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世のなりゆき

 本日もお風呂で疲れを癒しつつ、寝る支度をあれこれ終えてベッドで寛ぐ。

 私は早々にアナグマの姿に戻り、腹を上に向けてだらだらとリラックスしていた。


 逆さまになった視界で、机の上に置かれた剣が目に入る。柄にきらきらとした綺麗な石が嵌められたシンプルなデザインの剣だ。

 魔物の森の戦闘で抜かれた時に見た鋭く光を反射するその刃は、切れ味の良さを伺わせた。

 持ったことはないが、金属の塊なのできっとそれなりに重量はあるだろう。

 これを年若い女の子が振り回してるんだよなあ……。


 ちら、とローサに目をやると帰りに貸本屋から借りた本を読んでいる。

 白くて形の良い指先がぺらりと紙をめくった。このほっそりとした手のどこから剣を巧みに操る力が出ているんだか。魔術の一種らしい身体能力強化とやらを使えば可能になるのだろうか?

 なんとはなしに見ていたのだが、あまりに見つめすぎていたのかふとローサがこちらに視線をやり、目が合う。

 その目が瞬き、「何?」と私に短く問う。

 わざわざ読書を中断させるまでじろじろ見て、何でもありません。は、ちょっと無いだろう。

 私はとりあえずに無難な返答をした。


「あ、ごめん。どんな本読んでるのかなあ、って気になって」

「ヤハト地方に関する本だよ」

「ヤハト地方? この国のどこかの地方?」

「いや、西隣の国の更に西方面に広がる、この国からは遠い場所のこと」

「へー。そんなに遠いんじゃ、こことは色々と違うんだろうね」

「そうだね」


 北にも何か国があるらしいが、西側にも国があって、そのさらに西にもヤハト地方なるものがあるのか。

 そういえばこの世界の地図を見たことないが、東や南はどうなっているのだろう。今度貸本屋に行った時に地図が載っている物がないか聞いてみよう。


 ローサはぱたんと本を閉じると、こちらと喋る態勢になった。

 私は腹を見せただらけきった格好を慌てて改める。

 折角私と会話をしてくれようとしているので、これ幸いにと他の質問もしてみる。


「そうだ、ローサの剣についてるあのきれいな石って神像に使われてるのと一緒だよね。何か特別だったりする?」

「これは魔石だよ。魔素を貯め込み引き寄せる性質がある。術式を刻み込んで魔術補助に使ったりできるんだ」

「じゃあ、その剣についてるやつにも術式が刻み込まれてるの?」

「そうだよ」


 なるほど。魔術行使についてはよくわからないが、とりあえず魔石があれば魔術が使いやすくなるのかな。

 なんとなく神様には魔素が関係している気がするので、神像に使われていることについてもその辺が理由になってそうだ。


「魔石かー。アナグマの巣にいた頃によく見たけど、そんなにすごい物だとは思わなかったなあ」

「ムジナはウル・グエラ山脈にいたんだったね。あそこは魔石がよく採れるから、昔は採掘が盛んだったらしい」

「昔は?」

「邪竜が棲みついてから、採掘所は放棄されたんだ」

「あの、黒いドラゴンか……」


 恐怖をそのまま表したかのような、漆黒の鱗にぎらついた金色の瞳を持つ大きな生き物。

 風を切るようなスピードで飛行し、口からは炎を吐き出してくる。あんな堅そうな鱗じゃまともなダメージも与えれなそうだ。

 あんなのがご近所の山にいるなんて、よく考えたらこの街って超やばくないだろうか。


「割と近くの山にドラゴンがいることになるけど、この街って襲われたりしないかな?」

「少なくとも三百年はずっとあの山からは出た話は無いね」

「えっ!? 三百年? それは随分と筋金入りの引きこもりだな……。ドラゴンの寿命って長いんだね」

「ドラゴンの正確な寿命は解明されていないけど、非常に長生きだと推測されているよ」

「へええ……」


 まあ、なんとなくドラゴンって千年とか普通に生きていそうではあるけども……。

 山から出てこないということは、とりあえず山に近づかなければ安全ということだ。

 よくわからないが近隣にいる身としてはそのまま引きこもりを続行していて欲しい。


「なんでずっと山から出てこないんだろう?」

「ドラゴンは、その体の多くは魔素で構成されている。だから、邪竜は魔石を目当てにウル・グエラ山脈に来たって言われているね」

「じゃあ、三百年ずっと魔石を独り占めしてるんだ」

「うん。邪竜がいる限りは採掘はできないだろうね」


 ドラゴンがいる限りは、魔石採掘はできない。寿命がわからないので老衰で死ぬのを待つこともあまり期待できない。

 魔石がどの程度貴重がどうかはわからないが、昔採掘が盛んだったということは、追い出された人間達にはある程度の痛手だっただろう。


「地面には一杯魔石が埋まってるのに、ドラゴンのせいで採れないのは何だかもどかしいね」

「昔は何回も討伐隊を組んだらしいんだけど、無駄死にする人間が増えるだけだったから。今はもう国も完全に諦めているよ」

「まあ、あれを倒すのは無理難題だよね……」


 黒い怪物の前に散っていった勇者達を思い、身震いした。

 知識を欲してる私を察しているのか、ローサは更に関連した話題を展開してくれた。


「で、竜討伐の拠点だったのが、ここイヴシル。諦めてからはそのまま魔物の森の拡大を抑制する役割に変わったってわけ。ウル・グエラ山脈にいた魔物も竜から逃げたから、森に魔物が増えたんだ」

