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巡り巡って己が為

 冒険者ギルドまでの道のりでは、案の定道行く人達にじろじろと視線をぶつけられた。

 先に風呂に入れれば良かったのだが、冒険者ギルドの建物は宿屋までの道のりの途中にある。先に風呂に入りにいくにしても、どうせ通らなければいけない道なので諦めた。


 からんからん、というドアベルの音と共に冒険者ギルドの建物へと足を踏み入れる。

 中にいた人達に三度見されるのも、もはやお約束である。

 段々と注目を集めることにも慣れてきたので、いちいちびくびくすることも無くなってきた。

 納品をさっさと済ませて風呂に入りたかったのだが、生憎先客がいるようで空いている納品カウンターが無かった。

 仕方が無いので、カウンターが空くまでは仕事依頼書を見て暇を潰すことにした。


 カウンターから離れた脇の方に掲示板があり、依頼書がよく見えるように貼り付けられている。掲示板に入りきらなかった物もあるのか、横に置かれた机の上にはファイルが置いてあった。

 留守にする間のペットを預かる、なんて平和的な依頼もあれば、実験のために生きた魔物を捕えてきて欲しいなどという物騒な依頼もある。

 相場はいまいちわからないが、報酬金の幅もピンからキリまで、お小遣い程度から、そこそこの額のものも混じっているようだ。

 魔物の素材を要求する物もあるが、商人を介さないことで、仕入れ額を節約しようという魂胆だろうか。

 と、少しの間ぼんやりと依頼書を流し見ていると、受付嬢の「またのご利用お待ちしています!」という元気な声が耳に入ってきた。

 どうやら納品カウンターが開いたようである。

 さっさと納品を終わらせたかったので、他の人が来る前に、と早足で納品カウンターに駆け寄る。


「こんにちは。納品したいのですが」

「こんにちは! それでは冒険者カードの提示をお願いします!」

「はい」


 納品に必要なことは分かっていたので、既に手に持っていた冒険者カードを差し出す。


「ありがとうございます、確認いたしました! それでは納品するものをこちらのトレイへ乗せてください!」

「よろしくお願いします」


 袋を逆さまにして、先ほど綺麗に解体してもらった皮や爪、魔石をトレイに散らした。


「それでは鑑定が済むまで少々お待ちください」


 受付嬢はトレイを持つと、奥の方へ引っ込んで行った。

 後は少し待って、お金と明細書を受け取るだけだ。

 特にやることも無いので、何とはなしに耳をぴろぴろと動かしていたら、横の方のカウンターの喋り声が自然と入ってきた。


「すみません、ギルドから強制することはできませんので……」

「そうはいうが、もう随分と待った。引き受ける人は誰か一人くらいおらんのか」

「時間が経っても引き受ける人がいない時は、依頼金が見合っていないのかもしれません。依頼金を上げてみるのはどうでしょうか」

「金額は十分のはずじゃ」

「それなら、もうしばらくお待ちすれば引受人が現れるかもしれません」

「誰も引き受けないから困っていると言っているのじゃが」

「それは……」


 老人と他のカウンターの受付嬢が何やら言い争っているらしい。

 仕事を依頼しに来た老人が、中々引き受ける人が現れないのでクレーム入れている、というシチュエーションだろうか。

 何となく気になって盗み聞きに集中していたら、鑑定が終わったらしく納品カウンターの受付嬢が戻ってきた。


「納品ありがとうございました! 報酬金は1560エルになります。内訳についてはお渡しした明細書に記載しておりますのでご確認下さい」

「あ、ありがとうございます」

「またのご利用お待ちしております!」

「はい」


 日給としては悪くはない。むしろ、かなり良い方だと思う。

 もっと強い魔物の素材を持ち帰れば、さらに効率は上がるだろう。

