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冒険者ギルド出張所

 あれから、魔物の森から出るまでに二度ほど魔物の群れに襲われた。

 血の匂いに誘われたのか何なのか知らないが、今日はもう一直線に帰る気分だったので勘弁して欲しい。

 既に両手にぶら下げるほどの荷物があったのに、更に荷物が増えてしまった。

 日本人のもったいない精神が疼き、折角仕留めた獲物を捨て置くことなどできなかった。


 そんなわけで、私は両手いっぱい塞がるくらい大量の魔物の死体を街へ向けて運搬している。

 主に増えた大量の荷物のせいで、行きよりも大分重い足取りだ。重さ的には問題が無いのだが、何分嵩張って歩き辛い。

 血液には素材的価値は無さそうだと思って一応血抜きはしてみたが、それでもやっぱり血臭はする。別に慣れたにおいではあるが、鼻が無駄に良いのでとても生臭く感じる。

 何となくこの状態ではあまり人と顔を合わせたくないな、と思った。一応私も女の子だ。身だしなみは多少は気にするのである。

 幸いにして中途半端な時間帯だからか、魔物の森に向かう冒険者とすれ違うことは無かった。


 ようやく北門まで来た時には、精神的にへとへとだった。肉体的な疲労感はそれほどでもなかったが。

 門の脇には、行きの時にいた門番とは別の兵が立っていた。あれから結構時間も経っているので、交代をしたのだろう。

 街に入る人間を見咎めた門番の兵が、声をかけてきた。


「待て、街に入るなら何か身元を証明できる物を……!?」


 門番の兵士はあからさまに顔を引きつらせた。

 北門は主に冒険者の出入り口だから、これぐらい血塗れの人も珍しくないはずだが。

 私は塞がっていた片方の手を空けるために、どさりと魔物の死体を手放して荷物を漁り、冒険者カードを取り出した。


「はい、これで大丈夫ですか?」


 門番の兵は冒険者カードを受け取ると、やたらじろじろとカードと私を見比べた。


「あ、ああ……冒険者、か」


 門番に赴任して間もないので、不慣れなのだろうか。それとも、何かまずい点でもあったのだろうか。

 もしかして街に入らせてくれないのかと、若干不安になった。

 門番の兵はぎこちない手つきでカードを返してきた。


「不備は無い、ようだな。……通っていいぞ」

「どうも。お仕事お疲れ様です」

「ああ……」


 役割を終えた冒険者カードをしまい、地面に転がっていた魔物の死体を拾って門を潜った。

 門番の兵とすれ違ってからも、後ろから視線が突き刺さるのを感じる。

 あまりこんなひどい格好で街中をうろつきたくなかったので、門のすぐそばにある建物へ早足に駆けこんだ。


 冒険者ギルド出張所とは言えど、魔物の解体を主な目的とした建物である。

 建物の中は不必要な家具や装飾品はまったく無く、広々とした空間が広がっていた。

 今の時間帯は丁度空いていたのか、私の他に魔物の死体を持ち込んでいる冒険者はいないようだった。

 冒険者があまり利用しない時間だからなのか、解体人も一人しかいない。おそらく解体に使うだろう台の上で、青年が刃物を研いでいる。

 青年の頭には灰色の犬科っぽい動物の耳が生えており、私がそちらに近づくと頭の耳だけぴくりとこちらに向けた。

 忙しいのかな? と思ったが、とりあえず声をかけてみることにした。


「あのう、解体を頼みたいのですが」

「すみません、ちょっと待っていてください。すぐ終わらせますから」

「あ、はい」


 研ぐのに集中しているのか、思いのほか真剣そうな声を返された。

 別に急いでるわけでもないし、邪魔したら悪いかな、と私は静かにその場で待っていることにした。

 すぐ終わらせるとの言葉通り、青年は研いでいた手を止めて、刃物を表から裏から眺めて、次にこちらを向いた。


「お待たせしました……って、こりゃまた随分と小さなお客さんだな」

「小さくても解体は頼めますよね?」


 見た目上仕方ないにしても、一応お客さんなのだから子どもに声をかけるような声色はやめて欲しい。

 いい加減このような反応にもうんざりしていたのもあって、返事がちょっとだけ刺々しくなってしまった。


「すまない、珍しくてつい。失礼だったな」

「別にいいです。慣れてますから」


 あっさりと素直に謝ってきたので、苦笑いを浮かべて私も先ほどよりは大分と柔らかい声色で返した。

 別に悪気は無さそうだし。

 それほど頭に来たわけでもないし、ここで話がこじれても困る。

 私の反応に安心したのか、青年は尾を一振りすると、笑顔を浮かべた。


「解体なら大丈夫だ。相手が何であれ、魔物の死体さえ持ってきてくれれば受け付けている」

「冒険者じゃなくてもいいんですか?」

「いいけど、冒険者じゃなかったら手数料を頂くよ」

「てことは、冒険者ならタダなんですね」

「そういうこと」


 てことは、冒険者じゃなくても魔物の森で稼ぐことはできるのか。

 でも、冒険者ギルドで納品をするにはやっぱり冒険者カードが無いと駄目だから、あえて登録しないでやる意味は無さそうだけども。

 私は冒険者カードを取り出そうとして、またしても両手が塞がっていることに気付いた。

 人に見せる機会が多いし、後で首から下げれるように紐か鎖でも見繕おうかなあ。

 とりあえず、両手いっぱいの魔物の死体を、解体に使いそうな目の前の台に置いてもいいのか聞いてみることにした。


「あ、ここにちょっと置いていいですか?」

「どうぞ。この台で解体作業するから汚れは気にしないでいい」

「それじゃ遠慮なく」


 どさどさと台の上に山積みになる魔物の死体。

 ごそごそと荷物を漁り、白い冒険者カードを青年に見せる。


