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私は何者

 私は一体何をやっていたのだったかな。体ががちがちに固まっていてまったく動かすことができない。

 私は故郷の山んを飛び出して、人間に見つかって、それから……?

 そこで、誰かが私の周りで喋っていることに気付いた。


「お前さんが食い物を現地調達するなんて珍しいじゃねえか」

「……やろうと思ってやったわけじゃない。まさかただの獣が私に近づいてくるなんて」

「ほーん? そいつぁ珍しい。まぁよっぽど鈍い奴だったんだろう。お前さんがやらなくても、すぐにおっ死んでた運命さ。だからあんまり気にしなさんな」

「別に気にしてない」

「はいはい」


 抑揚のあまりない、冷たさを感じる女の声。粗暴な口調ながら、優しげな男の声。

 一体何の話をしているのだろう。


「所でパッと見致命傷が無いようだが、どうやって仕留めたんだ?」

「牽制で軽く爆破魔術使っただけなんだけど……。爆風で飛ばされて木に強く頭をぶつけたみたい」

「ほうほう。だがそれならまだこいつは生きてるかもしれんなあ」

「どうして? 死後硬直も始まってるのに」

「アナグマってのは死んだふりをする生き物なんだ。驚いたことに、死後硬直のモノマネまでするんだと」

「じゃあ生きてるの?」

「かもな。ま、俺はアナグマ汁を頂きたいからしっかり止めをささせて貰うぜ」

「私はいらないからね」


 アナグマを食べるのか。アナグマって何だろう。私はムジナ。でもそれは私が考えた仮称。私は今体が固まっていて、アナグマは死後硬直のモノマネをする生き物で……。


 アナグマとは私のことか。


 恐ろしい事実に急激に意識が覚醒する。はっと目を開けると、熊がいた。熊男、みたいな比喩ではなくまさに熊そのものの顔があった。

 固まっていた体はいつの間にか動くようになっており、反射的にとにかく遠くへ逃げようとした。が、すぐに首根っこを捕まえられ宙ぶらりんにされた。息が苦しい。じたばたともがく。離せ、と凄むようにぐるぐる唸り声を上げた。


「おうおう、随分と活きがいいねえ」


 熊が言葉を発した。熊は私をぶら下げてるのとは別の手には刃物を持っていた。


 何ということだ。私はもう死んでしまうのか? 一体何のために今まで生きていたというのだ。断じて熊の腹におさまるためではない。死にたくない。死にたくない。


 無慈悲に振り上げられた刃物が視界の端で煌めく。


「やめろ!!」


 悲痛な叫び声が響き渡った。熊はぴたりと動きを止めた。


「は……?」


 熊はどこか困惑したような気の抜けた声を発した。拘束する力が緩み、手から首の皮がすり抜け地面に着地する。

 同時に駆け出したが、またもや首皮を掴まれ体が宙に浮く。勢いがあっただけに、相当首が締まり、げえ、と息が詰まった。


「あ、ごめん……」


 こちらもまた、ひどく困惑したような女の声。むせながらそちらを見ると、気絶する前に見た白銀の髪の持ち主がそこにいた。サファイアブルーの瞳とぴたりと目が合う。


「お前、今喋ったね?」


 確かめるように問いかけられる。

 私が喋っただと? 私は獣だ。言葉を発することができるはずがない。今までだってこの喉は獣の鳴き声しか出すことができなかったのだから。何故そんなことも解らぬのか。あてつけに唸り声で返事をしてやろう。