「魔物の森も、結構危ない所だもんなあ」

「でも、魔物からも魔石は採れるから。それが無かったら焼き尽くしてる所なんだろうけど」

「け、結構過激なんだね……」

「そう? まあ、それで冒険者稼業が盛んになって、イヴシルには数多くの冒険者がいるんだ」

「ローサとグレゴリーも、冒険者だよね」

「戦闘能力さえあれば手っ取り早く稼げるから」


 確かに、冒険者ギルドに納品してた時はじゃらじゃらと硬貨を渡されていた。日本円換算でどの程度かはわからないが、これまでの買い物のやりとりを見た所、かなりの収入を得ていると見た。

 腕前に自信がある人は、一攫千金を夢見ることができるのかもしれない。


 お金……私もそのうち自らの手で稼げるようにならねばならない。ローサとグレゴリーには金銭面においても世話になりっぱなしなので、その返済も考えるとなるべく早く生計を立てる手段を得たいものである。

 日本とは職業も勝手も色々と違うだろうなあ。自分がなるかどうかはさておき、手始めに冒険者について勉強してみようかな。


「冒険者って、具体的にはどんな感じのお仕事をするの?」

「基本的な流れとしては、冒険者ギルドに冒険者として登録して、魔物の森に行って魔物の討伐をする。それで、素材を冒険者ギルドに納品して賃金を得るってことになるね」

「ふむふむ」

「魔物の森は奥に行くほど強い魔物がいるけど、その分儲けも出る。腕のいい冒険者ほど沢山稼げるってわけ」

「実力主義って奴なのかな」

「そんなに腕に自信が無くても、浅い所で数をこなせば日々の生活に問題無いくらいはちゃんと稼げるよ」

「へー。よくできてるんだね」

「一応この街の花形職ってことになるからね」


 日々の生活に問題ないくらい稼げるなら、他にできそうなことがなければ冒険者も考えてみて良いかもしれないな。

 己の力を過信するわけではないが、ゴロツキを伸した時の身体能力を思い出せば、魔物の森の浅い所をうろちょろして弱い魔物を仕留めるくらいならできる気がする。

 アナグマ時代に散々狩りを経験したので、生き延びるために生き物を殺すことにはそれほど抵抗は無いしね。

 まあでも、それはあくま最終手段である。せっかく人の世にいるのだから、飲食店の給仕とか平和的な仕事をやってみたいものである。


「森と街を行ったり来たりするんだよね。何日おきくらいに行けば生計って立てられるんだろう?」

「遠征頻度は冒険者によりけりだけど、私たちは戻ってきて二日くらい休んだら出向いてる。稼げる内に稼いでおきたいから」


 確かに将来年老いた時のことを考えると、若くて身体能力が優れている内に稼いでおきたいよね。

 この世界で生きるなら、私もそれくらい先のことも見据えないとな。


「じゃあそれだと、明日か明後日にはまた遠征することになるのかな?」

「いや、しばらくは無いと思うよ」

「そうなの?」

「ムジナを一人で街に残すのも心配だし」

「えっ」


 な、なんだって。私ごときの子守のために二人を引きとめてしまうことになるのか。

 グレゴリーだってもう中年じゃないか。今どれくらいの金を持っているのか知らないが、老後資金を考えると今私のせいで休職させるのは非常に良くない気がするぞ。


「私は大丈夫だよ! 私なんかを気にしてお仕事を休まなくても良いんだよ!?」

「そんなことはないと思うけど」

「そんなことはあるんだよ!?」

「そう?」


 よし、ちょっと押されているな。ローサは意外と押しに弱いところもあるらしい。

 ここで畳み掛けて勝負を一気に決めてしまおう。


「それに何か困ったことがあったら、ほら、霊命種保護協会? を訪ねればいいんでしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「私、それなりに強いみたいだし! 男三人くらいなら一瞬で伸せるし!」

「うーん」

「あっ、でも勿論ちゃんと大人しくしてるからね!」

「まあ、信用してないわけでもないんだけど……」

「大丈夫だって!」

「んん……」


 ローサはちょっと考え込むように顎を細い指先でなぞる様に撫でると、とりあえずの結論を出した。


「明日グレゴリーと相談してみようかな……」

「是非に! どうぞよろしくお願いします!」


 結果は明日にならないとはっきりわからないが、今夜はとりあえず押し勝てたようである。

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