為すべきことを為すべし
例のごとくローサにぎゅうぎゅうと抱きしめられながら眠りについた翌朝。
朝食を囲みながら私の留守番の是非を決めることとなった。
昨夜に、グレゴリーに相談してみると言っていた通りにローサが話題を切り出す。
「ちょっと、ムジナについて相談したいことがあるんだけど」
「ん? 何だ?」
「街で待っててもらうことにして、次の遠征に出るのはどうかなって」
「一人で街に残すのか?」
「本人は大丈夫と言ってるんだけど……」
グレゴリーは、ううむ、とその豊かな顎の被毛を掻いた。
私はできうるかぎり不安を感じさせなそうな笑顔を浮かべて見せた。
「確かに、見た目はこうだが中身の歳はもうちっと上らしいからなあ……」
「らしいね」
「あまり過保護にするのも失礼かもしれねぇな」
「つまり」
「その案採用してみるか」
「だってさ、ムジナ」
「は、はい!」
思わずガッツポーズを取りそうになってしまった。グレゴリーは手強いかと思ったが、案外あっさり頷いてくれて良かった。
その後の二人の短いやりとりにより、次の遠征は明日出発に決まった。
本日は遠征準備として保存食を買ったり色々と準備をするらしい。
私も社会勉強として二人について行った。ローサやグレゴリーにあれこれ質問責めをし、とりあえず保存食に関しては中々詳しくなれた気がする。
そして来たる翌日。
私は遠征に出る二人を街の門の前まで見送りに来ていた。
「何があった時のために、お金は多めに置いておいたからね」
「金の使い方はちゃんとわかるか?」
「昨日しっかり教えて貰ったからわかりますよ!」
「ははは! すまんすまん!」
過保護なのは失礼なのではなかったのかグレゴリーよ。
まあでも知識的にはその辺の幼児レベルかもしれない部分もあるのでこちらとしてもあまり強くは言えないが。
「私は大丈夫なので、安心して出発していいですからね!」
「ん。それじゃ、えっと……行ってきます?」
「行ってくるぜ!」
「行ってらっしゃい!」
ローサはやはり心配なのか、名残惜しげにこちらを振り向きながら、グレゴリーはそんなローサの様子に笑いながら二人は街から出て行った。
私は二人が見えなくなるまで見送っていたが、門番の兵士からの和んだ風な視線になんだか気恥ずかしくなり、そそくさと退散した。
二人が帰ってくるまでには、いくらか日数が経っているだろう。その間、ずっと一人である。
私から言い出したことではあるが、やはり少しの心細さは拭えない。身の回りの必要なことは見たり教わったりして覚えたので、何事も無ければ問題無く過ごせるとは思うが。
さて、大人しくしていると言っても数日間部屋に缶詰と言うのはあまりにも不健康だろう。
とりあえず私は街を散策することにした。
迷子になりたくはないので、知っている道だけ通ると決めておく。
大通りを歩いていると、私の服を買った店が目に入った。
何か買いたい物があるでもないが、とりあえず入って売り物を見てみようか。
所謂ウィンドウショッピングというやつである。ついでに値段をチェックして、昨日教えて貰った物価のあれこれと照らし合わせて社会勉強にもなるので一石二鳥だ。
店内は開店からそれほど時間が経ってないのか、人はあまりいなかった。
まずは手近にあった装飾品コーナーを物色する。髪紐はシンプルなデザインならば、それほど値段は高くないようだ。
髪飾りなども置いてあり、きらきらとした石に繊細な花の装飾が施された物は、そこそこ良い値段の模様。
数々の華やかな商品に目をあちこち彷徨わせていたら、とある物に目に留まった。透き通るような青い石を使った、小ぶりの花を模したヘアピンのようなものだ。
なんだかローサに似合いそうだな、と彼女のさらさらの銀髪を思い出す。
思わずヘアピンへ手を伸ばしかけたが、はっとして引っ込める。
こんなものを買うためにお金を貰ったわけではないのだ。大体今持っているお金で買ったとして、元々は相手のお金だったわけで、それはプレゼントとしては不適切な気がする。
自分が好きにできるお金が、今の私には存在しないのだ。
ローサは、確かワイバーン騎兵のアルトールとのやりとりで、私のことを友達のようなものと、肯定していた。話の流れで適当に返しただけなのかもしれないが、今思い出すと中々に嬉しい発言だった。
友達としては、なるべく対等な立場でありたい。養われて保護されてるだけじゃ、ただの保護者と被保護者の関係だ。
お金。私の悩みは全てはお金に起因している……のは言い過ぎだが、大半はお金のせいである。
留守番中は、職業探しに精を出そう。私は当面の方針を決めた。
私の外見年齢は十代前半と言ったところだが、ここは日本では無いのだし、何か働き口くらいあるかもしれない。
とりあえず、一番この分野で頼りになりそうなのは霊命種保護協会だろうか。
何か困ったことがあれば力になるって言っていたし。社会適応訓練とかいうのがあるなら、職業訓練も無いかな?