「私が喋るわけがない! ……あ、あれ?」

「喋ったね」


 思ったことがそのまま流暢に口をついて出る。おかしい。何故獣の私が喋っているのだ。激しい混乱に襲われる。


「喋るアナグマなんて聞いたことねぇぞ。そいつ、魔物の一種なんじゃないか?」

「喋る熊には言われたくないよ」


 思わず反論する。魔物とはどのようなものを差すのかわからないが、私は由緒正しいただの獣である。たぶん。


「魔物と会話が成立するわけがない。こいつは多分……」

「ま、まさか」

「そのまさか……だと思う」

「おいおい、危うく同族殺ししちまう所だったじゃねえか! なんだってこんな辺鄙な森で真性体でうろついてるんだ!?」

「熊さんが何を言ってるのかわからないんだけども」


 しんせいたい、など専門用語じみた言葉を出されても。

 女が引き継いで説明をする。


「なんで本性の姿のまま森をにいたのか尋ねているの。それじゃ獣として狩られても文句は言えない」

「本性の姿?」

「君の場合はアナグマの姿ってことになるかな」

「私は生まれてからずっとこの姿だよ。他の何者にもなったことはない」


 逆にどうしてアナグマ以外になれると思うのか。まったくもって意味がわからない。


「グレゴリー……じゃなくて、そこの熊さんみたいな姿にはなったこと無い?」

「熊さんってのはやめてくれ」

「熊さんみたいな姿?」

「だから熊さんはやめてくれ」


 熊さん改めグレゴリーとやらに目を向ければ、実は彼はただの喋る熊ではないらしかった。

 顔は熊だが、体は逞しい筋肉と毛皮に覆われた成人男性のようだった。私の知ってる言葉で当てはめるならば、獣人といったところか。


「一度も無い」

「ふーん……」


 きっぱりと断言する。女は何やら考え込み出した。

 先ほどからずっと後ろ首を掴まれたままなのだがいい加減下ろしてほしい。


「ここはハジャリア王国だけど、もしかして君は他の国から来たの?」

「どこからが他の国なのかわからないけど、あっちの方にあった山脈で生まれて以来ずっとそこにいた」


 ぶらついていた前足で故郷の山があった方角を示す。

 女とグレゴリーはつられてそちらの方を向くと、二人とも顔を青ざめさせた。


「あ、あっちって……ウル・グエラ山脈だよね……?」

「あそこは邪竜の根城だろ!?」

「ドラゴンなら確かに見たことあるよ」


 あそこにドラゴンが生息しているのは有名な話らしい。


「お前さんよく今まで生きてこれたな……」

「まあ、一度食べられかけたことはあった」

「マジか!?」


 グレゴリーは信じられないものを見るかのような目を向けてきた。

 ドラゴンとの命懸けの鬼ごっこは今思い出しても背筋の凍りつく恐ろしい出来事だ。


「えっと……その話は追々詳しく聞きたい所だけど。獣として生きていたのなら、何故君は言葉を知っているの? 誰かに教えて貰ったの?」

「言葉ね。元々知っていたとも言えるし、教えて貰ったとも言える……と、思う」

「どういうこと?」


 私には元々日本語の知識があった。それに加え、女神様や彼女たちが話す別の言語の知識が入っている。

 原因として考えらるのは、馬頭の女神様のご加護による作用。しかしその事実をそのまま言ったとして、信じて貰えるだろうか。


「あー、その。君は神様って本当にいると思います?」

「神様ならこの世のどこにでも御座すでしょ?」


 神様は実在するものとして認知されているのか。なるほど。

 女と私のやりとりを聞いて、グレゴリーは何か察しがついたような表情をした。


「もしかしてお前さん、神様からご加護を頂いたのか?」

「多分。彼女は私のことを異界の子だと言ってた」

「い、異界人なのか!? なら最初からそう言え!」

「いや、何か言うタイミングが無かったというか……そんなに重要な話なの?」

「そっか、異界人ってことなら色々と納得いくかな」


 女はうんうんと頷いた。大体のことは、まあ異界人だからで片付くんだろうか。


「いやでも異界人が獣に入ることなんてありえるのか?」

「それについてはわからないけど。異界人は魔素適性が高いらしいから、このアナグマが色々と規格外なのはそのせいなのかなって」

「俺は魔術について詳しいわけじゃねえから、その辺はよくわからんのだが……」


 魔素だとか魔術だとか、極めてファンタジー的な言葉が飛び交っている。まぁ、ドラゴンや神様がいる世界なのだからもう何でもアリだろう。


「獣に人の魂が入ったのは女神様も初めて見るって言ってた。彼女が言うには偶然が重なったら結果らしい」

「そう、君も随分と苦労したんだね」


 獣の中身が人間だとわかったからだろうか、女は同情するかのように私を見やった。


「ところで、いい加減私を地面に降ろしてれるとありがたいんだけど……」

「あ、ごめん」


 私は久方ぶりに地に足を付けた。片手で長時間私を持ち上げ続けるとは、この女見かけによらず怪力かもしれない。


「そうだ、素性が大体わかったし、自己紹介しないとね。えっと、改めまして。私の名前はローサ・ウィスタリア。それでこっちの熊さんが……」

「熊さんはやめろ。俺はグレゴリー・バールだ」

「どうもこれはご丁寧に。私の名前は……」


 と、返事をしようとした所で私は自分の人間だった頃の名前を覚えていないことを思い出した。どうしよう。と焦りかけた所で、ある言葉が思い浮かんだ。それは、今の私をよく表す名前だと思えた。


「まあ、ムジナとでもよんで」


 私は自分の種族をムジナだと思っていたが、どうやらアナグマだったらしい。だが、ムジナという名前にはそれなりに愛着を覚え始めていた。なので、私自身がムジナと名乗ることにした。


「よろしくね。それで、ムジナにとって、大事な話があるんだけど」

「どんな話?」


 ローサは真剣な眼差しで私に衝撃の事実を告げた。


「君、今すぐにでも人間になれるかもしれない」


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