ポタート村
おじいさんも流石に生臭い娘と同乗するのは嫌だったのか、快く宿へ送り出してくれた。
あまり待たせてもいけないので、出来る限り手早く入浴と荷造りを済ませた。
それほど遠くないとは聞いていたが、不在中にグレゴリーとローサが帰ってくる可能性も無くは無いだろう。そこで、ローサの部屋の机に簡単な書置きを残しておくことにした。
冒険者になったことと、街の外の簡単そうな依頼を受けてみたので出かけてきます、といった当たり障りのない内容だ。
一応場所や依頼内容についても記述してある。
忘れ物はないか繰り返し確認し終えると、慌ただしく宿から飛び出した。
おじいさんもとい、ポタート村の村長であるパターさんとは南門の方で待ち合わせをしてある。
南門は北門の反対側にあるらしいので、迷う心配は無い。
道行く人達にぶつからないよう気を付けながら、南門側へと小走りで向かう。
鼻を掠める屋台の食べ物のにおいに、それなりにお腹が減っていることに気付いた。
馬車に乗ってしまったら、調理をする場所も器具も無い。今のうちに何か買っておいた方が良いだろう。
とりあず、真っ先に目についた焼いた生地に色々な具材を挟んだ食べ物を購入してみた。
見た目としては、サンドイッチよりケバブに近い。
できたての芳しい香りにはとても心惹かれるが、走りながら食べるのは行儀が悪いし危ない。
食べるのは馬車に乗ってからのお楽しみである。
休憩を挟まず走り続けられたからか、それほど時間をかけることなく南門の所まで来れた。
少し上がった息を整えながら、周囲をきょろきょろと見回してみる。
門の側には荷車や、それをひく馬などの動物をとめておく施設があるようだ。
馬がメジャーな動物のようだが、中には地球では見たことのないような、馬とも鹿とも山羊ともつかない不思議な生き物もいた。
物珍しさに、思わずその奇妙な生き物に釘付けになっていたら、横合いから呼びかける声が聞こえた。
「ムジナ殿」
「あっ、パターさん」
名前を呼ばれたそちらを見れば、パターさんがこちらへ向かって手を振っていた。
見たことのない動物へ思いっきり気が逸れている所を見られてしまい、少し気恥ずかしい。
パターさんの方へ駆け寄りぺこりとお辞儀をする。
「どうもお待たせしました」
「いやいや、ちょうど今しがた準備ができた所じゃ。ささ、荷馬車はこっちじゃ」
「はい」
案内された方へ着いていくと、既に馬が繋がれた荷馬車が待機していた。
それほど多くは無いが、積荷が後ろに積まれている。
パターさんはよっこらせ、と掛け声を上げて御者台へ座ると、隣の開いたスペースとぺしぺしと叩いた。
「見ての通り、村に持ち帰る積荷があってのう。ちと狭いかもしれんが御者台の方へ座って貰うぞい」
「わかりました。ではお隣失礼しますね」
私も釣られて、よいしょ、などとおっさんくさい掛け声を上げながらひょいとパターさんの隣に飛び乗った。
いつもと視界の高さが違うので、何だかちょっぴり不思議な気分だ。
自動車や電車などと違い、周囲に隔てるものが何も無いのも大きいかもしれない。
私が隣にしっかり座ったのを見ると、確認するように言った。
「では、出発するかの」
「はい。よろしくお願いしますね」
パターさんは馬に軽く鞭を振るい、指示を受けた馬は蹄を鳴らしてゆるく歩き出す。
舗装された道を、がたがたと音を鳴らしながら馬車が進む。
日本の乗り物に慣れた以前の感覚と照らし合わせてまず第一に思ったことは、思いのほか揺れるということだった。
とはいっても、これはこれで中々新鮮だし楽しいかもしれない。
門を潜りぬけ、門番兵に見送られながら街の外の街道へと繰り出した。
南門側は人の出入りが激しいからか、北門側の街道よりしっかりと整備をされているようだった。
北側には魔物の森があるから人の出入りは冒険者くらいしか無いが、南側には他の街や村があるからだろう。
