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急がば回れ

 まったくばらばらの思惑を持った反応で、しかしタイミングだけはばっちり同時に三人の声が重なった。

 思わず両脇に座っていたグレゴリーとローサの顔を見やると、同じように二人もこちらを見た。

 私たちは無駄に息がぴったり揃っていた。

 ローサは何だか眉間に皺をよせて剣呑な顔をしていて、グレゴリーはどうすっかな、みたいな困り顔をしている。

 各々が聞きたいことがありそうだったが、私への用事らしいので、まずは私が聞いてみることにした。


「ええっと……。まず、シーサーペントってなんですか?」

「海の魔物だ。有り体に言えば、細長くてでかい」

「有り体すぎませんかね……」


 あまりにもシンプルな表現すぎて、姿が全然思い浮かばない。

 手足が八本あるとか、鱗があるとか、毛が生えているとか、角があるとか無いとかみたいに、もう少し詳しい外観を教えて欲しいものなのだが。

 適当すぎる返答に不信感たっぷりな視線を送るが、シンはあっけらかんとのたまった。


「俺も実物は見たことがないんだよな」

「まあ、シーサーペントは海に棲んでる魔物だからな。海辺に棲んでねえと中々お目にはかかれねえ」

「そうなんだ」


 ベテラン冒険者のグレゴリーが言うのだから、きっとそうなのだろう。

 しかし、実物を見たことも無いのに退治を依頼するとは、一体どのような理由あってのことなのだろうか。

 そして私をチョイスした理由は……十中八九、借金のせいなのだろうが。

 借金を盾に、体のいい鉄砲玉に使えると思われるんじゃないかといまいち不安が拭いきれない。


「んで、こいつは本来ならば沖合に棲んでるんだが、近頃ルミース河口付近に棲みついたらしい。今は河口で食い止められているが、ルミース川上流には王都がある。このまま河口から遡られると、大いに困ったことになるんだな、これが」