そうと決まれば、善は急げだ。
私は店から出ると、迷いのない足取りで霊命種保護協会を目指した。
特に何事もなく霊命種保護協会の建物へとたどり着いた。
今日ははっきりとした目的を持って訪れたので、堂々とドアを開けた。
中のカウンターには、前来た時と同じ巻角のお姉さんがいた。
今日はすぐに訪問者に気付いたようで、私と目があった。何故か少し驚いた表情を見せた。
とりあえず、私のことは覚えてそうだったのでお辞儀をしておく。
「先日はお世話になりました」
「霊命種保護協会にようこそ。丁度良い所にいらっしゃいましたね」
「えっと?」
「少々お待ちください」
巻角のお姉さんはごそごそとその辺を漁ると、一枚のカードを取り出した。
「今からお届けしようと思っていたんですよ。どうぞ、あなたの霊命種登録証です」
「あ、はい。ありがとうございます」
カウンター越しに受取ると、それは私の簡易なプロフィールが書かれたシンプルなデザインのカードだった。
そういえば先日の問診の後、登録証がどうのこうのと言っていたような。
「ハジャリア王国において、霊命種は個々に登録証を発行して管理されています。登録証は身分証明に使えますが、何か問題行動を起こした場合には監視対象として要注意人物とされる場合もあるので注意なさってください」
「問題行動って、犯罪とかですか?」
「そうですね」
「なるほど」
ハジャリア王国では霊命種は随分とキッチリと管理されているようだ。
あくまでも国は人間主導だし、人間より力が強い傾向のある霊命種はしっかり管理しないと、って感じなのかな。犯罪歴がついたらどこも雇ってくれなくなりそうだ。
そうだ、今日ここに来た目的は登録証を受け取る事ではなかった。
「あのー、霊命種保護協会って職業相談とかできますか?」
「職業相談ですか? 勿論可能ですよ」
巻角のお姉さんは職業相談と聞いてぱちくりと目を瞬かせたが、どうやら可能らしい。
やっぱり若い見た目がネックになっているのだろうか。一応力だけならその辺の成人男性よりあるのだけども。
「じゃあ、お願いします」
「はい。それではこちらの椅子におかけになってください」
座るのを促されたので、とりあえずカウンター前の椅子に座る。
カウンター越しに巻角のお姉さんと向き合う。
「申し遅れました。私、霊命種保護協会のメリルと申します」
「よろしくお願いします」
「本日は職業相談のご用事とのことですが、具体的にはどのような希望がありますか?」
「未経験とかでもすぐに就ける職業とかって、ありますか? できれば給仕とか街の中での仕事が良いんですけど」
巻角のお姉さんもといメリルさんは、早速ううんと悩むような素振りを見せた。
「給仕は、霊命種は被毛があるので雇うのを嫌う雇い主は多いですね」
「そうなんですか……」
まさか被毛が問題になるとは思わなかった。言われてみれば耳と尻尾には獣毛が生えている。結構ぽわぽわ抜けてしまうので、服に毛がつくのは悩みの一つである。
「えっと、それじゃあ給仕以外ですぐに就けそうな仕事ってありますか?」
「霊命種の方だと、その身体能力を生かした肉体労働職……具体的には、冒険者になる方が比較的多くはあります。あまりおすすめはしませんが……」
「うーん」
手っ取り早く稼げると評判の冒険者か。でもそれはとりあえず保留としておこう。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、経済的に貧窮していらっしゃるのですか? それならば、申請されれば協会からの保護を受けることができますよ」
メリルさんはなんだかいぶかしげだ。あれっ、もしかしてローサやグレゴリーがちゃんと世話をしてないと誤解しているのでは。
私は慌てて弁解した。
「あっ、そういうわけではないです。お世話になりっぱなしの人がいて、それで自分で働いたお金で何か買ってあげたいなあって!」
「なるほど、失礼いたしました。立派な志だと思いますよ」
メリルさんも納得してくれたようである。ついでにちょっとにこやかさが割増した。
ふと、私はグレゴリーが冗談めかして巫女の才能があるんじゃないかと言っていたことを思い出した。
「知り合いから才能があるって言われたんですけど、巫女さんってどんな感じなんですか?」
「巫女は素質があれば、神殿で修行を積んだ後安定した収入を得られますよ」
「未経験でも大丈夫なんでしょうか?」
「神殿は才能ある者を常に欲していますから、素質を見初められれば、一から教育を為されるかと」
神様が夢に出てきたり、目の前に姿を表したりと、神様との接触は結構あるので才能とか素質は無いわけではないと思う。
修行期間があるのはネックだが、日本ではあまり身近ではなかった職業なのでなんとなく心惹かれるものがある。
「巫女を目指すなら、とりあえず神殿に行けばいいんでしょうか?」
「そうですね。巫女志願と伝えれば、試験を受けることができると思いますよ。年齢制限などもありません」
つまり、子どもの見た目の私でも大丈夫ということだな。年齢制限が無いのはとても助かる。
「わかりました。とりあえず神殿に行ってみようかと思います」
「幸運をお祈りしています。また何かお困りのことがあればご相談くださいね」
「ありがとうございました」
私は明るい気持ちで霊命種保護協会を後にした。
とりあえず神殿に行ってみて、巫女の仕事がどんなものなのか見て、それから決めようかな。
私はちょっとした観光気分で鼻歌まじりに神殿の方へ向かって歩きはじめた。




