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おかえり

 パターさんは、ワームの後始末のために物置小屋から去って行った。

 私が出したゴミだとも言えるので、手伝った方が良いか聞いてみたが断られてしまった。

 何でもこれ以上仕事を増やしたら、さらに依頼金を弾まなければいけなくなるとか何とか。

 冗談めかして言っていたので、おそらく今日の休日をゆっくり過ごしてほしいという心遣いだと思う。

 素直に好意に甘えることにし、特に食い下がることもなくその場で別れることにした。


 というわけで、一人と一匹、ぽつんと暇を持て余すこととなった。

 畑周辺はさんざん見飽きたので、今日は近場の山にでも行ってみようか。

 一応、足元のサイアムにも今日の予定を提案してみた。


「今日は山の方に散歩に行くけど、一緒に来る?」

「る!」

「そっか」


 サイアムは元気よく一鳴きすると、細長い尻尾をくるりと一振りした。

 それを肯定の意と受け取って近隣の山の方へ歩き出せば、ちょこちょこと小さな手足を動かして案外素早いスピードで後ろを付いてきた。




 村の周囲の風景を見回した時、山の一部がもやもやと煙っているのが妙に気になっていた。

 一日中暇な本日、折角だから見に行ってみようとサイアムを伴って山登りを敢行したのである。

 道がそれほど整備されていないことから、普段から人が登ることはそれほど無さそうだった。

 そこそこの高さまで登ったところで、変なにおいがすると気になりそちらへ行けば、煮えたぎる湯だまりへと辿り着いた。

 どうやら煙の正体はこいつのせいだったらしい。

 漂う湯気に、温泉に入りたいなあ、と温泉文化が盛んだった日本への郷愁を覚えた。

 しかし、ぐつぐつと気泡が浮かんでいる様子を見るにこの源泉は非常に高温らしい。

 こんなものに飛び込んでは体の汚れどころか、命まで落としてしまう。

 思わぬ危険地帯を前に、はあ、とため息をついていると脇からサイアムがするりと飛び出して行った。

 え、ちょ、と止める間もなくぼちゃんと源泉にその身を沈ませてしまった。


「あちっ! って、ちょ、ちょっと!? 何やってるの!?」


 跳ねた熱い飛沫に反射的に飛びのいて、サイアムのいきなりの奇行に慌てふためいた。

 沸騰する湯に手を突っ込むわけにもいかず、はらはらと沈んで浮かんでこないサイアムを見守るしかない。

 それほど間を置かずに、サイアムは湯の表面に顔を突き出した。


「い、生きてる!? 大丈夫なの!?」

「くるる」


 すいすいと器用に泳いで淵まで来たサイアムは入水した時とは正反対に、静かに湯から出てきた。

 湯気が濃くて浮いている時にはよく分からなかったが、近くで見てみればサイアムがその口に何か咥えていた。


「何か拾ったの?」

「くるくる」


 手をサイアムの方へ持っていくと、素直に咥えている物を離してくれた。

 湯から上げたばかりで、ほかほかと湯気を放つ謎の物体をぐるぐると色んな角度から観察してみる。


「これは……石、じゃないよね」


 石にしては妙に薄っぺらくて湾曲している。そして薄い割には強度がかなりありそうだ。

 反った外側は綺麗な青緑色をしていて、一見して綺麗な鉱石にも見える。

 しかし、ふと思い浮かんだのは、地球にもこのような非常に美しい色の卵を産む鳥がいたなあ、ということで。


「もしかして、これ卵の殻? しかも、君のだったりして……なんてね」

「きゅるるる!」


 それを肯定するかのように、サイアムは非常に興奮した鳴き声をあげた。

 カラカラトビトカゲの卵って、熱湯に浸かっても無事なのだろうか?