しばらくは流れ行く景色をまったりと楽しんだり、さきほど屋台で買った食べ物でお腹を満たしたりして時間を潰した。
お腹も満たされ、後は村までただ座っているだけだ。
が、何もしないでずっとぼうっとしているのも何だかもったいない気がする。
とりあえず、パターさんに依頼に関することをさらに詳しく話を聞いてみることにした。
「ポタート村って、農村なんですか?」
「そうじゃ。イヴシル周辺の農地の中じゃ一番小さいかもしれんが、作物の味には自信がある」
「へえ、それは是非味わってみたいですね」
「村に着いたらたんまりと食べていくと良い」
「楽しみです」
イヴシルは城郭都市という性質上、土地に限りがある。
都市内だけじゃ、全員に食べ物を行きわたらせることは難しいだろう。
そこで、周辺の農村から食べ物を買って賄っているということか。
「ところで、害獣の正体がわからないって書いてありましたけど、どうしてですか?」
「どうも夜の間に荒らされているようでの。畑は広いし、夜闇は深い。情けないことに、未だに正体が掴めておらんのじゃ」
「なるほど」
「それに、夜は魔物が出ないとも限らん。人手もそれほど無いから中々夜に出歩くのも難しくてのう……」
「そこで冒険者の出番ってことなんですね」
街の明かりも届か無い農村では、夜の闇は相当深いだろう。
例え手元に明かりがあっても、人の目じゃ広い畑の中で野生動物を捕えることは難しい。
私は夜目が効く上に鼻もかなり良いので、普通の冒険者に頼むよりも適任だろう。
何となく流れで引き受けた依頼だが、パターさんも私も運が良かったかもしれない。
「頼りにしとるよ。村にはおらんからよう知らんが、霊命種は見かけによらず大層強いんだとか聞き及んでおる」
「私も他の人にはあんまり会ったことないですが、少なくとも私は見た目通りじゃないですね」
十代前半の花も恥じらう年頃の乙女は、少なくとも血塗れになって素手で魔物を屠ったりはしないだろう。
それにしても、今まで見た目とのギャップに驚かれることはあれど、こうも頼りにされたことはあまり無い。
いつもとは違う反応に、何だか少しくすぐったいような、落ち着かないような微妙な心地になった。
ポタート村に着いた時にはすっかり日が暮れていた。
しかし、イヴシルを出た時間帯を考えると、それほど時間がかからなかった方だ。
パターさんの言った通り、イヴシルとポタート村はそれほど離れていないらしい。
日が落ちているからか、外にいる人は見かけなかった。
その代わりに、こじんまりとした家々には明かりが灯り、あちこちからは夕飯の良い匂いが漂っていた。
おいしそうな匂いに消化器官が刺激されたのか、お腹からぐう、と音が鳴った。
すぐ隣に座っているパターさんにも聞こえてしまったかとすぐにそちらを見ると、パターさんはにこにこと破顔していた。
うん、これは聞こえてしまったようだ。
羞恥に熱くなる顔を誤魔化すように、パターさんとは反対の方を向いて何とはなしにアナグマ耳を片手でいじってみる。
私の様子が面白かったのか、パターさんは、ほっほ、と穏やかな笑い声を上げた。
「小さい村じゃから、宿屋なんて無くての。ムジナ殿、良ければ滞在中は我が家に泊まるのはどうじゃろうか」
「そう、ですね。野宿するわけにもいきませんし、それじゃお世話になります」
「自慢の作物の味も、存分に味わっていってくだされ」
「……ごちそうになります」
私の顔はそっぽを向いていたが、ご飯の話題にアナグマ耳は両方ともパターさんの方に向いていた。
もしも尻尾が隠れていなかったら、落ち着きなく左右に振られていただろう。
霊命種の獣パーツは手持無沙汰な時にいじるのには便利だけども、感情がすぐ反映されてしまうのは困りものだと思う今日この頃であった。




