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知りたい、あなたのこと

 話がとりあえずまとまった所で、すぐにフォルティエ邸を発った。

 非公式とはいえフォルティエ傘下の研究所ともあって、フォルティエ邸のごく近くにあるらしい。

 シンは特に他のお供をつけることもなく、私達三人と一匹と一緒になってぞろぞろと徒歩で行くことになった。

 やんごとなき身分の人なのに、無防備に公道を歩いても大丈夫なのだろうか。

 偉い人はボディガードを側につけたりするものだと思っていたので、何だか不用心だなと思った。

 今日は見かけなかったが、以前側に控えていたメイとかいう使用人に知れたら渋い顔をしそうなものだが。

 それほど長い時間彼女を見ていたわけではないが、何となくいつもシンの破天荒ぶりに振り回されてそうな気配をそこはかとなく感じる。

 そう言えば、前もメイを納得させるために、俺は強いみたいな発言をしていたような気もする。

 つまり、シン本人がボディガードがいらないくらい強いのか。

 見た目的には、それほど力が無さそうな優男といった印象しか受けないが。

 フォルティエの人に無礼なことを言うと消し炭にされるだとかいう話も聞いたし、実はこう見えて魔術に精通している一族なのかもしれない。


 歩く熊一人、耳と尻尾が生えているのが二人、トカゲ一匹の中、唯一の普通の人間はローサだけだ。

 何頭もの犬のリードを引いて歩く飼い主……あるいは、お供の動物を連れた桃太郎か。

 くだらないことを思い浮かべてしまい、危うく何の脈絡も無く吹き出してしまう所だった。

 何とか笑い出さずには済んだものの、抑えきれないにやけ面でローサの顔をまじまじと見てしまい、ローサは不思議そうに首をちょっと傾げていた。


 それほどの距離を移動する間もなく、先導のために一番前を歩いていたシンがある建物の前で立ち止まった。


「着いたぞ」

「滅茶苦茶近いですね」

「ふうん、ここがそうなんだ」

「何つうか、研究所って感じの見た目じゃねえな」

「きゅるるー」

「そりゃ国営のでっかい所と比べればな。一応目立たない方が都合が良いんだよ」


 グレゴリーの感想の通り、示された建物の外観は、その辺にあるちょっと大きな家といった感じだ。

 事情が事情なだけに、あまり悪目立ちしないようにわざとそのようなさりげない建物を使用しているのだろう。

 シンは懐から鍵を取り出すと、ドアノッカーを叩くこともせず、まずは玄関のドアの鍵を開けた。

 その勝手知ったる様子は、しばしばここに足を踏み入れているだろうことを伺わせた。


「さ、そんなとこに突っ立ってないで上がった上がった」

「えーと、お邪魔します?」


 内装も玄関側から見える限りは普通の家といった雰囲気だった。

 他人の家に勝手に上がっているような妙な気分になり、何となく落ち着かない。

 シンは迷いのない足取りで、ある扉の前で、そこでようやくノックをした。


「おーい、俺だ。お前の研究に役立ちそうなのを連れてきてやったぞ」

「そんな物みたいな言い方……」

「ま、まあまあ」


 シンの無神経な物言いに、ローサは思わずと言った感じにしかめ面で悪態をついた。

 どうやらローサはシンのことがあまりお気に召さないらしい。

 その気持ちはよく分かるものの、いらぬ衝突はなるべく避けていきたい。

 宥めるように、苦笑いをしつつ手近にあったローサの服の裾をつまんだ。

 ローサは私の意図を正しく察したのか、ちょっと不満そうにしつつもむっつりと黙り込んだ。

 その様子を横で見ていたグレゴリーが声を出さずに笑った。

 一方、部屋から返事が無いことを訝しんだシンは再びノックをしたが、中からは何の反応も無い。

 耳をそばだてるように、そのキツネ耳をぴんと部屋の方へ向けてから、首を傾けた。


「いないのか? 入るぞ」


 シンが開けたドアの隙間から中を盗み見ると、それまでの民家らしい内装と一変して、研究に使うらしい色々な器具が置かれたかなり広い部屋が見えた。

 部屋を見回したシンは、中に人影が無いのを確認するとため息をついた。


「外出中ですかね?」

「いや、これは寝てるな」

「寝てるって、こんな真昼間からか?」

「あいつ、夜の方が元気なんだ」

「それってどういう……?」

「ちょっと中で待ってろ。ただし器具はいじらないようにな。壊したら弁償してもらうぞ」


 困惑する私達をよそに、シンはそれだけ言うと部屋から出ていってしまった。

 とりあえず、言われた通りに器具を触らないよう、サイアムを抱き上げて突っ立って待つことにした。

