キツネ再び
合間に質問や合いの手を受けつつ、今に至るまでの経緯を長々と説明した。
ちなみに勿論、借金については一言も触れていない。
随分と喋ったので、喉が渇いてしまった。
水を飲んで喉を潤しつつ、膝の上で丸くなっているサイアムの鱗をすべすべと撫でた。
どうやら長話ですっかり寝入ってしまったらしく、すぴー、と気の抜ける寝息を立てている。
「ふうん、なるほどね……」
「もう銅色カードになるとはなあ。大したもんだ」
「ううん、思わぬ大物がいたのが、運が良かったのか、悪かったのか……。とりあえず、これでちょっとは様になってきたのかな?」
怪我も無く倒せたので、運が良かった方だろうか。
話を聞き終えて何か思案している様子だったローサは、ちょっと罰が悪そうに何かの封筒を懐から取り出した。
「ん? 何の封筒?」
「部屋に届いていたから。悪いけど、中身見せて貰ったよ」
「手紙……? もしかして私に?」
「そう、ムジナ宛てに。フォルティエ紋が入ってたから、不審に思って」
「ああ、知らなかったら、そりゃ気になるよね……。言ってなかった私が悪いから気にしないで。それに、私も約束守れなかったから……ごめんね」
「ん」
ローサは短くうなずくと、机の上に封筒をそっと置いた。
先ほど顔を合わせた時に複雑そうな表情だったのは、約束を破られた怒りもあったが、勝手に手紙を見た後ろめたさもあったからか。
まだ人間社会に飛び込んで日も浅い、知り合いもそれほどいない私宛に、名門フォルティエ家からいきなり手紙が届いたら驚くのも無理も無い。
置手紙を書いた時、急いでいたせいでフォルティエ家の一連の事件の方を書かなかったのが原因なので、主に私のせいだ。
それに約束を破ったまったく誠実でない私相手に、そこまで気にしなくても良いだろうに。
ローサは何だか律儀というか、真面目っぽい。そういう所が好ましくもあるのだが。
わだかまりが無くなり、いつも通りのクールな顔に戻ったローサにほっと安堵した。
「仲直りできて良かったな!」
「別に元々喧嘩なんてしてなかったでしょ」
「ははは……」
外野で見守っていたグレゴリーも安心したのか、にこにことどストレートなことをのたまった。
それに答えるローサの声色は、完全にいつも通りで、グレゴリーに対してちょっと冷たい。
机の上の封筒をつまみ、ちらとグレゴリーとローサの顔を伺うと、二人とも無言で頷いた。
フォルティエ紋がつけられた封筒から、中身を取り出してさっと目を通すと、そこには綺麗に整った文字が綴られていた。
だが内容は非常に簡潔で、手紙を読んだらフォルティエ邸まで来いという、単なる呼び出しのようだった。
「家に来いって……これ届いたの、いつだろう?」
「今朝届いたよ」
「それで、今朝からずっとあんな調子だったんだよなあ」
「余計なこと言わないで」
穏やかでないローサの様子がよっぽど面白かったのか、グレゴリーがからかいの言葉を投げる。
余計な情報を暴露されたローサは、ちょっぴり頬を桃色に染め上げてグレゴリーを睨みつけると、私の方に向き直った。
「それで、もし行くならこれから行けばいいんじゃないかと思うんだけど」
「何の用事かは知らんが、それがいいだろうな」
「そうだね。明日になっちゃったら、何だか怒られそうだし……」
ついでにこれまでの稼ぎを持っていき、最初の返済をするのも良いかもしれない。
思わぬ大きな収入があったので、シンのあの済ました顔を驚かせられるかもしれないと思うと、少しばかり楽しみである。
これからの予定を脳内で組み、さてじゃあ用意するかと立ち上がろうとした所で、ローサが爆弾を投下した。
「ムジナ、私も一緒に行こうと思う」
「えっ!?」
「そう言うだろうと思ったぜ。そんなら、俺もご一緒させて貰うとするかね」
「えっと……私は別にいいけど、向こうは大丈夫なのかな?」
「別に一人で来いって書いてないし、私とグレゴリーは一応それなりの立場だから大丈夫」
「そ、そうかなあ」
「そうだよ」
「そうだぜ」
「ううん……」
確かに、手紙には来い、としか書いてなかったので、ローサの理論は押し通せそうではあるが。
どうせサイアムもくっついてくるだろうし、一匹増えようが、二人増えようが、変わらないだろうか?