「じゃあ、私冒険者なのでタダでよろしくお願いします」

「冒険者ね、了解。それじゃ作業が終わるまで脇の椅子にでも座って待っていてくれ」


 壁の方に、申し訳程度に椅子が並んでいる。

 解体作業を待ったり、順番待ちの時に座る場所だろうか。

 座り心地の悪そうなそちらで待っていても良かったが、折角の機会なので青年に一つお願いしてみることにした。


「暇なので作業を見学しててもいいですか?」

「別にいいが、見ていてそんなに楽しい物でもないぞ?」

「参考になるかと思って」


 意外な申し出だったのか、青年は目を瞬かせた。

 荷物運搬の手間を考えると、なるべく自分で現地解体したいので、プロの技を盗ませてもらおうと思ったのだ。


「まあ、慣れれば簡単な物だけどな。血が飛ぶかもしれないから、少し離れていた方が良い」

「わかりました」


 青年の纏うエプロンや作業服には、確かに血が付着しているようだった。黒くて見た目では良く分からなかったが。

 既に防具には血が着いてしまっているので今さらな気もしたが、青年が気を効かしてくれたので素直に助言に従うことにした。

 今の私の目はとても良いので、多少離れていても細部の動きは把握できるから問題ない。

 床に着いている血なども考慮して、おそらく血が飛んでこないであろう、そこそこ距離を取った場所に立った。


「それじゃこの辺で見ていますね」

「はいよ」


 それからは、黙々と解体作業をする青年をじっと見つめていた。

 建物内には他に人もいないので、肉を切る音と青年が身動きする音、それとお互いの呼吸の音しかしない。

 青年の手つきは鮮やかの一言で、一応何をしているかは見えるのだが、とても私には真似ができなそうである。

 よくよく考えたら、私は力こそあるものの、器用さが圧倒的に足りない。

 人の作業を見ていてどうにかなる問題では無かったのだ。

 私は早々にプロの技を盗むのを諦めた。

 そうしたら、今度は暇を持て余すことになる。

 とりあえず暇つぶしに目の前の青年に話しかけてみることにした。


「あのー、何かお話しても大丈夫ですか? お邪魔になったりしますかね?」

「大丈夫だ。慣れてるから別に片手間でも問題無くできるよ」

「じゃあ、暇なのでちょっとだけお付き合いお願いしますね」


 許可は頂けたようだ。さて、一体何を話そうか。

 この世界でもいい天気ですね、とかは無難な話題になるだろうか? 

 いやいや、お見合いじゃあるまいし。

 と思い浮かんだ無難オブ無難な話題を打ち消す。

 と、そこで青年の頭にくっついている犬っぽい耳が目に入った。


「お兄さんは、霊命種なんですよね。何の霊命種なんですか?」

「狼族だ」


 なるほど。犬っぽい気がしたが、そのまま犬なんですか? と聞かなくて良かった。

 いや、狼と犬って間違えると何となく怒られそうな気がしたので。


「へえ、狼なんですね。あ、私は熊です」

「はは、見れば分かるよ」

「そういうものなんですか?」

「大体は。その様子じゃ狼族を見るのは初めてか?」

「はい」


 狐族様ならつい最近見たけどね。

 そういえば、霊命種は全ての動物に存在するわけではなく、一部の種類にしか存在しないのだったっけ。

 それなら、全部の種類を覚えていれば見ただけで大体判別がつくのも頷ける。


「そうか。まあそもそも霊命種自体そう数がいるもんでもないしな」

「そうなんですか?」

「ああ。ハジャリアでも、首都とここに集まってるからな。田舎なんかじゃそれほど見かけないって話は聞く。君は最近街の外から来たんじゃないのか?」

「そういうことになりますね」


 どうやら、霊命種は首都とイヴシルに集中して住んでいるらしく、それ以外の場所ではやや珍しい存在らしい。

 それほど見かけない、なら皆無ではないのだろうが。

 話題が一つ落ち着いた所で、今度は青年の手元に目が行く。

 魔物から魔石を取り出したり、皮を剥いだり、種類によっては爪や牙を選り分けたりしているようだ。

 余った肉の塊は別の容器に放り込んでいる。

 てかてかと鈍く光を反射するそれに、何となく目を惹かれた。


「魔物の肉って食べられるんでしょうかね?」

「食べられなくもないが、普通は食べないな」

「普通は?」

「魔物の肉は、一般的には家畜の餌扱いだ」

「家畜……」

「ちなみに、ここで解体して余った肉はワイバーンの餌になる」

「えっ、ワイバーンの!?」


 家畜と聞いて、犬の餌か何かかと思ったのだが、まさかワイバーンの餌になるとは。

 確かに、あれだけの巨体を維持するには、大量の肉が必要そうではあるが、魔物の肉なんか食べさせてしまって大丈夫なのだろか?

 いや、別に見た感じでは普通の肉っぽいし、別に問題無いのかな?

 そもそも、ワイバーンと魔物の違いって何だろう……と若干哲学方向に思考が逸れていったが、青年の一声で現実に引き戻された。


「よし、お待たせ。全部終わったよ」

「ありがとうございました」

「どういたしまして。ま、これが仕事だからな」

「手つきが鮮やかすぎて、とても真似できそうにもありません」

「ははは、それじゃまたのご利用が期待できるかな?」

「そうですね、きっとまた来ることになると思います」


 狼の青年との世間話は、中々有意義であった。作業を見るのも中々興味深かったし、また来る時が楽しみである。

 受け取った魔石と素材類を袋に詰めて、私は冒険者ギルド出張所を後にした。

 あくまで解体サービスのための出張所のため、納品するためには本部の方へ行かなければならないのだ。

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