて」

「真性体もか。ちいとばかし恥ずかしいが、まあいいぜ」


 グレゴリーは頷くと、その姿の輪郭がぶれた。

 そう思った次の瞬間には、そこには服を着ただけのただの熊がいた。


「これが俺の真性体だ。まぁ、ただのしがない熊だ」

「熊さん」

「だから熊さんは……はぁ、もういいわ……」


 熊さんはしょげかえった。なんだか着ぐるみのようで可愛い。


「んで、こいつが俺の人性体だ」


 またグレゴリーの輪郭がぶれ、次はそこにはワイルドさを感じさせる、顔に髭を蓄えたムキムキの男がいた。熊と同じような濃い茶色の髪と髭の、中年男性……有り体に言えばおっさんだった。

 良く見たら頭に熊耳があった。とても似合わなかった。可愛くない。

 と、そこである疑問が沸きあがる。グレゴリーは熊耳があったが、何故か人間の耳もくっついていた。


「熊さんは何で耳が四つあるの?」

「ああ、これはなあ、俺も似合わねぇからよ、できれば出したくないんだが……」

「ハジャリア王国の定めで、霊命種は人性体を取る時は、本性の特徴をいくつか出しておくことを義務付けられてる。一見して人間と判別がつかないと無駄ないざこざが起こるかもしれないから」

「ふむ」


 ローサの説明によると、グレゴリーは霊命種、というものらしい。ただの熊獣人ではなかったのか。


「あー、落ち着かねぇからもう戻るぜ」

「うん、ありがとう」


 グレゴリーはそそくさと熊獣人の姿に戻った。

 これまでの経緯で、私はローサが何を言いたいのか思い至った。


「私はグレゴリーと同じ霊命種だから、今みたいに人間のような姿をとれるってこと?」

「そう。察しがいいね」


 私はただのアナグマではないらしい。私は私自身のこともろくに解ってなかったようだ。

 しかし、私がその霊命種というものなら、不思議な力を持っていても何らおかしくは無い。

 やれるかもしれない。私は意気込んだ。


 私は、人間だった頃の姿を思い浮かべた。私が人間になっているイメージといえば、それしかない。

 私は人間になる、私は人間になる。とにかく沢山念じた。


「まあ今すぐ変性できなくても、後々に簡単にできるようになる方法もあるから、無理しなくても……」


 続けて喋っていたローサが言葉を突然切る。涼やかな美貌が驚きの表情を浮かべる。


 私の視界はいつもより随分と高くなっていた。

 体を支えていた前足は、地面から離れ、両脇にぶらさがっている。

 四つの足ではなくなり、バランスがとり辛くてふらふらとした。

 鼻は随分と短くなり、目の前に見えていた長い鼻がほとんど見えないのに違和感があった。


 ああ、人間とはこういうものだったのだな。

 私は感動に目尻に涙さえ浮かべた。


 ローサはぽかんとしていた顔をだんだん桃色に染めていった。

 グレゴリーは、何だか気まずそうに私から視線を逸らした。


 ふかふかだった被毛は今は無い。私の肌はすべすべになっている。


 つまり、私は全裸だった。

二人の前に貧相な女体が晒されている。


「あっ……」


 私は羞恥に己の体を掻き抱いてその場にしゃがみこんだ。


「ごめん、今人性体になったらそうなるよね……。私の服貸すよ……」

「あー、すまん。俺もすっかり失念していた」





 久方ぶりに人間の体を得た私だったが、どうにも獣の体とは勝手が違いすぎて動きがぎこちない。

 ぷるぷると震える指先に、ローサは「私が着せてあげようか?」と助け舟を出してくれた。

 情けなかったが、自分でできる気がしなかったので素直に好意に甘えることにした。


 ローサの服は私には大きくてぶかぶかだった。全体的にぶかぶかだったが、特に胸の部分が。

 く、悔しくなんてないんだからね!




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