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畑には生き物が沢山

 ちらりと周囲の村人達の様子を伺うと、今しがた目の前で繰り広げられたやりとりに困惑しているようだった。

 ドラゴンに視線を戻せば、熱心に私のことを見つめている。

 相変わらず、害意や敵意などは感じられない。

 むしろこのドラゴンは、私に対して好意のような、何か親愛的なベクトルの情を持っているように見える。

 その理由が分からないのがいまいち不安だが、現状を何とかするにはこれを利用しない手は無いだろう。


「君がこの村にいることは、村の人達にとっても君自身によっても良くないってことは、わかるかな?」

「くるる?」

「えっと……つまり、できれば村の外に出て行ってくれると、とてもありがたいんだけど」

「ぴす」


 こちらの要求を分かりやすく伝えたら、ドラゴンは何処か寂しげな、空気が抜けたような音を発した。

 しょんぼりとした様子を見るに犬がくうん、と鼻を鳴らすのと同じような感じだろうか。

 その小動物じみた動作に良心やら罪悪感が刺激され、何だか弱いものいじめをしているかのような気分にさせられる。

 私の中にあったドラゴンのイメージ像とはあまりにもかけ離れた目の前の生き物に、何だか気が抜けてしまった。

 ドラゴンとは案外知能が高く、また子どもの内は大人しい人懐こい生き物なのかもしれない。

 私は一連の交流を持って、このドラゴンはそれほど危険では無いだろうと結論付けた。

 だが、それはそれ、これはこれである。

 私が危険じゃないと思っても、村人達の反応を顧みるにドラゴンをそのまま村に居座らせるのは良くないだろう。

 私は出て行ってくれという要求には応えないドラゴンにどう働きかけようか悩んだ。

 とりあえず言っても聞かないなら、物理的に働きかけるしかない。


 私は二歩ほど前に足を出し、こちらからドラゴンへと近づいてみた。

 私の一挙一動を観察していたドラゴンは、きょとりと首を傾ける。

 怖がらせないようにゆっくりと手を差し出してみるが、逃げる素振りは無い。

 そのまま指先をドラゴンの顎に触れさせると、すべすべとした鱗の感触が伝わってきた。

 それと同時に、触れたそこから何かが繋がったような、伝わったような、何とも言い表しがたい曖昧な感覚が走った。

 謎の事象に驚いて固まっていると、ドラゴンは目を閉じ、控えめに掌に顎を押し付けてきた。

 爬虫類だからひんやりとしているのかと思い込んでいたが、掌に感じる体温は温かかった。

 先ほどの謎の感覚は触った一瞬だけ鋭敏に体中を駆け巡ったが、今はそんな感覚はかけらも感じられない。

 もう少し触れば何か掴めないかとドラゴンの顎を撫でさすってみたが、ドラゴンが機嫌良さそうに喉を鳴らすだけで結局よく分からなかった。

 うんうんと悩みながら大胆にもドラゴンの脇腹に両手を添えて抱き上げてみたが、ドラゴンは抵抗らしい抵抗もせず、だらんと両手両足を垂らしている。

 片手を尻尾の付け根を添わすように位置を変え、犬や猫を抱っこする体勢に変えれば、甘えるように私の平らな胸に頭を押し付けてきた。

 可愛いなあとぼんやり考えたが、はっと当初の目的を思い出す。

 ドラゴンを愛でるのではなく、追い出さなければいけないのだった。

 我に返ってみると、周囲はしんと静まり返っていた。

 私はぎこちない愛想笑いを浮かべて、パターさんの方へ向き直った。


「一応捕まえられました……? けど、どうしましょう……」

「お、思ったよりは大人しいようじゃが……ふむ、どうするかの……?」


 パターさんも思いのほか人懐こいドラゴンに、扱いを考えあぐねているらしい。

 見回すと、村人達も何だか微妙な表情になっていた。




 パターさんと村人達の話し合いの結果、ドラゴンはひとまず物置小屋に閉じ込めておくことになった。