 今日戦ってみた感触として、ある程度の魔物なら楽に相手取れることが分かった。次はもう少し思い切ってみても良さそうだ。

 さて、帰って風呂に入るか、と踵を返そうとした所で、何やら脇の方が騒がしくなっていることに気付いた。

 そちらを見やると、先ほどのクレーマーおじいさんの所に、若い男が増えていた。


「じいさん、こんなくだらない要件でいちいち冒険者を使うもんじゃない」

「くだらないじゃと!?」

「どうせ猪か何かだろ? 柵で囲っとけばいいんじゃないか?」

「猪じゃあない」

「何で断言できるんだ? 誰も姿を見ていないんだろ?」

「それはそうじゃが……」

「あの、ここで騒がれては困ります……」

「まあまあまあ、すぐ終わるから」


 今度は若い男とおじいさんが言い争っているらしい。仲介に入ったつもりなのかもしれないが、若い男のせいでますます話がこじれているように見える。

 受付嬢も困り顔である。心なしか、余計なことしやがって……と顔に書いてあるような気がする。


「とにかく、こんな田舎にわざわざ猪狩りしに行く冒険者なんかいないと思うぜ?」

「ここからそう遠くはないはずじゃが」

「そうなのか? 聞いたことない所だったからてっきり辺鄙な場所にあるのかと」

「……もういい、わかっとる。都会の人間はこんな片田舎のことなど、どうでも良いんじゃろ」

「いやあ、まあそんなことは……」

「ふん」


 若い男は何だか気まずそうに去って行った。いやいや、そんな顔するなら辺鄙な場所にあるのかと、とか言うなよ。

 若い男はいなくなったが、険悪なムードがカウンター前に漂っている。

 先ほどからおろおろしている受付嬢が何だか可哀想だ。

 余計なお節介かなと思いつつ、少し話を聞いてみることにした。


「どうしたんですか?」

「ん? お嬢ちゃんは……」

「冒険者です。貴方は、ギルドに依頼を出した依頼人、ってことでいいんでしょうか?」

「ああ、そうじゃ。じゃが、ここに頼んでも無駄だったようじゃな。もう取り下げようと思っておる」

「そうなんですか? その前にちょっと依頼書見せて貰っても良いですか?」

「好きにせい」

「ではちょっと拝借して」


 依頼内容は、作物を荒らす生き物を駆除して欲しい、というものだった。

 依頼金は、そこそこ。場所はポタート村。先ほどの話を聞くに、それほど遠くない場所にあるらしい。

 生き物は特定されていないらしいが、野生動物か何かだろうか。

 野生動物は魔物と違い、積極的に人を襲うわけではない。

 野生動物の特定や、罠を作っての待ち伏せなど、冒険者にとっては面倒くさい段取りが必要なのが仕事を引き受ける人間が現れなかった原因だろうか?

 野生動物を捕まえるのは得意だし、魔物の森以外にも、街の外を見て見たかったので良い機会かもしれない。

 それに、個人的には心なしかしょんぼりしているおじいさんが可哀想なので助けてあげたい。

 私は諸々の要素を考慮してみて、この依頼を引き受けてみようと思い立った。


「これ、私が引き受けましょうか?」

「お前さんがか?」

「不安ですか? でも、こう見えても霊命種ですし、腕っぷしはそれなりに自信がありますよ」

「ふむう、確かに霊命種は力が強いと聞くが……」

「それに、野生動物を捕まえるのは得意なので」

「……他に引き受ける人間もおらんし、お前さんに任せてみることにしよう」

「はい、任されました!」


 元気よく返事をすれば、おじいさんはやっと柔らかな表情になってくれた。

 良かった良かった、お年寄りは大事にしないとね。


「では早速村に来てもらおうかの。荷馬車を止めてあるから村までお前さんも一緒に乗ると良いじゃろ」

「じゃあ、お言葉に甘えてご一緒させて頂きますね。でもその前に」

「ん?」

「せめてお風呂に入らせてください」

「ああ、そうじゃな……」


 そう、すっかり忘れていたが今の私はとても生臭かった。

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