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異世界就職活動終了

 フォルティエ家の敷地に入った時は無我夢中だったので、門から出た道の風景がまったく見たことのない場所で少し焦った。

 が、よく周りを見てみると、建物の合間から恵みの大神殿が見えることに気付く。

 どうやらフォルティエ邸は恵みの大神殿の近くに建っているらしい。

 神官や巫女の家だからよくよく考えてみれば当たり前のことである。

 そんなわけで、恵みの大神殿を道しるべに、方角やら何やらを推測しつつ、知っている道までたどり着けた。何とか迷子は免れることができ、ほっとした。


 見知った道に入ってからは、特に何の障害も無く冒険者ギルドの建物まで来れた。

 ドアを開ければ、カランカランとドアに取り付けられたベルが音を鳴らす。

 音に反応して振り返った荒くれ者達は、私のことを二度見、いや三度見した。

 以前はローサとグレゴリーが一緒だったから特に気にも留められなかったが、年端もいかない少女の見た目である私が、一人で冒険者ギルドに訪れたことがきっと物珍しいのだろう。

 カウンターに歩み寄っている間も、チラチラと視線が突き刺さるのを感じた。

 とてつもなく居心地の悪い思いをしながら、私は空いているカウンターのお姉さんに声をかけた。


「こんにちは、今大丈夫ですか」

「はい! 仕事依頼のご用件でしょうか?」

「えっと、違います」


 どうやら仕事依頼者だと思われたらしい。

 冒険者ギルドは基本的には素材納品を受け付ける、冒険者と商人の間を繋ぐ仲介組織のような役割を担っている。

 しかし、その他にもギルド外からの仕事依頼も受け付けており、雑用から指定の上位魔物討伐まで、難易度はピンからキリまで依頼ができるとか何とか。難しい依頼はその分依頼金がとても多くなるようだが。