 作物泥棒かもしれない可能性も捨てきれないだとか、やはり凶暴かもしれないだとかいう理由もあったが、ドラゴンが私から離れようとしないのが一番の原因だった。

 最初は村の外れに捨て置いて、ついてこないで、と言って村に戻ろうとした。

 しかし、どうしても一定の距離離れると、私の後を追ってきてしまうのだ。

 そういったわけで、可哀想だが私の仕事が終わるまでは物置小屋で大人しくしていて貰うことに落ち着いた。


「悪いけど、お仕事が終わるまでここで大人しく待っててね」

「ぴす……」

「うっ……終わったらちゃんと迎えに来るから……」

「ぴぃ」


 後ろ髪引かれる思いで、扉の小屋をしめてつっかえの板を嵌めた。

 しばらく耳をそばだてて様子を伺ってみたが、ドラゴンは寂しげに鼻をならしているものの、暴れたり放火をすることもなく、ちゃんと大人しくしているようだった。


「大丈夫そうです」

「そうか……それなら良いんじゃが……。それじゃ、わしは農作業に戻るぞい」


 側にいたパターさんは、頷くと畑の方へ去って行った。

 はあ、とため息をついて私も物置小屋を後にする。


 成り行きで私がドラゴンを引き取るような感じになってしまった。

 ドラゴンの生態もろくに分からないし、そもそも借金を背負ってる身なのに、食い扶持を増やしていったいどうするというのか。

 後で何処かに捨ててきてしまおうか、ともちらりと思い浮かんだが、ぶんぶんと頭を振ってその案を即座に却下する。

 どこか遠くへ捨て置いたとして、そのままドラゴンが飢え死んだり、捕食されて命を落としてしまったら、などと考えてしまい、とてもそんなことはできない。

 こうもあからさまに懐かれてしまうと、情も湧いてしまう。

 ドラゴンの育て方、みたいなタイトルの本でもあれば良いんだけど、なんて間抜けなことを考えながら昼下がりの農村をとぼとぼと歩いた。




 時刻は夕方。

 ねぐらに帰る鳥達の群れが空を飛び交っている。

 いよいよ狩猟の時間が来たのである。

 早めの夕食を腹いっぱいに頂き、私は今土臭い地面に伏せっている。

 別に直立で待ち伏せても良いのだが、狩猟となると何となく獣らしいポーズの方がしっくりくる。

 幸い、いくら冒険者がいるとて夜は恐ろしいそうで、他の村人達は家の中で待機している。

 人目が無いなら地面を這おうが、アナグマの姿になろうが、全裸になろうが、まったく問題無い。

 万が一見られてしまったら心臓に悪いので、できればアナグマの姿にはなりたくはないが。

 さて、どれほどの時間、石のように動かずにじっと待っていただろうか。

 日もすっかり暮れ、あたりを照らすのは僅かな月の光のみになった。

 虫の声、夜鳴き鳥の声、そして風が揺らす作物のざわめきだけが聞こえる静かな空間に、がさがさと異質な音が響いた。

 私とは違う、何かの生き物が畑に立ち入ったのだ。

 少しだけ体を起こして遠くを目を眇めて見渡せば、何者かが作物の根を掘っている。

 そいつは見間違いで無ければ、立派な体躯を持つ猪のように見える。

 パターさんは猪では無いと言っていたが、やはり犯人は猪だったのだろうか。

 色々と疑問を覚えないでもなかったが、ひとまず最初の獲物を仕留めるべく気配を潜めてじりじりと体を前へと動かす。

 もしも気付かれたとしても、猪との体格差を考えれば逃げるより、こちらに襲い掛かってきそうな可能性も無きにしもあらずな気もするが。

 元々の距離が開いていたので、半分くらいの距離を詰めるのにそこそこ時間がかかってしまった。

 あと残り半分、と意気込んでいたのだが、ふいに甲高い鳴き声が上がるとともに、猪が一瞬で姿を消した。

 何が起きたのかわけがわからず、伏せていた体勢からがばりと立ち上がり、猪がさっきまでいた場所まで駆ける。

 猪がいたであろう場所に着くと、そこにあったのは。


「大穴……?」


畑の至る所で見られた不審な大穴が、そこにあった。

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