妙に自信ありげなローサに気おされ、結局了承することとなった。
借金返済を考えると人目が増えるのは気になるが、それならばまたの機会を見つけ、一人で訪問してこっそり返せばいいか。
寝ぼけ眼のサイアムを伴い、ばたばたと用意を済ませて皆でフォルティエ邸へと出発した。
ぞろぞろと同伴者を連れてやってきたフォルティエ邸、相変わらずの豪華絢爛な建物に若干気圧される。
固く閉ざされた門前に控える門番に、あのう、とおずおずと声をかけた。
「ん? フォルティエ家に何かご用件が?」
「はい。フォルティエ家の方から、こんな手紙が届いてまして……」
「拝見させて頂きます」
手渡した手紙にさっと目を通した門番は、丁寧に折りたたむとこちらへ返した。
「確かに、本物のフォルティエ紋のようですね。門を開けるので少々お待ち下さい」
がちゃりと重々しい金属らしい音を立てて開けれれた門を、門番にお辞儀をしつつ通る。
内容が簡潔すぎたせいか、同伴者やペットについては何もとがめだてされなかった。
こちらとしては助かったが、セキュリティ的にはこんなんで大丈夫なのだろうか? といらぬ心配がちらっと頭をよぎった。
敷地内からは使用人に連れられ、そのままぞろぞろと見覚えのある応接間へとやって来た。
調度品を見たり、思案に浸ったり、ソファに座ったりなどと、思い思いに待っていると、ガチャリとドアが開き、全員の視線がそちらへと集中する。
「よお。今日はお友達を一杯連れてきたんだって?」
「は、はい。私の友達です。あ、あとペットのサイアムです。カラカラトビトカゲです」
「きゅる」
「ローサ・ウィスタリア。冒険者。よろしく」
「グレゴリー・バールだ。同じく冒険者だ。まあ、ムジナとは冒険者仲間兼、保護者って所だな」
「へえ? お噂はかねがね。シングラル・フォルティエだ。立ち話も何だし、適当に掛けてくれ」
それぞれの名乗りを聞いたシンは、ちょっと意外そうな顔をした後、含み笑いをした。
ソファに座るのを促されたので、私たちは広々としたソファに腰掛けた。
向かい側に座ったシンは、優雅に尻尾をぱたりと振ると、面白そうに喋りはじめた。
「しっかし、冒険者の知り合いがいるとか言ってたけど、まさか冒険者ギルド上位ランクの二人組だったとはな。大した人脈じゃないか」
「たまたま知り合ったようなものなんですけどね……。二人には色々とお世話になってます」
「で、首から下げてるそれ。冒険者じゃないとか言ってたが、やっぱり冒険者だったのか?」
「これはこの前帰った後に登録したので、この前言ったことは嘘じゃないです」
「なるほどなあ。それで、もう銅色になったのか? 随分と早いじゃないか」
「まあ、色々あって……」
「わざわざ世間話をするためにムジナを呼び出したの?」
「ちょ、ローサ!?」
会話を遮るようにローサが無遠慮な物言いをしたので、私は大いに慌てた。
確かに何だか軽くていけ好かない感じのする男だが、これでも権力者である。
失礼なことを言えば、社会的に制裁されてしまう危険がある。
もしかしたら、名誉棄損とかなんとかで私みたいに賠償金で借金まみれにされてしまうかもしれない。
グレゴリーは何だかあちゃー、みたいな感じに片手で顔を覆っている。
シンは特に気を悪くした様子も無く、むしろ興味深げに三角の耳をぴんと立てた。
「氷雪のローサ。名前通り、氷のような美人ってわけね。最も全方位に冷たいわけでも無さそうだが」
「……」
対するローサは、全く興味が無いとでも言うかのように、そっぽへ視線を向けて無視を決め込んでいる。
下手に触ってもまずそうな険悪なムードに、私とグレゴリーははらはらと見守る他無い。
何も返事をしないローサに、シンはそれ以上何か言うことも無く話題を切り替えた。
「まあでも、確かに世間話をするために呼び出したわけじゃないからな。御望み通り、ちゃっちゃと要件を告げるとしようか」
「は、はい」
「ルミース川のシーサーペントを退治してこい」
「えっ?」
「は?」
「本気か?」
私は知らない単語が連続したことにより、ローサは何だか威圧感たっぷりに、グレゴリーは信じられない、という風に同時に聞き返した。