「それは大変ですね」

「だからお前がちゃちゃっと退治してきてくれ」

「シーサーペントって、ちゃちゃっと退治できるものなんですか」

「お前なら、多分いけるだろ」

「そ、そうなんですか?」

「ついでにお友達、それにペットも連れて行っていいぞ」

「そんな、遠足じゃないんだから……」


 内容はそれなりに深刻そうなのに、何故いちいちこんなにも言動が軽いのか。

 この人と話すとなんだか疲れるな、と内心ため息を吐いた。

 私の疲れた心情を察してくれたのか、膝の上に乗っているサイアムが、私の手をぺろりと舐めた。

 サイアムは空気を良く読む子で、こういう話し合いの時にはちゃんと静かにしているようだ。


 何となくなあなあで引き受けそうな雰囲気に、静かにやりとりを見守っていたローサから抗議の声が上がった。


「ちょっと待って。シーサーペントなんて、一人二人で手におえる魔物じゃない。そういうのは、騎士に任せればいい」

「一応、食い止めてるのが騎士達なんだがな。何せ相手は水中にいるもんで、中々思うように仕留めることができないんだとか」

「騎士にできないならば、ますます冒険者一人がどうにかできるものだとは思えないけど」

「それが、そうでも無いんだよなあ……。っていうか、こいつから何か聞いてないのか?」

「ムジナから?」

「えっ、私?」


 いきなり私に話題が振られて、呆けた返事をしてしまった。

 私がローサに、事前に何か話しておかなければならかなったのだろうか。


「あー、そういや、そもそも本人がよく分かってない、みたいな感じなのか?」

「ええっと……」


 いまいち歯切れの悪そうな物言いに、何を言いたいのかよくわからずに困惑するしかない。

 変わりに、グレゴリーがずばり聞きたいことを言ってくれた。


「お前さん、ムジナについて何を知っている?」

「この分だと、本人よりは詳しいかもな」

「それが、シーサーペントを倒せる理由になるのか?」

「そうとも言える」

「そいつは、一体なんなんだ?」

「そうだなあ……。うーん、俺って説明とかあんまり得意じゃないんだよな」

「お前さん、真面目に答える気はあるのか……」


 グレゴリーも、シンの飄々とした態度に呆れ果てたようだった。

 だがシンとしても、本当にどう言ったものか、といった感じだったらしく、腕を組んで少し尻尾をゆらめかせた。


「そもそも俺もそこまで詳しくない分野だし。本人もよくわかってないらしいし、この機会にちゃんと調べたらどうだ」

「調べるって?」

「お前の特異体質……みたいなのを、うちの研究所でちょっと検査したらどうかってこと。そしたら、お友達も納得するだろ?」

「うちの研究所って……。まさか、研究所持ってるんですか?」

「一応。ちょっと変わった奴だけど、丁度分野がぴったりの優秀な研究者がいるぞ」


 まさか研究所を所有していたとは、恐るべしフォルティエ家である。

 以前、研究所による検査はツテを得るのが難しいということで、保留もとい、ほとんど諦めていた。

 それが、突然降ってわいたこの機会。

 普通とは違うらしい、己の身について気にならないと言えば嘘になる。

 できればこのチャンスを逃したくないが、二人はどうだろうと顔色を伺ってみると、二人も思案しているようだった。

 研究所で検査をしたとして、もし私が非常に特異な存在であると判明した時に、身の安全などがあるのかどうか。

 どこか胡散臭い所のあるこの男、はたして信用できるのだろうか。

 最初からツンケンした態度だったローサは、どちらかと言えばあまりシンを信用していなかいらしく、探る様に言った。


「何を企んでいる?」

「別に何も。あえて言うなら、お友達の杞憂を晴らすために、善意で提案したんだけど?」

「それで、ムジナを詳しく調べた情報はその後どうするつもり?」

「うちできっちり管理することになるだろうな」

「外部に漏らさないという保障は?」

「うちの研究者、ちょっと事情があってな。研究界から追い出されたのを、うちが拾ったんだ。だから、他との繋がりはほぼ無いし、多分何言っても誰にも信用されない。つまり漏らす心配も、漏れた後の心配もしなくても良い」

「それって、つまりよっぽどの問題人物ってことだね」

「まあ、世間的にはそうだな」

「そんな話、一介の冒険者に漏らしてもいいわけ?」

「お前達が黙っていれば問題ないな」

「ふうん……」


 ローサは一通りの問答を終え、納得したようだった。

 研究会から追い出されるほどの問題人物を、名門フォルティエ家が支援しているという事実。

 これはあまり大声では言えない話なのだろう。

 これで私達とシンはお互いに弱みを握っている関係となった。


 俺は黙っているから、お前達も黙っていろ。

 つまりは、そういうことなのだ。


 グレゴリーもちゃんと合点がいったようで、顎の被毛をいじりつつもうんうん、と頷いている。


「ううむ、なるほどなあ。ムジナ、これはお前さん自身の話だ。俺はお前さんの判断に任せるぜ」

「わかりました」


 ローサはどうかな、とそちらを見れば、どこか浮かない顔付きだった。

 情報が漏れる心配が無くなったから、どちらかといえば安心してるかと思ったのに、ちょっと意外だ。

 つい、とつれなく視線を部屋の壁の方へ向けたローサは、憂鬱そうに言った。


「私は、個人的にはあまりおすすめしないけど。研究所ってところにあんまりいい印象ないから。でも、ムジナが知りたいって言うなら、仕方ないかな」

「研究所嫌いなの?」

「何でもかんでも隅々まで調べる所が好きじゃない」

「そうなんだ」


 以前話に出た時も、研究所に行くことについてどこか乗り気でなかった態度が気になっていた。

 どうやら研究所という施設に良い印象を持っていなかったせいらしい。

 それでも、グレゴリーと同じように、私自身の判断に任せてくれるようだ。

 それならば、私の答えは決まっている。


「じゃあ、研究所、行ってみたいです」

「よしきた。それじゃ、早速行くとしようか?」


 私から肯定の意を引きだせたのが嬉しかったのか、シンは上機嫌そうに尻尾をゆるゆる振りながら立ち上がった。

 だが、私は一応言っておかなければ、とそれに水を差すような言葉を放った。


「でもまだシーサーペント退治を引き受けたわけじゃないですからね。そこはよろしくお願いしますよ」

「何だよ、そっちもついでに了承してくれても良いのに」

「ついでに頷ける内容じゃないですってば……」


 軽すぎる良家の御曹司、シン。

 やっぱり、この人と話すと何だか疲れるな、とがっくりとうなだれた。

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