 グレゴリーとローサはこちらの方が割がいいから、と素材納品ばかり請け負っているらしいので、民間からの依頼についてはあまり詳しくは教えて貰えなかった。

 冒険者ギルドが仲介しているとはいえ、トラブルもあったりするので色々と面倒くさいらしい。


 それはさておき、私は本日は仕事を依頼しに来たわけではない。そんな金を使う余裕は一銭たりとも無いのだ。

 私は目的の要件をはっきりと告げた。


「冒険者登録をしに来ました」

「申し訳ないのですが、ご本人がいないと冒険者登録の手続きは行えません」


 誰かに頼まれて、代わりに登録作業をしにきたと思われたらしい。

 そりゃ、私みたいなどう見ても剣すらまともに持て無さそうな女の子が冒険者登録しに来たなんて思わないか。


「本人は、私です」

「ええと」

「私が冒険者登録をしたいんですけど、できますか?」

「!? ……失礼致しました。霊命種の方でしたら、霊命種登録証を提示して下されば登録が可能です」


 カウンター向こうのお姉さんは大層驚いた様子ではあったが、流石はプロと言うか、そこまで取り乱すことも無く、謝罪の言葉を述べた。

 私はごそごそと荷物を漁ると、霊命種登録証をカウンターの上に置いた。


「これで大丈夫ですか?」

「ありがとうございます。少々お待ち下さい」


 お姉さんは霊命種登録証をチェックすると、頷いて書類を取り出した。

 登録証を見ながら書類にペンで色々と書きつけると、私にそれを寄越した。


「間違いがないか、ご確認ください」


 書類には、霊命種登録証と同じように、私の簡易なプロフィールが載っていた。

 特に問題無さそうだったので「大丈夫です」と、お姉さんへ書類を返した。


「冒険者の仕事についてはご存じでしょうか?」

「ごく身近に冒険者の人がいるので、大丈夫です」

「それでは今回は説明は省かせて頂きますね。後にわからないことなどありましたら、気軽にお尋ねください」


 冒険者についての仕事ならば、もうローサからそれなりに聞いている。

 仕事依頼については今のところ受けるつもりも無いし、特に説明を受けなくとも大丈夫だろう。

 わからないところがあればまた聞きにくればいい。お姉さんもそう言っていることだし。


「それでは冒険者カードを発行します。発行に手数料として1000エルが発生しますが、よろしいでしょうか?」

「えっ」


 一回二回の食事じゃまず使い切らないような、そこそこ大きな額だ。

 それなりの身分証明にも使えるっぽいし、タダでほいほいと発行するわけにもいかないか。

 1000エルならば、冒険者の仕事を始めればすぐにでも稼げる額だろう、多分。

 私はローサから多目に貰っていたおこずかいを、じゃらじゃらと取り出した。


「これで足りますか?」

「はい、1000エル丁度ですね。ありがとうございます。発行まで少々お待ちください」


 硬貨を受け取ったお姉さんは、そのまま硬貨やら書類やら色々と持ってカウンター奥の部屋へ入って行った。

 しばらく待っていると、お姉さんはその手に小さなカードを持って帰ってきた。


「お待たせしました。こちらが発行された冒険者カードになります」

「ありがとうございます」


 そのカードには、やはり私の簡易なプロフィールが載っていた。

 カードの色は、白だった。

 グレゴリーとローサの冒険者カードは、金色である。

 冒険者ギルドの査定により、貢献度が高いと判断されると、カードの色もそれを表すように煌びやかになっていくらしい。

 なので、まだ駆け出しの私は一番ランクが低い、目立たない白色のカードなのである。

 要件を済ませた私は、カウンターのお姉さんにお礼を言うと、冒険者カードと霊命種登録証を受け取って冒険者ギルドを後にした。




 冒険者ギルドから出た後、細々とした買い物をしていたら、いつの間にか日は傾き、すっかり夕焼け模様になっていた。

 私は宿屋女神の止まり木亭に帰るべく、とぼとぼと大通りを一人歩く。


 思い返せばとても長い一日だったと思う。今世において、一番濃密な一日だったかもしれない。

 霊命種保護協会を出た時には、巫女を目指してみようかと思っていたのに、今や私は立派な駆け出し冒険者となってしまった。

 どうしてもやむを得ない事情があったにせよ、人生どう転ぶかまったく予想もつかないものだなあ、とため息をついた。


 しかし、物は考えようだ。まったくの想定外ではあったが、そこまで最悪の状態でも無い。

 身売りや内臓を売るとかいった、アウトローな商売を強いられているわけでもない。


 私は至極あっさりとまっとうな職に就けた。それも、グレゴリーとローサの同業者にだ。言わばお揃いである。

 危険が伴う職業ではあるが、頼れる先輩もいる。それに、世間的には花形職業らしい。

 金色の冒険者カードを持つ者には、それなりの社会的な信用と地位が与えられる。

 年若いローサが持っているのだから、実力さえあれば、金色のカードを手にするまでそれほどの年数はかからないだろう。

 幸いにも、私の肉体年齢は相当若い。

 うまくやれれば、借金を全て返済しても、まだまだ人生を楽しむ余地は十分にあると思う。

 まあ、問題は私にそこまでの実力があるかどうか、確信を持って頷けないところだが。


 明日、早速魔物の森に行ってみるつもりでいる。

 それで、ある程度自分自身がどこまでやれるかはっきりするだろう。


 宿に戻った私は、一人で食事も入浴も済ませ、明日への緊張で胸をどきどきさせながら眠りについた。




 次の日、私は魔物の森への道が続いている門の前へとやってきていた。

 いよいよ、初出勤? の時が来たのである。

 持ち物は、あまり遠出をするつもりは無いので、僅かな食糧だけ持った。予定通りならば、帰りは持ち物が増えているはずなので、これで良い。

 手足には申し訳程度の防具。

 それと私でも扱えそうな、短い片手剣。

 武器防具の為にお金を減らすことに抵抗感を覚えたが、自分の安全のためならば、となけなしのおこずかいを投げ打った。


 あれもこれも、今日うまくいけば、全部取り返せるはずなのだ。

 私は鼻息荒くも、堂々たる一歩を踏み出そうとした。


「あれ、お嬢ちゃん遠足かい? 魔物の森の方は危ないから気を付けなよ」

「遠足じゃありません! 冒険者のお仕事をしに行くんです!」


 門番の兵に気の抜けることを言われ、私は堂々たる一歩目に危うくずっこける所だった。


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