 いや、卵どころか先ほどは本体そのものがまるまる熱湯に浸かっていた。

 それなのに、サイアムはどこかを痛がる様子もまったく無く、元気そのものである。

 高温の液体に触れても平気な爬虫類などという超生物が、異世界には当たり前に存在するのだろうか。

 疑心を抱えつつ山から下り、その夜に夕食を頂きながらそれとなく話題に出してみた。


「パターさん、カラカラトビトカゲって熱いお湯に入っても大丈夫なんでしょうかね?」

「風呂にでも入れたいのかの? トカゲは熱に弱いじゃろうから、やめた方が……」

「で、ですよね」


 この一件で、私はサイアムがカラカラトビトカゲであるということに、半信半疑にならざるを得なかった。




 次の日、早朝から荷馬車に乗ってはるはるとイヴシルへと帰ってきた。

 時間帯的には昼前といった所か。

 門番にサイアムのことを見咎められたものの、カラカラトビトカゲであると説明をしたらあっさりと通してもらえた。

 もしかしたらカラカラトビトカゲではないかもしれない疑惑はあるが、街の外には捨てていけないので仕方がない。

 これからはサイアムはカラカラトビトカゲであると押し通して乗り切ることにした。


 小腹が空いていたので屋台で軽食を取りつつ、冒険者ギルドにてワームの牙や魔石の納品もさくっと済ませた。

 その時についでに教えて貰ったのだが、どうやらあのワームは正式にはソイルワームと名付けられている魔物だったらしい。

 日光に非常に弱く、完全に夜行性。地中を移動するが、基本的に待ち伏せで狩りを行うのでそれほど頻繁に見られる魔物ではないんだとか。

 ギルドの職員は、これほど大きい牙が納品されたのは初めてだと驚いていた。

 ちなみに、そのギルド職員にサイアムがカラカラトビトカゲであると説明した時に、納得はしつつも首を捻っていたので少しひやっとした。


 ソイルワームそのものはそれほど危険ではないらしいが、牙の大きさから推測された全長に狩猟が困難であるとの判断が下ったらしい。

 多少の協議の結果、めでたく私の冒険者カードは新人の白色から、光沢を持った銅色へとランクアップした。ついでに財布も大分潤った。

 首から下げるように細い鎖を通した冒険者カードをぷらぷらと手で弄びつつ、上機嫌で宿屋への帰路へとついた。


 そして、ここ数日色々と濃厚な出来事が起きすぎて半ば頭から抜け落ちてしまっていたが、私はそもそも留守番をしていた身分である。

 食堂スペースには、本来の立場とは逆に私の帰りを待ち構えていた二人がいた。

 

「よお、中々元気そうだな」

「……おかえり」

「グレゴリー! ローサ!」


 のほほんとした様子のグレゴリーと、対照的に何だかむっつりとした様子のローサがいた。

 そうだ、遠征前に交わした大人しくしているという約束は、有言不実行となってしまったのだった。

 私は上機嫌から一変して、非常に後ろめたい気持ちになった。


「えーっと、ただいま? それとおかえり……?」

「うん……」


 恐る恐る声をかけてみたものの、ローサは何だか気のない返事をして目を逸らした。

 どうしたものかと、それほど怒ってなさそうなグレゴリーに視線をずらして助けを求めてみた。

 グレゴリーは苦笑いをし、大きな手でさらさらのローサの髪の毛を遠慮なくかきまわした。


「まあまあ、ぴんぴんしてるしいいじゃねえか! めでたく同業者になったみたいだしなあ」

「ちょ、ちょっと! やめて!」


 髪の毛を乱されるのを嫌ったのか、子ども扱いに憤ったのか、ローサはグレゴリーの熊の手から逃げるように身を捩った。

 グレゴリーはしつこく追いかけることもせず、言われた通りにあっさりと手を離した。

 その時、空気がほぐれたのを感じ取ったのか、大人しく私の後ろに隠れていたサイアムが元気よく飛び出した。


「あっ」

「きゅる!」


 這いずる移動方法と体の大きさの関係で、完全に死角に入っていたらしい。

 突然現れた生き物に、二人は反射的に身構えた。


「おっと、こいつは?」

「ドラゴン? 何で街の中に?」

「あー、えっと……話せば長くなるんだけども……」

「きゅ」


 混乱した様子の二人に、私はサイアムを引き取るに至った一連の出来事を説明をしなければなあ、と遠い目をした。

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