 これ以上借金を増やされるわけにはいかぬ。

 賢いサイアムは何か壊すことは無いとは思うが、一応、万が一に備えてだ。


「にしても真昼間から寝てるなんて、何ていうか自由……なのかな?」

「まあ、話によると相当問題のある人物っぽいし。こんなの序の口かもね」

「シングラルといったか、奴さんも妙な噂が飛び交ってるんだったか……。類は友を呼ぶってやつかね」

「噂って、変人だとか何とか言ってたあれですよね……」

「フォルティエって聞いてまさかとは思ったけどね。ハズレの方だったってわけ」

「ハ、ハズレって……」


 この街のもう一人のフォルティエ、大神殿にいたキツネ巫女さんと比べると、そういう表現はある意味適切なのかもしれないが。

 彼女の人の良さそうな柔らかい笑顔と、シンのいかにもいじめっ子っぽいニヤニヤとした笑顔を脳内で比べてみて、妙に納得してしまった。

 どうやら二人はフォルティエの変人の噂を意識して、今回同行をするに至ったらしい。

 予想が外れて欲しいと思っていたら、手紙の送り主は噂の当の本人、フォルティエの変人シングラルだったというわけだ。


「変人って噂らしいですけど、具体的にはどんな噂が?」

「ああ、それは……」


 何か言おうとしたグレゴリーの言葉は、勢いよく開け離れた扉の音により遮られた。

 上機嫌に尻尾を揺らしたシンは扉を開けた方の手と逆の手で、何者かの腕を引っ張って私達の前に突き出した。


「よう、待たせたな! うちの研究者連れてきたぞ!」

「シン様、寝起き頭に大声は響くのでやめて下さい。それに研究室で騒々しくしないでください。物が壊れます」

「壊したら損するのは俺なんだから、壊さないって」

「そうは言いますがね……」


 突き出された勢いによろめいて現れたのは、全体的に若干くたびれたような印象を抱かせる人物だった。

 その背に生えた翼に、反射的に天使か? と思ってしまったが、羽は暗い色合いをしており、縞模様が入っている。

 私が持っている天使のイメージの、純白の羽とは似ても似つかない。

 それに、少なくともシンよりは年上っぽい成人男性には天使なんて言葉まったく合わない。

 耳のような、そうでないような跳ねた二房の髪の毛が生えた不思議な頭髪は、羽と同じく灰褐色だ。

 くたびれた第一印象とは似合わず案外鋭い目つきはどこか猛禽類を思わせる。

 その目にかけられた大きな眼鏡は、そこに研究者らしい知的な雰囲気を足しているかのよう。


「それより、お前に丁度良い研究素材を連れてきたんだぞ、喜べ」

「また妙な商品開発させるつもりなんじゃないでしょうね?」

「違う違う、本当にお前向けの案件なんだって」


 研究者は一貫して敬語で喋ってはいるが、あまり相手を敬う心がこもってなさそうである。

 じとりと鋭くシンを睨みつけた視線をそのままスライドさせてこちらへ向けられ、思わずびくりと肩が揺れた。

 いやいや、私に怒っているわけではないのだから……と自分に言い聞かせて、何とかぎこちない笑顔を浮かべてぎこちない挨拶を交わした。


「えーと、こんにちは? おはようございます?」

「きゅる」


 ついでにサイアムも一緒になって挨拶をしてくれた。

 怖気づいている私に気を使っているのだろうか、なんてできたトカゲなんだ。

 私たちの挨拶を受けた研究者は、何かひどく驚いたように、その目を丸く見開いた。


「貴方は……」

「えっと……?」


 特に挨拶の返事をするでもなく、研究者はつかつかとこちらへ歩み寄ってきた。

 そして何かを確かめるようにじろじろと、主に私の顔より下のあたりに視線を滑らせている。

 顔も見ずに一体どこを見てるんだろう、と何だかいたたまれなくなって思わず声を上げた。


「あ、あの……?」

「フム、ドラゴンの幼生ですか。確かに私向けの素材ですね」

「えっと、この子はカラカラトビトカゲで……って、そうじゃなくて、研究素材……は、私の方で」

「カラカラトビトカゲ? そんなはずありません。どう見てもドラゴンの幼生でしょう」

「え、えっと? えっ? そうなんですか? そうなの? サイアム?」

「きゅるーる」


 何となくただのトカゲではないかもしれない、と疑惑を持ってはいたが、思わぬ所で思わぬ人物に指摘され、私は大いに混乱した。

 思わずサイアムに問いかけてしまったが、私にトカゲ語? ドラゴン語? がわかるはずもない。

 どうしたものか、と背後のグレゴリーとローサを見るも、二人も何が何だか、といった様子だった。

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